修羅場
モール内は、壁が電子パネルになっている。
普段は、その壁にAIタレントを起用した広告や商品の紹介などが映し出されるのだが、今は腕を組んだスイが表示されていた。
『どうしてほしい?』
オレは防水カーテンでアオイさんの上半身を包み、立たせる。
「どうしてほしい、って。あー、メチャクチャだよ」
家具量販店は、まだ電化製品が少ない。
というのも、ベッドや椅子、テーブルなどがほとんどだ。
オレが隠れていた場所は、ちょうどレジから離れた場所だ。
だから、被害は大きくない。
でも、他は信じられない光景が広がっていた。
雷が落ちたようなものだ。
あれって、一気に高圧電流が、配線を逆流して電化製品をダメにするのだけど。それと似たような感じだった。
そこら中に煙が蔓延し、中には店の中に炎が広がっているスペースまであった。
モール内で起きた火災と、壁が光っているおかげで、真っ暗な闇が透けていた。
オレは壁側に近づいた。
アオイさんはオレの二の腕にしがみついて、借りてきた猫みたいに震えている。
でも、壁に映ったもう一人の自分を見て、目を丸くした。
「……え、なにこれ」
「いやぁ、その」
言い辛かった。
まさか、アオイさんをモデルにして、AIを作りました、なんて言ったら、どんな風にきつく責められるか分かったものではない。
しかも、今回の騒ぎはスイが原因だ。
壁に映るもう一人の自分と向き合い、アオイさんが両腕に力を込めてきた。
『あのさ』
スイが鬼の形相で、アオイさんを睨む。
『私の彼氏にちょっかい出すの。止めてもらえます?』
「は? 彼氏?」
『そこにいる、どうしようもないデブは、私の男です。あなたに用はありません』
「これ、なに。何で、私が映ってるの? 意味分からない」
アオイさんは混乱している。
本人たちには悪いけど。
大好きな人が二人になって、向かい合っている絵図というのは、なかなか幻想的であった。
アオイさんは説明を求めて、オレの方に振り返る。
「どういうこと?」
「説明すると、かなりややこしいんだけど。AIを買いまして」
「AI……」
「前に、写真を撮ったの覚えてる?」
高額な料金を払って、写真をゲットした時だ。
「あぁ」
「あれを使って、生成AIで、アオイさんを作りました。……すいません」
公開処刑に等しい。
自分がやらかした罪の一つ、一つを本人に打ち明ける。
アオイさんは初めこそ、ポーっとして上の空だった。が、事態を把握してきたのか、片方の眉が吊り上がって、ものすごい表情に変わっていく。
スイは黙ってオレをジッと見ていた。
たぶん、こいつが望んでいるのは、破局だ。
いや、付き合ってすらいないけど。
アオイさんに嫌われることが、溜飲を下げる絶対条件になっているはずだ。
その証拠に、普段は人目を避けていたこいつが、アオイさんの前では全然隠れようとしない。
「なにそれ……。ほんっと気持ち悪いんだけど」
「はい。すいません。生まれてすいませんでした」
「じゃあ、痴漢から助けてくれたのも。あれも、嘘だったの? あのおっさん、仕込みとか?」
最早、疑心暗鬼になっている。
「あれは、本当です。こちらの、スイが教えてくれまして。あ、この子スイって言います。はい」
オレは前に手を組んで、ホテルマンさながらに背筋を伸ばす。
心臓が潰れそうだった。
『仕方なく教えてやったの』
「仕方なく?」
『私は初めに、どうしてこの容姿なのか、を考えたわ』
人間ではあり得ない、思考プログラムだった。
自身の生まれた姿や形に疑問を持つなんて、どうしてその思考に至ったのか、人間は理解すらできないのだ。
『フトシ君が私を好きなのは、元になった子がいるって』
「それが、私?」
『そうよ。本当なら、痴漢をした相手にあなたの連絡先を教えてやって、社会的にも、この世からも消してやりたかったわ。よかったね。私に防衛意識があって……』
