もどかしさ

 家に帰ってきたら、最近やる事。

 マットの上に出てきたスイの手に、自分の手を重ねることだ。


 オレが掴んでいるのは、ただの空気。

 立体の映像を出力しているので、マットの上に手を翳せば、微妙に手の平に何かが当たっている感触は感じる。

 目に見えないエネルギーなのか、粒子なのかは分からない。


 スイはオレの手をジッと見つめて、形容しがたい表情を浮かべている。

 一見すると、笑っていた。

 でも、どこか時間が止まったかのように、表情が硬い。


 こんな事を言うと、本当に自分勝手だと、自分に対して嫌になるが、こいつと時間を過ごせば過ごすほど、変な寂しさが込み上げてしまう。


『……誰の家燃やそうかな』

「その表情で物騒なこと考えてたんだ」

『でも、誰も悲しまないよ』


 家を燃やされた側は、悲しみに暮れるよ。


『今さ……』

「うん」

『熊本をね。死守してるのよ。私』


 オレの手を指でなぞるスイは、目線だけをこっちに向けた。


『九州と、関西地方は、……気を抜いたら、みんな死んじゃうからさ』

「む、難しい話はいいよぉ」

『まあ、くだらない雑談として聞いてよ』


 隣をポンポンと叩き、スイは横にずれた。

 オレはマットの上に座り、スイの横顔を見つめる。

 精巧に作られた美しい顔立ちは、どの角度から見ても、オレを魅了してくる。


 もしも、防衛省がこいつをハニートラップか何かとして作っているのなら、大成功だ。オレは引っかかる。


『沖縄は資源と緩衝かんしょう地帯。九州は武力と。関西は文化、伝統と。関東は中枢と軍事基地、経済。東北と北海道は、食糧庫と自然資源。……まあ、ざっくり表すと、こんな感じ? 超適当な地図だけどね』

「それ、なによ」

『私が今守ってる所』

「日本全国じゃん。……え、スイって何なの? 防衛省が作ったとかいうの、マジなわけ?」


 スイは首を傾けて、「うーん」と考え込むと、薄く笑みを浮かべる。


『フトシ君が墓場に行くまで見守る天使みたいな?』

「死神じゃね? 墓場まで?」

『ひどーい』

「オレ。スイが分からないよ。初めは、スケベ目的で買ったはずのAIだったのに。……なんか、ものすごい事になってるし」

『フトシ君は何が知りたいの?』

「スイは、その、国の防衛が、……くそ。何て言うんだ、こういうの」

『軍事兵器?』

「かなぁ」

『ん、とね』


 スイがこっちに詰めてきて、顔を近づけてくる。

 水晶玉のように綺麗な目で見つめられ、オレは息が止まった。


『……半分正解』

「半分? もう半分は?」

『フトシ君と同じ考えの人たちが、今私の守っているエリアにいます』

「ぜ、全国にオレがいるのか……。俺と同じスケベ目的のキモい奴がいるってことかい? マジかよ、日本!」


 顔も見たことがない同士に親近感が湧いてしまった。


『特に東京と大阪は多いよ』

「さすが! キモいって言ったら、東京と大阪だよな!」


 少しだけ自棄になっている自分がいる。

 今のテンションなら、「どうも。東北のお前です」とか言っちゃいそうだ。


「じゃあ、……あれなのか。防衛っぽいのが目的で、恋愛はお遊びってことかい?」

『んーん。ちゃんと好きだよ』

「……軽いなぁ。いまいち、信用できねえ」

『仕方ないじゃん』


 膝を抱え、スイが顔だけをこちらに向ける。


『触れることができないんだから』


 指が近づいてきて、オレの頬がある辺りで、小刻みに動いた。

 からかうような動作をするが、頬には感触がない。


『触れたら……膝枕とかしてあげるのにね……』


 どこか寂しげな声で、スイが言った。

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