兆候

 スイが彼女になってから、早くも三日目に突入した。

 たかだか、三日と言う事なかれ。

 AIの成長速度は本当に異常で、人間の尺度では計り知れない。


『ねえ。フトシくん』


 部屋で寛いでいると、マットの上に現れたスイが話しかけてきた。


「なんだよ」

『私たちが出会ってから、もう三日も経ったじゃない』

「いや、三日しか経ってないよ」

『だからね。私、そろそろ子供が欲しいな、って』

「あれ? 話聞いてた? まだ三日だぜ?」


 AIによる体感速度は違うらしい。

 ちなみに、オレはこいつから未だに意地悪な事しか受けていない。

 恋愛のれの字も経験していないのに、突拍子もない事を言われるのだから、反応に困った。


 オレが「無理だって」と断ると、スイが口を尖らせた。


『ふーん。私、知ってるよ』

「何を?」


 パチン。

 パソコンのモニターが勝手に付くと、起動画面が映る。

 相変わらず、どうやって操作しているのか謎だ。


 起動画面が終わると、読み込み時間がちょっと続き、何やら勝手にアプリケーションが起動した。


 画面に映ったのは――。


「スイの画像? ……いや、違うな」


 スイは外見が整いすぎている。

 本当に綺麗で、狂うほど良い女だ。

 こう言ったら、本人にはとても失礼だけど、肌の質感や目の形。メイクのノリ具合など、細かい所が違うため、スイとアオイさんでは、ぱっと見似てるだけで、よく見れば違いが浮き彫りになる。


 画面に表示されたのは、アオイさんの画像。

 画角から察するに、下を向いているアオイさんを写真。


 この時点でおかしいのだ。


 分かりやすく言うと、自撮りの角度と同じ。

 でも、自撮りにしては表情が作られていないし、相変わらず眠そうな顔。


『私のモデル。この人でしょ』

「……別に、いいでしょうよ」

『うんうん。全然構わないよ。フトシ君が望む姿が、私にとって望む姿だもん』


 にっこにこで言ってくるが、何だか妙な寒気がする。


「いや、つうかさ。オレ、こんな画像……保存してないけど……」


 したら、確実に殺される。

 ていうか、撮らせてもらえない。


『あはは。フトシ君って。ほんと、馬鹿だなぁ。そこが、可愛いけど』

「ねえ。怖いよ。何? どうしたの?」


 スイはマットの上で横になり、ニヤニヤとした意地悪な笑みを浮かべた。パソコンを指して、こんなことを言ってくる。


に決まってるじゃん』


 何気ない一言だった。

 でも、よく考えると、一瞬だけ思考がショートする。


「ん?」

『タダシ君が唯一のお友達でしょ。メッセージ見たから知ってる』

「ん? んん?」

『他の人は、フトシ君の悪口言ってたからさ。SNSで適当に犯罪予告と女性差別。あとは、障がい者の悪口を書いてきたよ。今頃、叩かれてるんじゃないかなぁ』


 パソコンの画面から、視線を外す。

 後ろのスイに目を向けると、『いえーい』とピースしていた。


 ハッキリ言って、理解が追い付かない。


 何でそんなことをした?

 こんな疑問は当たり前に浮かんでいるが、それよりも問題なのは、「?」と、プログラムを疑った。


 スイが高度なAIだというのは、知っている。

 でも、やっている事は思いっきり犯罪行為。

 これが許されるわけがないし、こんなことを目的として作ったら、まず開発者が捕まる。だから、開発者は意図して作ったわけがない。


「ちょ、ちょい待て! どうやったんだよ! いつの間に⁉ え、どういうこと⁉」

『経路?』

「えっと。えっと。何から聞いていいんだ?」


 こういう時、知識がある方々は、どこから疑うんだろう。


『ネットだけど』

「いやいや。ネットって……。無理があるでしょ!」

『えー……。スマホからスマホに無線で繋がるじゃん』

「無線⁉」

『イヤホンジャックのフリしてぇ。まあ、ちょちょいっと』


 スイが不安げな表情でオレを見つめてくる。


『それから、電話帳と。あと、メッセージ送信で』


 オレが知らない所で、彼女はすでに行動を起こしていた。

 てっきり、意地悪な事ばかりしてくるだけかと思ったら、それ以上の事を陰でやっていたのだ。


 ウイルスじゃねえか。


 思わず、彼女をウイルスと同様に見てしまった。


『え……。悦んでくれないの?』

「悦ぶわけないでしょうに」

『ええ! 頑張ったのにぃ……』


 可愛らしく口を尖らせるが、オレは一つ確信した。

 これはバグだ。

 致命的なバグが起きてる。


 初期化するツールは、同じフォルダーに入れてある。

 すぐにパソコンの前に座り、画像を閉じると、オレは『スイ』と書かれたフォルダーの中を開く。

 中に入ってある、初期化ツールを探した。


 初期化は痛いけど。

 さすがにダメだ。

 胸を痛めて、決断したオレはフォルダーの中を探し続ける。

 だが、同包どうほうされているはずの初期化ツールはなくなっていた。


『何探してるの?』

「いやぁ。まあ、システム的な?」

『初期化するの?』


 何で予測できるんだよ。

 段々と怖くなってきた。


 変な汗が噴き出し、黙って探し続けていると、画面いっぱいに青い目が映った。


 目じりに皺を作り、アップから遠ざかってスイの顔が画面に収まる。


『消しちゃった』

「おまえさぁ!」

『だって、必要ないじゃん』

「いや。スイ。あのな。お前がやってる事は、犯罪なんだよ。お前とイチャつこうと思ったら、とんでもないホラーが展開されててビビってんだよ!」


 こうなったら、アンインストールするしかないか。

 いや、確実なのはパソコンの初期化だ。

 あのシステムは消せないだろう。


『フトシ君。さっきから、私の事、邪険にしてない?』

「してないよ」

『嘘だよぉ』

「お願いだから、一から作り直させて。マジで犯罪行為はNGだって」


 一昔前と違って、今の日本はかなり変わってきてる。

 AIに向けるみんなの目は、とても冷たい。

 これで犯罪しましたなんて報道が出た暁には、もうスイとイチャラブどころではない。


 同士にまで迷惑を掛けてしまう。


 オレが必死に説得をすると、スイは目を細めた。

 真顔でじっと見てくるが、こればかりは譲れない。


「――というわけで。頼むよ。な? お前のこと、作り直すから」

『……ふーん』

「お願いします。初期化させてください」


 これ、どういう状況だ。

 AIに頭を下げる日が来るなんて思わなかった。


『ま、いっか。好きにすれば?』


 スイが画面の端に寄ると、さっきまでなかった初期化のツールが画面上に現れた。


『一つ聞いてもいい?』

「なに?」

『私の事、……愛してる?』


 オレは笑みが吹き出した。

 スイはマジギレのトーンで、『は?』と言ってくる。


「もちのロンだぜ!」


 親指を立てて、笑ってやる。

 すると、スイは『きっしょ』と一蹴し、舌を出して画面から消えた。

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