火に油を大量投下
真っっっっっ暗なモールは、非常灯すら点かない。
通常、非常灯というのは、電力が別だ。
他の国では知らないけど、日本では蓄電池を内蔵して使われているはずだ。
その電池までぶっ壊れているのか、全く明かりがない世界だった。
「あ、あまり、……離れないで」
「は、はい」
震えるアオイさんを庇うようにして、オレは廊下の隅に蹲っていた。
他の人たちは、もう目が当てられないパニック状態だった。
もしも、自伝を出す機会があったら、誰かに伝えたい。
緊急時、大人は大人でなくなる。
モールの入口がある方では、未だに怒鳴り声が響いている。
複数人の従業員が「落ち着いてください!」と叫んでいるが、「対応が悪いんだよ!」とか、「何とかしろよ!」とか、子供のように喚いて、老若男女の大人たちが騒いでいるのだ。
一方で、廊下ではオレと同じ高校生や中学生たちが、スマホの明かりを頼りに周りを照らしている。
震えているじいさんやばあさんにまで、気を遣っている始末だ。
こんな有様を見せられて、大人に対して嫌悪感が湧かないわけない。
本当に一人残らず死んでくれてもいい。――とすら、本気で思ってしまうほど、酷い有様なのだ。
「め、メチャクチャだよ」
スイの八つ当たりは、大勢を巻き込んでいる。
オレが怖いのは、これだけ幼児退行した大人たちが、子供たちに危害を加えないとは言い切れないので、モール内の治安を心配している。
『フトシ君のせいでぇ……。み~んな……死んじゃうよぉ? ふふふ』
どこからか、スイの声が聞こえた。
その時、入口の方から、ものすごい音が聞こえた。
ガララララ。と、何かが下りてくる音。
直後に、ガチャンと金属を床に叩きつける音が、暗闇に響く。
「いやあああああ!」
「早くどかせ!」
アオイさんがオレの腕を抱いて、大きく震えた。
「な、なんだろう」
「シャッター下りた音しなかった?」
「シャッター? え?」
シャッターなんて、モール内にあっただろうか。
オレは心臓がバクバクと脈を打ち、首を回して、あちこちを見る。
怖い。
けれど、オレよりもアオイさんの方が怯えている。
「……っ」
肩の裏に口元をくっつけて、リスみたいに震えていた。
こんな事態だけど。
震える小さな顔がとても可愛らしく、オレにとっては心の保養になる。
少しは落ち着きが取り戻せたので、どうするべきか考えた。
「謝ってんだけどなぁ。くそぉ。今回は、ガチでキレてるもんなぁ」
「誰の事?」
「んー……こっちの話……」
「あ、そ」
スイを説得して、止めさせるしかない。
でも、どうやって説得したものかな、と考える。
スイが怒ってる理由は、一つだけ。
オレが浮気をしたからだ。
せざるを得なかった。
だって、人肌に飢えていたから。
100%オレに落ち度がある。
「ねえ」
「ん、どうしたの?」
「……手。握って」
「おぉ、っふ」
アオイさんは、とても弱っていた。
気がつけば、オレは手首を掴まれていたらしく、爪が食い込んでいた。
少しだけ手をずらしてあげて、アオイさんの小さな手を握りしめる。
「ふっ。手汗、……気持ち悪」
悪態を吐いて、アオイさんは指を絡ませてきた。
爪が指の付け根に食い込み、痛かったが我慢する。
「や、っべぇ。超気持ちいい。女の子の手、……超やべぇ。ほんっとすべすべしてるぅ。うわぁ。ほんとに、温もり最高なんだけど」
「キモイ」
「すいません。でもなぁ。……いいなぁ」
堂々と手を握れる日が来るなんて、思わなかった。
アオイさんの手の感触を楽しむのも束の間。
プシュ。
天井から変な音がした。
「……お? お⁉」
水だった。
消火用のスプリンクラーが勝手に作動したのだ。
そりゃ、もう地獄絵図だった。
「つめってぇ!」
アオイさんの手を引いて立ち上がり、オレは足元を照らしてもらい、水が来ない場所を探す。でも、消火用なので、満遍なく水がまき散らされ、オレだけではなく、他の人までびしょ濡れ。
トイレはもちろん。
洋服屋とか、飲食店とか。
あらゆる場所に水が降り注ぎ、オレ達は暗いモールの中を歩き回る。
豪雨の中を彷徨っているみたいだった。
「ねえ、あれ!」
アオイさんが指したのは、家具量販店。
その中に、防水カーテンがあった。
たぶん、シャワーを浴びる時に設置するカーテンだろう。
「やっべ! うわ、つめてぇ!」
一緒に量販店の中に入り、防水カーテンを頭から被る。
長さは足りないが、オレはカッコつけてアオイさんの全身が隠れるように頭から被せてやる。
その結果、尻だけを冷水が直撃する事態となった。
「おぉ、う”う”! メチャクチャ冷えるなぁ」
モール内は空調が効いているけど、冷水は季節関係なく死ねる。
「もうちょい、こっちにくれば?」
「い、いいって」
「何、カッコつけてんの?」
オレの口元には、アオイさんの耳があった。
近くからは、震える吐息が聞こえる。
限定的に密閉された空間には、アオイさんの香りが充満した。
この中で、むさ苦しいオスの香りをまき散らすのは、さぞ地獄であろう。
オレだけケツを濡らす結果になってよかった。
「フトシ君ってさ」
「……はい」
「男らしいよね」
「えっふ! そうっすかぁ⁉ へへ。まあ、何て言うんですかね。日本男児? ここに参上つかまつる? みたいな」
「……きしょ」
アオイさんが可愛すぎて、オレは調子に乗ってしまった。
この様子をスイが見ていない訳がなく、オレはナチュラルに火に油を大量投下する羽目になった。
『死ね』
低い声がモール内に響く。
次の瞬間だった。
レジの機械や照明。掃除機。
見渡す限り、コンセントに繋がれている電化製品が、一斉に爆発したのであった。
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