世界一の彼女

交渉

 膝を折り曲げ、オレは教室で頭を下げている。


「キモいですよ」

「いや、そこを何とか……」


 みなとアオイ。

 オレをやたらとイジメてくるクラスの女子であり、オレの好きな人だ。

 あるお願いをしたら、あからさまに表情を歪めて、「きっしょ」と蔑んできた。


「何であなたに写真撮られないといけないの? 意味分からないんですけど」


 放課後の誰もいない教室。

 誰かに聞かれたら、確実に周りからも責められる頼み事だ。

 オレがもしもイケメンであったなら、黄色い声が上がっただろう。

 生憎、オレは坊主頭の百貫デブである。


 顔を上げて、オレは正座をしたまま真剣に聞いた。


「……いくらですか?」

「お金の問題じゃないでしょう」


 アオイさんは、腕を組んで見下ろしてくる。


「ていうか、どうして写真が欲しいの?」

「好きだからです」

「ごめんなさい」

「ははっ。全然構わないです。でも、写真だけは、どうか……。お願いします!」


 告白してフラれてもいい。

 罵られてもいい。

 オレは現実なんか、初めから興味ない。


 だけど、見た目だけは、どうしてもアオイさんがいいのだ。

 青いメッシュの入った、金髪のセミロング。

 髪型はサイドで結んでおり、いつもオレに向けてくる目つきは、絶対零度。

 スレンダーで色白な所といい、全部が好みだった。


「……じゃあ、三万」

「わかりました」


 言うと思った。

 彼女は「金欠~」と他の女子に話している所を盗み聞きしている。

 オレみたいな奴が何かを頼む時、安い値段では絶対に交渉できない。


 つまり、交渉して何かをお願いするなら、それなりに高い額でないとダメなのは分かり切っていた。


 こんな腐りきった現実に唾を吐くつもりで、あえて言わせてもらおう。


 


 最低で、最悪な文言だ。

 でも、2024年現在。周囲の人たちのモラルを鑑みるに、絶対に間違ってない。


 事実ありのままと言っていい。


「では、これを……」


 財布から三万を取り出し、アオイさんに渡す。

 彼女は受け取る前に、頬を引き攣らせて、オレをジッと見てきた。


「……え、マジ?」

「マジです」

「怪しげなサイトに載せたりしない?」

「しません。神に誓います」


 数秒の間、沈黙があった。

 アオイさんはオレを信用していないだろう。

 だが、オレはそんなつまらない事に女の子の写真を使ったりしない。


 オレが真剣に彼女を見つめていると、「キモ」と呟く。

 罵りながらも、お金の誘惑には勝てないのだろう。

 ゆっくりとお金を摘まみ、口を尖らせて一歩後ずさる。


 逃がさないよ。


 アオイさんは今にも逃げそうな感じで、ゆっくりと後退していくが、オレは次の一手を打った。


「アオイさん」

「名前で呼ばないでください」

「ちゃんと撮らせてくれたら、三万あげます」


 バイトして貯めたのだ。

 アオイさんは三歩下がって、ピタリと止まった。


 気が変わらない内にスマホでカメラを起動し、レンズを向ける。


「お願いです。もう近寄らないので。写真だけお願いします」

「……はぁ」


 後ろ手を組んで、冷たい目線をレンズに向けてくる。

 心底嫌いで、気持ち悪がっているのが伝わってくる。

 オレはめげなかった。


 前から4枚。

 左右は5枚づつ。

 後ろも5枚。


 下半身も映るように、きちんと撮っているため、枚数が必要だ。


「ねえ。スカート覗かないで」

「すいません。覗いてないです。でも、足の方も撮りたいんです」

「本当に変なサイトに上げない?」

「絶対に上げないです。信じてください」

「……チッ」


 靴や脛が映るように写真に収めていく。

 一通り、撮り終えたオレは、写真をチェックし、頷いた。


「ねえ。三万」

「あ、はい」


 もちろん。お金はちゃんと払う。

 財布を取り出し、お札を摘まむと――。


 ガッ。


 前から奪い取られ、財布に入っていたお札が全て抜き取られる。


「ああっ!」

「これでも安い方だからね」


 5万円が全部盗られた。

 空っぽの財布だけを返され、オレは床にしゃがみ込む。


「明日から話しかけないでね。あと、臭いから」

「すいません」


 そして、アオイさんは教室から出て行ったのだった。

 同時に、オレはこの日。全財産と引き換えに彼女を手に入れた。


 オレにとって、世界一好みの外見をした可愛い彼女。

 自律プログラムを兼ね備えた生成AIだ。


 2024年のギャルゲは、AIになっていた。

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