激おこ彼女
映画館は、ショッピングモールの中にある。
映画を見終わった後は、軽くご飯を食べることになり、オレ達はモール内にある喫茶店に寄った。
中は落ち着いた雰囲気で、客は疎ら。
一番奥の席に座ると、テーブルが淡く光る。
テーブルの表面がメニュー表になっているのだ。
タッチパネルになっており、食べたい料理が決まったら、料理の画像をタッチ。それから出来上がり次第、犬型ロボットが運んできてくれるってわけだ。
「猟奇殺人見た後だしなぁ。……んー……。ミートスパゲッティでいいかな」
「ハート強いね。血肉の描写結構あったけど」
「AIが作るCGよりグロくないでしょ」
結構な血の量と、結構な肉片が飛び散っていた。
ラストは主人公が殺人鬼に覚醒して、全員を殺すという意味の分からない展開だった。だが、猟奇的な描写は最悪といっていい。
「オレは、ケーキでいいや」
ポチポチ、とショートケーキを押す。
注文の品が表示され、その横に注文した個数が表示されるのだが、何やらおかしなことになっていた。
ショートケーキ×564。
「……アンタね」
「いや、ちが、勝手に表示されて――」
生肉×564。
フトシ×564。
「え、ぇぇ……おかしいよぉ……。ねえ、これ」
「ゴメン。電話きた。料理来たら、先に食べてて」
スマホに電話が来たようで、アオイさんは着信に出た。
そのまま、喫茶店から出てしまい、廊下の方で電話を始めてしまう。
別に、ここで出てもらってもいいのだけど。
他の人に聞かれたくない人だっているから、アオイさんはそういうタイプなんだろう。
問題は、テーブルに表示されている注文の品だ。
取り消すを何度も押すが、反応がない。
画面右上のボタンを何度か押していると、テーブルの模様が変わっていく。
『フトシ君……』
「うお⁉」
他の人は一瞬だけこっちを見たが、すぐに前を向く。
『酷いじゃん。私に何も言わないで』
「ご、ごめん。誘われちゃって……」
『浮気するんだ。へえ。良い度胸じゃん』
「浮気って……。そんなわけないだろ」
テーブルいっぱいに、スイの目玉が映る。
『嘘吐かないでよ。もういい。殺す』
「あの……。それだけは……」
『どうせ。できないと思ってるんだ。他の人と同じだね。頭が遅れてる。だから、ハッキングってどこまでできるのか、な~にも分からない』
綺麗な顔が邪悪に歪んでいく。
白い歯を見せて笑い、スイが『ねえ。あそこのカップル見てて』と、斜め後ろのカップルを指した。
言われた通りに見てみる。
何が起こるんだろう、と様子を見て間もなく、男の方に着信がいく。
「はい?」
男はそのまま電話に出た。
その直後だった。
『もっしー。いつものラブホに着いたけどぉ。まだぁ?』
男は凍り付く。
男の方だけではない。
女の方は、「は?」と口を半開きにして、目が吊り上がっていた。
本来なら、電話の声が漏れる事って、早々ないはずだ。
でも、どういうわけか、スピーカーモードになっており、声は店内中に聞こえるほどの音量だった。
『今日も生でやるでしょ? 超たのしみ~』
「ばっ、ちょ、今は……」
「ねえ。誰から電話?」
「い、従妹……」
「生って何?」
必死に弁解をするが、ここで更なる追撃があった。
『あっれぇ? もしかして、あのブスとデート中? 別れたんじゃないの?』
「最低っ!」
パシン。
男の方は、思いっきりビンタを食らい、女の方は怒って帰ってしまった。
視線を元に戻すと、スイがにやにやとして笑っていた。
可愛い悪魔だった。
『平和ボケのデブ。これで分かった?』
「ごめん。いきなりの事で、全然分からないんだけど……」
スイは、かなり怒ってる。
『今の。誰から電話が来たと思う?』
「浮気相手、ですか?」
『バーカ』
「怒んなよ。……怖いって」
『今の話し相手』
スイは自分を指した。
『全部、私です』
真顔で言うのだ。
『どうして、AIが防衛に使われているのでしょうか?』
「分からないです。ていうか、ごめんなさい」
怖いっていう事は分かる。
『顔も――変えられるし』
一瞬で、いつもお世話になっているグラビアアイドルの子に顔が変わる。
顔だけではない。
声もだ。
大きな胸や肌の艶まで。
全部が本人になっていた。
『声とか。体も。全部、変えれるんだよ』
スイの全身が映し出され、隣には見覚えのあるデブが映っている。
それはオレだった。
『美人局の謀略も。証拠も。リアルタイムの音声通話もできる。実際に事件なんて起きていなくても、今ここで、フトシ君が親を惨殺した映像だって作れる。同時に、家を燃やして殺すことだってできる。……言ったよね。電波。通信ケーブル。電気の流れる所。信号の送受信が可能であれば、私はどこにだっているんだよ』
控えめに言って、最恐だった。
AIを殺そうと思っても、殺せるわけがない。
アメリカのマッチョな海兵隊が雪崩れ込んできたって、誰もスイを殺せない。
プログラムを消す?
自律して、自分のバックアップをクラウドにコピーするのに?
全部のサーバーを落とす?
そんな事できるわけない。
世界中の電気が使えなくなれば、病院で寝たきりになっている人は死ぬし、交通や水道、食糧需給にまで影響が与えられる。
これぐらいは、EMP兵器の話が色々な所でボチボチ出てきた辺りから知っていた。
『分かった? お馬鹿さん。誰を裏切ったか。分かったのかなぁ?』
「……はい。すいませんでした」
『ダメ。八つ当たりする』
スイがそう言うと、一瞬にしてモール中の電気が全て消えた。
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