二章 学生寮ジャム狩り事件⑤

 追加分の課題の箱を抱え、寮の自室を目指しながら、ルイスはボンヤリ考える。

 きっとオーエン・ライトも、ルームメイトを変えてくれと教師に懇願するのだろう。


(まぁ、その時は、物置部屋でも占領するか)


 そんなことを考えながら、寮の自室の扉を蹴る。

 どうせ居留守を決め込まれるのだろう、と思いきや、扉はあっさり中から開かれた。

 オーエンは何も言わなかった。小柄な少年は無言のまま、ルイスが中に入りやすいように扉を押さえる。

 ルイスもまた、無言でノッシノッシと室内に入り、課題の箱を机に載せた。

 扉を閉めたオーエンは、課題の箱を横目に見る。


「何それ」

「追加の課題だとよ」


 試しに箱の中を開けてみたら、案の定、教本と課題はグチャグチャに入り乱れていた。

 舌打ちしながら、課題を箱から取り出すルイスに、オーエンが呆れたような口調で言う。


「君って、特待生って聞いたけど」

「それがなんだよ」

「あんまり素行が悪いと、特待生枠取り消しになるんじゃない?」

「そんときゃ、そん時だ」


 ルイスは特待生という身分に執着していない。ミネルヴァを追い出されたら、どこかで下働きでもすればいい。

 追い出されて野宿をすることになっても、ここなら凍死の心配もない。


(あー、それにしても、腹へったな……)


 昼食を食いっぱぐれてしまった上に、夕食抜きも確定している。

 あの豪華な昼食を食べ損ねたのは失敗だった。次から暴れる時は、腹いっぱい食べてからにしよう。

 グゥグゥと腹を鳴らしながら、食べ損ねた昼食に想いを馳せていると、背中に視線を感じた。振り向くと、オーエンがもの言いたげにルイスを見ている。


「言いたいことがあんなら言えよ」


 物騒なルームメイトなんてごめんだ。出ていってくれ、という文句なら、教師に言ってほしい。部屋を選ぶ権限がルイスにはないのだ。

 だが、オーエンは出ていけとは言わなかった。彼は唇をギュッと曲げ、口の中で言葉を転がすみたいにボソボソと言う。


「君は助けたなんて思ってないんだろうけど」

「あ?」

「結果的に助かったから……」


 オーエンは自身の机の引き出しを開けると、そこから紙に包んだパンと、小瓶を一つ取り出し、ルイスに差し出した。

 瓶の中には、オレンジ色のジャムが詰まっている。ルイスは目を見開いた。


「おい、それって、マーマレードか? マーマレードだよな? いいのかよ、そんな贅沢品!」


 ルイスはパンとジャムの瓶を受け取ると、瓶を窓から差し込む陽の光に透かす。キラキラと透き通ったジャムの中には、薄切りにした柑橘の皮が沈んでいた。

 北部では滅多にお目にかかれない、太陽の光をいっぱいに受けて育ったオレンジのジャム。それが、瓶いっぱいにあるなんて!


「どこで手に入れたんだ? 厨房からパクったのか?」

「……普通に購買で売ってるよ。うちの学生、お茶会する人多いから。知らなかったの?」


 ルイスは返事もそこそこに、木を削って作った手製の匙を鞄から取り出し、ジャムの瓶に突っ込んだ。

 トロリと輝くそれを、パンにこんもりと盛って、かぶりつく。

 大きく口を開けた拍子に、ラザフォードに殴られた頬が痛んだが、その痛みも帳消しになるぐらい、ジャムの甘味が舌を通して脳を揺さぶった。

 オレンジの爽やかな酸味と甘味が口いっぱいに広がり、最後に皮のほろ苦さが余韻を残す。


「っくぅ〜〜〜」


 ルイスは喜びの声を漏らしながら、またパンにジャムを載せて、かぶりつく。

 あっという間にパン一つ食べ終えたルイスは、至福の吐息を零した。


「あー、ジャムの甘味が全身にしみる……」

「大袈裟だ」

「うっせ」


 このジャムのためだけに故郷を出たのである。喜びを噛み締めて何が悪い、とルイスは口の端についたジャムをベロリと舐める。

 さぁ、これでマーマレードを食べるという目標は達成できた。


「次の目標は、課題片付けてジジイの鼻を明かす、だな」

「……ジジイって?」

「ボサ眉」


 ラザフォードのボサボサ眉毛を思い出しながら憎々しげに呟き、ルイスは課題を睨みつける。

 箱の中に雑多に詰め込まれた教本と課題。それが意図するところを、ルイスは理解していた。


(あのジジイの手のひらで転がされてるみたいで癪だが……課題をクリアできなきゃ、元も子もねぇ)


 ルイスは膨れた腹を一撫でし、オーエンと向き合う。


「オーエン・ライト。お前に頼みがある」

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