二章 学生寮ジャム狩り事件②

 課題がぎっしり詰まった箱を、縦に三つ積み重ねて、ルイスは男子寮の廊下を歩く。

 ミネルヴァは校舎も立派だったが、寮もなかなかに小綺麗な建物だった。少なくとも、ルイスの故郷にあったどの建物よりも立派だし、掃除も行き届いている。

 大きなガラス窓から差し込む日差しは、ポカポカと心地良い暖かさだった。春起月の終わりは、北部ならまだ雪が降る季節だ。

 日の差し込む窓際を歩きながら、ルイスはすれ違う生徒達を横目に見る。

 休日の午前中だからか、廊下を歩く生徒の姿はそれなりに多い。


(いかにも良い家のボンボンって感じの奴らばかりだな)


 白いシャツにチェックのズボン、ベストと小綺麗な制服の上に、皆、深緑色のケープを羽織っていた。

 ミネルヴァでは休日でも基本的に制服で過ごすものらしく、擦り切れた私服のルイスは明らかに浮いている。

 やがて、ルイスは寮の自室に辿り着いた。ルイスの部屋は男子寮東の二階にある部屋だ。

 寮は基本的に二人部屋で、この部屋には、ルイスと同学年の男子生徒が既に入室しているらしい。

 ノックをしたくとも手が塞がっているので、ルイスは足で扉をガンガン蹴った。


「おい、開けてくれ。手が塞がってんだ」


 部屋の中から人の気配は感じたが、返事はなく、扉が開く気配もない。

 ルイスは舌打ちをすると、抱えた箱を足下に置き、扉を開ける。


「入るぜ」


 部屋は、ルイスが使っていた物置部屋の倍ぐらいの広さがあった。手前の壁際には、左右に勉強机が一つずつ並び、奥には二段ベッドがある。

 その二段ベッドの下段に、小太りな金髪の少年が腰掛け、ルイスをジロジロと見ていた。


「ふぅん、新入生は平民って聞いていたけど、使用人を雇うぐらいの金はあるんだね」


 何言ってんだ、の意味をこめて「あぁん?」と返すと、少年はルイスに憐れみの目を向けた。


「君は可哀想だな。まともな服を着せてもらえないなんて。あぁ、荷物はそこの机に置いておくといいよ。ご主人様の荷物を届けに来たんだろう?」


 ようやくルイスは理解した。彼はルイスが新入生に仕える使用人だと思っているのだ。


「俺がその新入生だよ」


 机に荷物を置き、低く吐き捨てると、少年はギョッとしたような顔をした。

 うぜぇ、と胸の内で呟き、ルイスは机を確かめる。

 机の引き出しには、一応鍵がついていた。針金があれば、どうにでもできそうな安っぽさだが、ないよりはマシだろう。貴重品の管理は大切だ。特に財布は、寝る時も肌身離さず身につけておきたい。


(そういや、ここには風呂があるんだったか。すげぇよな、風呂。何も着ないで浴場に入るなんて、貴重品盗んでくれって言ってるようなモンじゃねぇか)


 故郷でも、ミネルヴァを目指す道中の宿でも、体を清める時はタライに湯や水を張って、体を拭くのが当たり前だったのだ。

 風呂に入る時、貴重品はどうすれば良いのだろう。頭に載せて風呂に入るのだろうか――そんなことを真剣に考えていると、ルームメイトの少年がベッドを下りて、ルイスに近づいてきた。

 その顔には、いかにも親切ぶった笑みが浮かんでいる。


「君が新入生のルイス・ミラー君かい? 噂じゃ、平民だって聞いたけれど」

「……それが?」

「僕はテレンス・アバネシー。父はドルタートの領主で、叔父は魔術師組合の幹部を務めているよ」


 テレンスは頼んでもいないのに、自分の家族のこと、親戚のことをベラベラと語りだした。

 ルイスが廊下に置いた荷物を運び込んでいてもお構いなしだ。当然に、手伝う気配もない。

 ルイスが三つ目の箱を机の横に下ろしたところで、テレンスは両腕を広げて言った。


「平民と同室なんて嫌だと言う奴もいるけどね、僕は君を歓迎するよ!」


 歓迎する、というテレンスの言葉に、ルイスは嘘や悪意を感じなかった。

 テレンスは笑顔だ。いっそ無邪気と言っても良いぐらいに、天真爛漫な笑みを浮かべている。


「それで、君の役割なんだけど」

「……あぁ?」

「僕の分の掃除と、荷物持ちと、洗濯物の回収を頼みたいんだ」

「あんだって?」


 ルイスが唇を捲りあげ、目を眇めると、テレンスはさも当然のような口調で言う。


「ほら、うちの学校って、入寮の時しか使用人を連れて来れないだろう? だから、日常的に世話をしてくれる人間がいなくて、困ってたんだ」


 なるほど、とルイスは納得した。

 テレンスがルイスを歓迎したのは、雑用を押しつけられる平民が来たからだ。

 寮では、部屋の掃除と洗濯物の回収は、自分で行うものらしい。

 ルイスに言わせてみれば、炊事と洗濯をやってもらえるだけでも贅沢な話だ。だが、貴族であるテレンスは、それが不満なのだろう。

 なんにせよ、この手の輩は無視をするに限る。

 黙々と荷物を片付けるルイスに、テレンスは懲りずに言った。


「それに、平民が魔術師になったら、貴族の家に仕えることが多いからさ、その練習だと思えばいいよ」

「思えばいいよ、じゃねぇんだよ。俺に指図すんなや、クソ野郎」


 ルイスが早口で吐き捨てると、テレンスはキョトンとした。


「ごめんね。何を言われたか、よく分からないや。その北部訛り、どうにかできない?」


 ルイスはとびきり凶悪に笑い、テレンスの胸ぐらを掴んだ。

 テレンスが貴族なら、きっと隣国である帝国の言葉を嗜んでいるだろう。

 ルイスは北部訛りのリディル王国語を封印し、彼が知っている数少ない帝国語を口にした。

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