四章 悪童式魔法戦必勝法⑤

 ミネルヴァの校舎から少し離れた森の中に、魔法戦の訓練設備がある。その森には、攻撃魔術から人や環境を保護するために、特殊な結界が張ってあるらしい。

 正直、ルイスとしては魔法戦よりも、その結界の仕組みの方が気になった。

 魔法によるダメージから肉体や周囲の木々を保護し、その代わりに被術者の魔力を減らす高度な術。それを広域に展開するなんて、どれだけ複雑な魔術式になるのだろう。


(間違いなく、土地に手を入れて、魔導具埋め込んでるよな。それと、連動する魔導具を用意して……多分、魔法戦ってのはどこでもできるものじゃねぇんだ。できる場所が限られてる)


 思案しつつ、ルイスは整列している生徒達を見回す。

 魔法戦の授業は必須ではなく選択制だが、半数以上の生徒が受講していた。たとえ目指すのが研究職だとしても、魔法戦の実績があることは、就職で有利に働くからだ。

 ただ、魔法戦を受講する生徒の中に、ロザリーの姿はない。その事実に、ルイスはホッとした。

 魔法戦では、対戦相手の魔術が当たっても怪我をすることはないが、痛みは感じるらしい。ロザリーが痛い思いをするのは嫌だな、とルイスは密かに思っていたのだ。


「それではこれより、四人一組になって、魔法戦をしてもらう」


 よく響く声で宣言したのは、金髪を首の後ろできっちり束ねた、四〇歳ほどの凛々しい顔立ちの女。魔法戦担当教師のソロウだ。

 更に彼女の隣にはボサボサ眉毛の老人――〈紫煙の魔術師〉ギディオン・ラザフォードが佇んでいる。

 ラザフォードは高度術式応用学の教授で、普段、中等科で教鞭を執ることはないのだが、今回はソロウの補佐役をするらしい。

 ソロウもラザフォードも、動きやすい服の上に魔術師のローブを羽織り、手には上級魔術師が持つ杖を握りしめている。

 リディル王国における魔術師の杖は、魔術師としての格が高いほど長くなる。

 下級以下の見習いは、肘から指先ぐらいの長さの短杖。中級は傘やステッキ程の長さ。上級は中級よりは長いが身の丈には届かぬ程度。

 そして、魔術師の頂点に立つ七賢人だけが、身の丈ほどの長い杖を持つことを許される。

 教師達の上級魔術師用の杖を見ながら、ルイスは思った。


(武器にするなら、あのぐらいの長さは欲しいな)


 見習い用の短杖は、ルイスに言わせれば小枝である。細くて頼りないし、目を突くくらいにしか使えない。

 手元の短杖を眺めながらそんなことを考えていると、組み合わせを決めるための、くじの箱が回ってきた。

 ルイスは箱の中から折りたたんだ紙を一枚取り出し、数字を確認する。その時、背後から視線を感じた。


(……誰か見てんな)


 ルイスはあえてその視線に気づかない振りをし、くじがよく見えるように手元で広げた。

 それと同時に動き出した者が数名。アドルフ・ファロンとその取り巻きだ。

 ルイスは笑いそうになるのを堪え、「俺は第三グループか」と独り言のように呟いてみせた。



 第一、第二グループの魔法戦は、特に決着らしい決着がつかないまま、時間切れになって終了した。

 攻撃魔術というのは、基本的に人に当てるのが難しいのだ。しかも、攻撃と防御を同時にこなすための判断力は、中等科の一年にはまだない。

 誰かが攻撃魔術を使うと、他の者が慌てて防御結界を張り、逃げ回る。また、誰かが見当違いの攻撃魔術を放ち、それに怯えた生徒が防御結界を使う。先のグループの魔法戦はその繰り返しだった。

 魔法戦の心得や戦略等を学んでいても、実戦でそれを反映させるのは難しい。まして、初等科の頃から魔法戦の訓練を受けていた者は、本当に極少数なのだ。

 そしてグループが入れ替わり、ルイスを含めた四人の生徒が、森の少しひらけた場所に正方形を描くように立つ。それぞれ左右の相手とは、二〇歩ほどの距離をあけた形だ。

 ルイス以外の三人は、アドルフとその取り巻きらしき男子生徒で構成されていた。アドルフはルイスから見て、丁度左手にいる。


「それでは、始めっ!」


 ソロウが声を張り上げる。アドルフとその取り巻き達が、詠唱を始めた。

 アドルフの企みは読めている。おおかた三人で結託して、ルイスを痛い目に遭わせてやろうと考えたのだろう。

 だからルイスは開始の合図と同時に走った。

 まずは右手の一人。その男子生徒の詠唱が終わる前に、ルイスは距離を詰め、男子生徒の腹を殴り飛ばす。


「ぐぼっ」


 男子生徒がくぐもった声をあげ、地面を転がる。それと同時に、アドルフともう一人の男子生徒が、ルイスに攻撃魔術を放った。取り巻きは炎の矢、アドルフの方は、使った魔術が視認できない。