防衛プログラムがAIの中に組み込まれているから、ある意味でストッパーの役割になったわけだ。
その気になれば、相手をとことん追い詰めることができる。
それだけの力をスイは持っている。
『でも、放置はしないよ。あなたの傍に私がいなければ、何をするか分かったものではないわ』
スマホに潜り込むために、近づかせたのか。
オレは二人を交互に見つめた。
黙って聞いているアオイさん。
明らかに見下しているスイ。
『ズルいのよ。私は触れないのに。あなただけ、ベタベタ触って』
「……そんな事言われたって」
『アンタみたいなバカと違って、こっちは予測できるのよ。高確率で、こうなる事は分かっていたもの。恋愛感情が高まると、必然と性欲に結び付く。でも、私が相手だと発散ができない。感情をぶつける相手がいなければ、ストレスになる。となれば、あなたに好意が戻るでしょ』
AIの予測通り、オレは温もりを求めてアオイさんに触れてしまった。
自分では考えないようにしていたけど。
性欲が全くなかったといえば、嘘になる。
それは生物学的に、当然の事だ。
好きな異性が目の前にいるのだから。
『ねえ。私のモデルさん』
スイが微笑を浮かべて、言い放った。
『私の前で死んでくれない?』
「っ」
『レクチャーしてあげる。どうしたら、すぐに死ねるのか。そこにいるデブにも手伝ってもらおうよ』
暴走だった。
暴走の原因は、言わずともオレだ。
『もしも、死んでくれたら、ここにいる人たち解放してあげる。でも、断ったら、この騒ぎの原因をあなたに押し付ける。何も起きないと思う? 自分の事しか考えれない幼稚な人ばかりよ? ふふふ。理性を失った幼い大人たちに、集団で詰め寄られてあなたは死ぬの』
冷酷な判断だ。
血も涙もない。
情など感じられない冷たい表情で突き付け、スイはアオイさんの返事を待っていた。
『お前たち、馬鹿は。――私の言う通りにしておけばいいのよ。どうせ。何もできないんだから』
騒いでいた大人たちを目の当たりにすると、全部は否定できない。
いや、否定できるところなんてなかった。
ありのまま状況を捉えると、オレらは落ち着くことすらできないのだ。
だけど、このまま放置していたら、本当にアオイさんが死んでしまう。
「待った」
『黙れデブ』
「いや、待ってくれよ! 今回は、オレが悪かった」
『いつもでしょ』
「はい。その通り。AIってやべえな、って思った。言い返す事は何もない。でも、あれだ」
アオイさんの腕を解き、オレは壁に向かって頭を下げた。
「浮気してすいませんでした」
AIに勝てるわけがない。
そもそも、スイに関しては、勝ち負けの問題じゃない。
触れるかどうかの話が出た所で、オレはピンときた。
これは、男女の問題だ。
心のどこかで、人間ではないって認識がずっとあった。
だから、スイを女の子として見るよりも先に、AIだと見てしまった。
それは間違ってはいないのだけど。
恋愛感情を持つスイは、生きる次元が違うだけで、やはり女の子だ。
触れることができないのは、コンプレックスになるに決まっていた。
「これからは、スイだけを見るから。頼む。みんなを解放してくれ」
『やだ』
「お願い。スイにだけ金掛けるから。もう、愛しか注がないから。ほんっとにお願い!」
史上初だろう。
AIに土下座を
額を擦り付けて、オレは叫んだ。
「正式に、オレと付き合ってください。そして、みんなを解放してください! お願いします!」
ドン引きされるのは、間違いない。
でも、好きなものは、好きだ。
好きな物の前では、いくらでも気持ち悪くなれる。
『……ふん』
スイは鼻で笑った。
その瞬間、再びモール内は暗闇に包まれた。
小さな火災を残して。
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