逢瀬

 映画を見ることになり、オレは席に座る。

 正直に言うと、ゲロを吐きそうだった。


『つまり、――犯人はボクらだったんだよ!』

『なんだって⁉』


 映画の内容が入ってこない。

 真っ暗な空間で、一番後ろの席。

 隣にはアオイさんがいる。


 オレは恥ずかしいやら、緊張するやらで、頭が痒くなり、頻りにボリボリと掻きむしっていた。


 映画館の中に、人影はあまりない。

 そりゃ、自宅が映画館であり、コンサート会場になっている昨今、わざわざ出歩いて映画を見に行く人はいないだろう。


 いるのは、オレの同じでハゲでデブのおっさん。

 ハゲでデブの小学生。

 ハゲでデブの高校生くらいなものだ。


 隣を見ると、アオイさんがひじ掛けにもたれ掛かって、頭をこっちに向けていた。


 シャンプーの香りだろうか。

 ローズの香りが鼻孔をくすぐり、ドキドキした。


「……つまんな」

「だ、だよねぇ。超つまんね」


 とか、便乗して作品を酷評するが、内容は全く頭に入っていない。

 別荘で起きた殺人事件を追う大学生と近くをうろついていたオジサンの話らしいが、オレはアオイさんに夢中だった。


 スイに飢えていた分、モデル本人への吸収力が半端ない。

 スクリーンの明かりに反射した白い肌は、ぷにぷに。

 まつ毛は長いし、隣にいるだけで狂いそうだった。


 ちなみに、スマホは家に置いてきた。

 待ち合わせは口で伝えてもらったので、それで駅前に集合。


 他にも友達がくるのかな、と思ったが、アオイさんだけしか来なかった。


「映画ってさ。すごいよね」

「ふぉん? なにが?」

「未だに愛されてる」


 アオイさんの言葉が意味するものは、よく分からなかった。


「だって、今時さ。CGだって珍しくないじゃん。フルCGで演じた方が、綺麗な人ばかりで、どんなグロいことも、映像の向こう側では本当にやれてるじゃない。反応だって、作り物なのに、本物」


 水晶玉のような目が、オレの方に向いた。


「人間って、……いる?」


 必要か、どうかって意味か。

 正直に言えば、もう人間なんて必要ない。

 人間の中でも、人間に対して嫌悪感を募らせている人がたくさんいるだろう。


 でも、オレは答えた。


「……めっちゃ必要」

「へえ」

「例えばさ。ちょっと手を貸してくれないかい?」

「え? ……はい」


 オレは下心全開で、アオイさんの手を取った。

 暴発だ。

 我慢の限界だった。

 もう、捕まってもいいかな、と覚悟の上だった。


 特に理由はないが、手の平を上に向けて、オレは指先でぷにぷにと押してみる。


「う、お……っほぉ……」

「なに? 気持ち悪いんだけど」


 羽毛だった。

 まるで、手の平に無数の産毛が生えているみたいに、手触りはサラサラ。指で押すと、どこまでも沈むくらいに柔らかい。


 男の手だと、ゴツゴツしていて、手の平を指でなぞると、指の平が噛んでしまう。筋肉がモリっとしていて、おぞましい感触だ。

 これが、男の手。


 女の子の手は、ぷにゅぷにゅとしていて、超柔らかい。


 スイに触れなかった分、オレは感動していた。

 オレが求めていた温もりが、そこにあるのだ。


「ねえ。例えば、……なに?」

「はぁ、はぁ、え? あぁ、ふぅぅぅぅ……、めっちゃいい」

「は?」

「あ、いや、はは。人間には、人間にしかできない事があるんだよ」


 指で手の平の肉を摘まみ、感触を堪能する。

 可愛すぎた。

 性欲じゃない。

 純粋に可愛いという感情が湧いてしまったのだ。


『見てるよ』

「へぇぁ⁉」


 映画館にいる全員がこっちを向いた。


「ちょ、静かにしてよ」


 ハゲとデブの二拍子が揃った諸君が、オレをジロジロと見ている。

 オレは会釈だけをして、「すいません」と謝った。

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