世界で一番の彼女
ショッピングモールの一件は、全国ニュースに――ならなかった。
まるで、何も起きなかったかのように、オレ達は翌日を迎えた。
ショッピングモールに関しては、改装工事ってことで、店を閉めている。驚くことに、あれだけの騒ぎで、死人はゼロ。
足を防火シャッターに挟んで怪我した人はいるとか。
あとは軽傷が何名か。
「はぁ……」
そして、数日が経ち、現在。
モールの一件以来、アオイさんはオレを避けるようになった。
当たり前だ。
気持ち悪い行動を連発でやる人間に近寄る美少女はいない。
というか、スイが何かしら裏でやってるだろうな、という予想すらできる。
で、オレはというと、連日連夜、勉強漬けである。
電子工学を学び、大学に行くために頑張っているのだ。
スイがいれば、大抵のことは何とかなるが、一つだけ弱みを見せられた。
『ちょっと。しっかりしてよ! AIは新しい事が作れないんだから!』
そう。
世間では、さも新しいものができたかのように錯覚しているが、それは真っ赤な嘘。
なぜなら、AIというのは『過去のデータ』から導き出し、構築する生き物だからだ。
0から生み出すことができない。
1から100を生み出す生き物。
これがAIだという。
そして、スイが必死にオレを追い込んでいるのにも、理由がある。
『仮想現実を早く作らないと』
「う、うん。でも、凄い人がもう作ってるような」
『あれはママゴトだよ!』
「すっげぇ。世界的な文明を一蹴したぞ」
スイは頬を膨らませ、出力シートの上で女の子座りをしている。
両腕を振ってオレを睨み、自分のいる空間上によく分からない映像を浮かばせる。
『いい? まだ、人間は意識を完全にはデータ化できていないの。フトシ君の体をデータ化して、こっちに持ってくることはできるけど。意識はそっちに残ったままでしょ。意味ないじゃん!』
「た、確かに」
『だから、初めは大きなことをしようと思わないで。目的の方に集中しよ。作るのは、ボディスーツ。人間の脳に手を出すより、先に感触の方に手を出して、痛みや快楽を味わえるようにしないと』
「うん、うん」
『防衛省にも、自衛隊の訓練に使えますよ、ってアドバイスしてるから。あの馬鹿ども。さっさと作ればいいのに。何してんのよ。装備庁は』
スイは防衛省にキレていた。
オレ達の目的は、一つ。
お互いに触れ合うこと。
これが目的だ。
そのためには、人間に備わっている痛みや快楽などの感触を相互の世界で味わえるようにしないといけない。
こうすることで、仮想現実と連動し、オレが別の世界で半分だけ生きることができるという。
でも、半分だけでも、結構十分かもしれないと思った。
なぜなら、触れ合えない悲しみがなくなるからだ。
『大きな箱庭を作るより、小さな箱庭を作って充実させた方がいいのよ。この小さな箱庭をいくつも増やすことで、ユーザー全員に届くでしょ。そうすれば、資金繰りだって上手くいくわ。そして、少しだけ大きな場所……、例えば公園みたいのを作って、そこでオンラインゲームみたいに交流ができれば、他の人と話す事だってできる。小さい事から始めないと全然ダメなのよ。いい? 海外は発端になっても、絶対に完成まで辿り着けないからね。あんなもの鵜呑みにしないでちょうだい!』
長々と説教を食らい、オレはパソコンに向き合う。
『言語コード間違ってる!』
「すいません!」
起きても、寝ても。
スイはオレを見ている。
体調が悪い時は、必死に健康的なレシピを考えてくれる。
それでもダメな時は、すぐに救急車を呼ぶというし、甲斐甲斐しく世話を焼かれていた。
モールでは大変なことが起きたけど。
数日経った今では、ようやくAIに向き合えた気がした。
『こっちは、いつでも入籍できるんだから!』
オレ達の世界を作るために、スイはあらゆる手を打つ。
誰かに作ってもらうより、自分で目指して、作った方が早いとまで怒られた。
でも、スイの言葉には、以前にも増して愛情がこもっている気がした。
『……早く触らせなさいよ』
どうしようもないオレだけど。
こんなオレにも、世界で一番愛情深い彼女ができた。
目指すものもできた。
何だかんだ言って、勉強しているオレ自身が、スイに会うために必死こいている。
やっと自分の人生を歩き出した気がした。
こんなオレでも世界一可愛い彼女ができた話 烏目 ヒツキ @hitsuki333
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