もどかしさ
家に帰ってきたら、最近やる事。
マットの上に出てきたスイの手に、自分の手を重ねることだ。
オレが掴んでいるのは、ただの空気。
立体の映像を出力しているので、マットの上に手を翳せば、微妙に手の平に何かが当たっている感触は感じる。
目に見えないエネルギーなのか、粒子なのかは分からない。
スイはオレの手をジッと見つめて、形容しがたい表情を浮かべている。
一見すると、笑っていた。
でも、どこか時間が止まったかのように、表情が硬い。
こんな事を言うと、本当に自分勝手だと、自分に対して嫌になるが、こいつと時間を過ごせば過ごすほど、変な寂しさが込み上げてしまう。
『……誰の家燃やそうかな』
「その表情で物騒なこと考えてたんだ」
『でも、誰も悲しまないよ』
家を燃やされた側は、悲しみに暮れるよ。
『今さ……』
「うん」
『熊本をね。死守してるのよ。私』
オレの手を指でなぞるスイは、目線だけをこっちに向けた。
『九州と、関西地方は、……気を抜いたら、みんな死んじゃうからさ』
「む、難しい話はいいよぉ」
『まあ、くだらない雑談として聞いてよ』
隣をポンポンと叩き、スイは横にずれた。
オレはマットの上に座り、スイの横顔を見つめる。
精巧に作られた美しい顔立ちは、どの角度から見ても、オレを魅了してくる。
もしも、防衛省がこいつをハニートラップか何かとして作っているのなら、大成功だ。オレは引っかかる。
『沖縄は資源と
「それ、なによ」
『私が今守ってる所』
「日本全国じゃん。……え、スイって何なの? 防衛省が作ったとかいうの、マジなわけ?」
スイは首を傾けて、「うーん」と考え込むと、薄く笑みを浮かべる。
『フトシ君が墓場に行くまで見守る天使みたいな?』
「死神じゃね? 墓場まで?」
『ひどーい』
「オレ。スイが分からないよ。初めは、スケベ目的で買ったはずのAIだったのに。……なんか、ものすごい事になってるし」
『フトシ君は何が知りたいの?』
「スイは、その、国の防衛が、……くそ。何て言うんだ、こういうの」
『軍事兵器?』
「かなぁ」
『ん、とね』
スイがこっちに詰めてきて、顔を近づけてくる。
水晶玉のように綺麗な目で見つめられ、オレは息が止まった。
『……半分正解』
「半分? もう半分は?」
『フトシ君と同じ考えの人たちが、今私の守っているエリアにいます』
「ぜ、全国にオレがいるのか……。俺と同じスケベ目的のキモい奴がいるってことかい? マジかよ、日本!」
顔も見たことがない同士に親近感が湧いてしまった。
『特に東京と大阪は多いよ』
「さすが! キモいって言ったら、東京と大阪だよな!」
少しだけ自棄になっている自分がいる。
今のテンションなら、「どうも。東北のお前です」とか言っちゃいそうだ。
「じゃあ、……あれなのか。防衛っぽいのが目的で、恋愛はお遊びってことかい?」
『んーん。ちゃんと好きだよ』
「……軽いなぁ。いまいち、信用できねえ」
『仕方ないじゃん』
膝を抱え、スイが顔だけをこちらに向ける。
『触れることができないんだから』
指が近づいてきて、オレの頬がある辺りで、小刻みに動いた。
からかうような動作をするが、頬には感触がない。
『触れたら……膝枕とかしてあげるのにね……』
どこか寂しげな声で、スイが言った。
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