見られたくない子

 教室に行くと、友達のタダシがいた。

 見た目は、オレと同じ坊主頭にデブの男だ。


「おっほ。なにぃ? 不良じゃ~ん」

「うるせぇよ」

『死ね』

「え?」

「あ、いや、……何でもない」


 ポケットの中でスマホを握りしめ、心の中で「黙ってくれ」と念じる。

 自律しているAIというのは、夢があるけど困りものである。


 オレが後ろの席に座ると、タダシが「にちゃぁ」とした汚い笑みで近づいてくる。教室に着いた時には、ちょうど休み時間だったらしく、他の生徒たちも談話している。


 アオイさんは、先生の所に行き、事情を説明していた。

 オレも言いに行かないとだけど、まだ話しているし、後回しにする。


「昨日のモロライブ見たか? マリーヌ船長最高だったぜ!」

「あぁ、……見てないなぁ」


 モロライブというのは、バーチャルアイドルのことだ。

 AIとは違い、LIVE2Dというアプリツールを使い、ちゃんと中に人間がいる状態で配信する人達だ。


 分かりやすく言うと、アニメキャラ風の着ぐるみを着た配信者だ。

 アニメのように、ぬるぬると絵が動き、画面の中で喋ったり、歌ったり、踊ったりするので、見ていて非常に楽しい。


 オレ達のような気持ち悪いオタクは、好きな事に対して情熱を燃やしまくるので、もちろん出力シートは買ってある。


 家がコンサート会場なので、ネットでチケットを買えば、IDを手に入れられる。このIDを入力して、アイドル事務所の運営するプラットフォームで、配信してくれるという形だ。


「なんだよ。船長の配信楽しみにしてたじゃん」

「悪い。オレ、もうそのステージいないわ」


 彼女ができたことで、オレは調子こいていた。

 スマホの中からは、呪文のように『ねえ。見せて。気持ち悪い顔見せて』と小さな声が聞こえる。


 もう意地悪っていうか、言葉責めの領域だった。


「は? どういうことよ」

「実はさ。オレ、……彼女できたんだよね」


 すると、タダシは梅干しのように顔をしわくちゃに歪める。


「……船長以外で……誰を……」

「うん。いや、推しのこと、彼女と思ってないからね。オレ」


 タダシはガチ恋勢というやつで、本気でマリーヌ船長という配信者に恋をしている。悪いとは言わないが、頭の中が全部船長で埋め尽くされているため、たまに会話が通じない時がある。


「前に話したろ。AI彼女。昨日メイキング終わってさ。やっと、交際開始だわ」

「み、見せろよ」

「いいぜぇ」


 一応、アオイさんをチラリと見て、こっちを向いていない事を確認。

 周りからは見えないように、タダシにスマホの画面を見せる。


「……マジか」


 スマホの画面には、無修正のエロ画像が表示されていた。

 いや、オレは無修正の実写画像なんて収集していない。

 思わず、二度見してしまい、画面のロックを解除する。


「お前。彼女欲しいからって。外人のエロ画像を彼女にしちゃ……」


 哀れみの目線が痛かった。


「ちげぇって。マジなんだよ」


 スイの悪戯が止まらなかった。

 最早、ウイルスさながらである。

 画面をスワイプして、スイの姿を探す。

 画面は全部で、4つある。

 その内の一つにスイがいた。


『わわっ』

「ほら。ほら!」


 だが、すぐに別の画面に逃げてしまい、スイが消える。


「どこだよ」

「ま、待ってろ」


 必死にスワイプをするが、スイはパタパタと小走りで別の画面に逃げるため、なかなか見せることができない。


「じっとしてろよ!」

『やーだー』

「このっ。ちっくしょ。意外と速いんだよな」


 スワイプをしては、タダシに画面を向け、逃げたことが分かると、すぐにスワイプを繰り返す。

 いつの間にか、周りの視線がオレに集中しているが、構っていられない。


 絶対に彼女を自慢するんだ。

 調子に乗るんだ。


『はぁ、はぁ、……しつこすぎぃ』


 彼女が止まった途端、オレはスワイプを止め、今度こそタダシに見せた。


「ほら!」


 タダシの周りには、他の生徒たちが並んでいた。

 みんなはオレのスマホを見て、梅干しみたいな渋い顔をする。

 スマホの画面からオレの顔を見つめ、「きっしょ」と言った。


 首を傾げて、画面を覗く。


「うおっ⁉」


 蛇と蛇が絡まっている画像が表示されていた。


「うおおおお!」


 思わず、スマホを机の上に投げてしまう。

 全身に鳥肌が立ってしまい、呼吸が一気に乱れた。


「虫の画像見て、何考えてんだよ」

「違う……。違うんだ! オレは、彼女の画像を……」

「目を覚ませや! お前みたいなブサイクに彼女ができるわけねえだろ!」


 画像を見た嫌悪感から、タダシの周りにいるクラスメイトがマジギレしてきた。


「お前みたいのが妄想すんのは不思議じゃないけどさ。リアルと妄想の区別くらいつけろよ」

「きっしょいなぁ」


 クラスメイト達が離れていく。

 残されたタダシは、二の腕を抱いて、天井を見ていた。


「お、お前は信じてくれるだろ」

「え? 何のことですか?」

「キモオタがよ!」

「君もじゃないですかぁ。やだなぁ」


 同族嫌悪による憎しみで、オレはタダシの肩を殴り、席に座り直した。

 スイは他のみんなから見られるのを極端に嫌がっているようだ。

 だからといって、蛇の画像に差し替えなくてもいいではないか。


「つか、どうやったんだよ!」


 人間の頭では、どういう風にしたらマジックのように画像が変わるのか。解明することは難しかった。

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