(不可視の風の刃か)


 アドルフ達の攻撃魔術は、それなりに連携はとれていた。

 炎の矢に意識を奪われていると、別方向から飛んできた不可視の風の刃に狙われる。

 そうなると、防御結界の使えないルイスに防ぐのは難しい。

 だからルイスは気絶させた男子生徒の体を、片手でむんずと持ち上げ、走り出した。


「あらよっと!」


 不可視の風の刃は、気絶した男子生徒を盾にして防ぎ、目に見える炎の矢は走って回避。追尾性能のない見習いの魔術など、目に見えるのなら、避けるのはそれほど難しくない。

 ある程度距離を詰めたところで、ルイスは即席の盾をポイと放り捨て、炎の矢を放った男子生徒の腹に拳を叩き込んだ。

 これで残るは、アドルフ一人。

 アドルフは引きつった顔で、ルイスを凝視している。


「馬鹿か!? これは魔法戦だぞ!?」

「馬鹿はてめぇだ、アドルフ・ファロン。魔術師相手にすんなら、詠唱する前に黙らせるのは当然だろ」

「反則だ! こんなの……こんなのずるい!」


 いかにも育ちの良いお坊ちゃんじみた言い分に、ルイスは腹を抱えてゲラゲラ笑った。


「魔術を使ってぶちのめせばいいんだろ? 安心しろよ。お前をぶちのめしてから、丁寧に魔術叩き込んでやる」


 笑いながらルイスは走りだした。アドルフが恐怖に顔を引きつらせながら、詠唱をする。盾状の防御結界だ。

 アドルフは自身の前方に、大盾ほどの防御結界を作り、「間に合った!」と安堵の声をあげる。


「何が間に合ったって?」


 ルイスは横から回り込むと、右手に握った短杖を、アドルフの眼球スレスレに突きつける。


「ぎゃあっ!?」


 仰け反ったアドルフがバランスを崩したところで、ルイスは軽やかに飛び上がり、アドルフの広い額に渾身の回し蹴りを叩き込んだ。

 アドルフは白目を剥き、後ろ向きにひっくり返る。

 跳躍からの回し蹴りを決めたルイスは、猫のような身軽さで着地を決め、とどめを刺すための詠唱をした。

 敵は三人とも地に伏している。動かない的に当てるのは簡単だ。


(とどめだ)


 ルイスは短縮詠唱で、頭上に大きめの火球を一つ作り出す。

 火球を操るべく手にした短杖を一振りしたその時、ルイスは気がついた。己の周りを白いモヤが覆っている。


(あ、やべ)


 気づいた時にはもう、ルイスの全身は痺れ、動かなくなっていた。煙に麻痺成分を付与する、〈紫煙の魔術師〉ギディオン・ラザフォードお得意の魔術だ。

 短杖を取り落とし、膝をつくルイスの頭上でラザフォードの声が響く。


「こんっのクソガキ……常識破りも大概にしろや!」


 げ、と呻くルイスの脳天に、ラザフォードの踵落としが直撃した。



 こうして、ルイス・ミラーの魔法戦デビューは、開始から僅か三分で対戦相手全員を行動不能にし、とどめを刺そうとしたところを、ラザフォードに止められて終了。

 職員室で説教を受けたルイスは、「ちゃんと最後は魔術を使ったじゃねーか!」と言い張り、ラザフォードに張り倒され、反省文の提出と、一ヶ月のトイレ掃除を命じられた。

 また、魔術で攻撃を仕掛けてきたアドルフ・ファロンとその友人達を暴力で制圧した事実は、瞬く間にミネルヴァ中に広まり、この日から、ルイスに新しい呼び名が増えたのである。


 ――即ち、ミネルヴァの悪童。


 ジャム狩りのミラー並みに格好悪い呼び名に、ミネルヴァの悪童は反省文を書いた後で「ダセェ」と不貞寝した。



――――――

『サイレント・ウィッチ -another- 結界の魔術師の成り上がり〈上〉』書籍版試し読みをお読みいただきありがとうございました!

 この後も魔術師養成機関の最高峰を舞台に、ルイス・ミラーが常識破りの大暴れ!

 続きは書籍版でお楽しみください。

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サイレント・ウィッチ -another- 結界の魔術師の成り上がり〈上〉 依空まつり/カドカワBOOKS公式 @kadokawabooks

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