四章 悪童式魔法戦必勝法④

 入学から一ヶ月半が経ち、秋が深まり始めたある日の早朝、ルイスは洗濯室で眉をひそめ、腕組みをしていた。

 ミネルヴァの学生寮では、洗濯物は寮の洗濯室に出して洗濯してもらい、翌日にそれを回収する流れになっている。

 だが、ルイスが洗濯室に行くと、どういうわけかルイスの洗濯物がなくなっていた。

 洗濯物は部屋番号のついた籠に畳んでしまわれることになっているので、オーエンが回収してくれた可能性もある。

 だが、オーエンは今日は回収する洗濯物がないはずだし、ルイスはオーエンに「洗濯室に行ってくる」と声をかけているのだ。洗濯物を回収してくれたのなら、その時にオーエンが何も言わないのはおかしい。


(となると、誰かが間違って持っていったか、あるいは……)


 ズラリと並ぶ洗濯籠の向こう側で、忙しそうに働いている中年の女に、ルイスは声をかけた。


「おばちゃん、俺の洗濯物知らね?」

「あらっ、ごめんなさいね。誰がどれ持ってったかまでは見てないからっ。お友達が持っていったんじゃなぁい?」


 女は洗濯籠を一瞥し、早口で言う。

 まぁ、そうだろうな。と思いつつ、ルイスは回収済みの洗濯籠に目を向けた。

 洗濯物を回収したら、空になった籠は端に寄せておく決まりになっている。ルイスは比較的早い時間に洗濯物の回収に来たので、回収済みの洗濯籠は然程多くなかった。

 ルイスの前に回収された籠は三つ――その籠の部屋番号を見たルイスは、俄かに目を細めた。



 テレンス・アバネシーは寮の自室のベッドに座り、膝を抱えていた。

 ――ドンドン。

 扉をノックする音が聞こえる。否、あれはノックじゃない。扉の下の方を乱暴に蹴る音だ。

 テレンスは顔を引きつらせ、両手で耳を塞いだ。


(大丈夫、大丈夫、静かにしてればバレない、大丈夫……)


 部屋には鍵をかけてあるし、テレンスにはルームメイトがいないから、このまま引きこもっていられる。なんなら、今日の授業なんてサボってしまえばいい。

 扉を蹴る音は止まり、足音が遠ざかっていく。

 それでもテレンスは、しばらくベッドの上から動けず、じっとしていた。

 そうして、どれだけ時間が経っただろう。


(もう、大丈夫かな)


 ゆっくりと息を吐き、ベッドから下りようとしたところで、カタンと窓の方から音がした。

 薄く開いていた窓が大きく開かれ、カーテンが揺れる。

 そして、窓枠に座っているのは……。


「よぉ」


 当初、テレンスのルームメイトになる予定だった少年、ルイス・ミラー。


「こっ、ここここここ、にか、二階……!」

「あぁ? たかが二階だろ。余裕で登れるわ」


 ルイスは窓枠に座ったまま、右目を細めた。

 その少女めいた顔には、八重歯を覗かせた物騒な笑みが浮かんでいる。


「わざわざ居留守を決め込んでるってこたぁ……クロだな?」


 ヒィッ、とテレンスは喉を震わせ、後ずさる。


「しょっ、証拠もないのに言いがかりだ……僕は、何も知らな……ぃいい」


 ルイスは猫のようなしなやかさで窓枠から下り、熊のような馬鹿力でテレンスの胸ぐらを締め上げる。


「お優しいお貴族様は、平民の服があんまりボロっちいから、わざわざ捨てておいてくだすったってか? あぁ?」

「アドルフっ、アドルフに頼まれたんだよ! 君が生意気だから、ちょっと、自分の立場を分からせてやろうって!」


 アドルフはテレンスに命令をした訳じゃない。頼みごとをしたのだ。だから、テレンスはそれを快く聞いてやった。自分はアドルフの友人だからだ。

 なにより、アドルフの頼みを聞いて、ルイスを懲らしめることは、このミネルヴァのためになる――アドルフがそう言っていたし、テレンスもそう思った。

 ルイス・ミラーはこのミネルヴァに相応しくない異物だ。貴族であるテレンスは、自分が置かれた環境を整える義務がある。


「俺の制服、どこやった?」

「ご、ゴミ捨て場……」

「捻りがねぇのな。証拠隠滅のために、燃やすぐらいしてるかと思ったぜ」


 ルイスはテレンスの胸ぐらを掴んだまま、ボソリと呟く。

 もしかしたら、解放してもらえるかもしれない、とテレンスは淡い期待を抱いた。

 だって自分は、制服を燃やしたわけじゃない。ちょっとゴミをゴミ捨て場に捨てただけだ。


「さて、制服を回収に行くが……そのついでだ」


 ルイスはテレンスの体を引きずるようにして窓辺に近づく。


「あ、や、やだ、なにするんだよぅ」


 涙声をあげるテレンスに、ルイスはニタリと物騒な顔で微笑んだ。


「ゴミはゴミ捨て場に……それなら、クソ野郎はどこに捨てると思う?」


       * * *


 アドルフ・ファロンが教室の自席に座り、上機嫌で娯楽小説のページを捲っていると、取り巻きのクラスメイトが血相を変えて駆け寄ってきた。


「アドルフ、大変だ。テレンスが……」


 あぁ、きっと、おつむが空っぽなテレンスがヘマをしたんだな。とアドルフは思った。それだけだ。

 テレンスはアドルフに期待しているようだが、アドルフはテレンスに何も期待していない。

 テレンスは今頃、あの新入りに脅されているのだろうか。


「新入りが、テレンスを肥溜めに叩き込んだって!」

「…………」


 アドルフが思っていたより、報復が悪質だった。


「貧乏人は、やることが下品だな」

「じゃあ、お貴族様流のお上品なやり方を教えてくれよ」


 北部訛りの下品な声が、アドルフの背後で響いた。ギョッと振り向いた先には案の定、ルイス・ミラーが佇んでいる。

 アドルフは動揺を押し殺し、皮肉っぽく笑ってみせた。


「今日は、休んだ方が良かったんじゃないか? なにせ、魔法戦の授業があるしな」


 今日は中等科に上がってから、初めての魔法戦の授業だ。

 アドルフは初等科の頃から訓練を受けているので、魔法戦には自信があった。

 実践魔術の授業で、最近はルイス・ミラーがでかい顔をしているが、ルイスはちょっと魔力操作が上手いだけで、魔法戦には不慣れなはずだ。しかも、まだ防御結界を使えない。

 余裕たっぷりのアドルフに、ルイスは右目を細めて凶悪に笑う。


「あぁ、楽しみだな、魔法戦」


 テレンスをけしかけられ、腹を立てたルイスは、きっと魔法戦でアドルフを集中的に狙うだろう。

 それも踏まえて、アドルフは策を用意している。


(ミネルヴァに来たことを後悔させてやるよ、ルイス・ミラー)

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