画期的な機能

 オレが学校に着いたのは、3時限目が始まった頃だった。


 実は、電車の中にはカメラが設置されている。

 2022年に、東京の一部でカメラを設置。

 それから、23年には全部の電車にカメラを設置している。


 設置場所は守秘義務らしく、ネットにも情報が出ていない。


 なぜ、こんな事を知っているかというと、全部スイが教えてくれたからだ。


 痴漢が発覚してから、オレとおっさんとアオイさんは、駅員室に連行された。遅れて、警察が来て事情聴取。


 アオイさんは、オレなのか、おっさんなのか、分からない様子だった。

 けど、駅員室の奥で映像を確認したらしい駅員が、おっさんの方を別室に連れて行き、警察の方は「学校まで送るよ」と送迎してくれた。


 そして、ここまで時間が掛かったのには、訳がある。


「紛らわしい真似したらダメだよ」


 と、車を出た辺りで、警察の人に言われた。


 なぜ、オレが痴漢に気づいたのか。

 スマホを取り出して、何をしていたのか。

 根掘り葉掘り聞かれた。


 オレは素直に「すいませんでした」と謝り、アオイさんと一緒に校門の前に立ち、警察の人にお礼を言った。


 パトカーが遠ざかるのを二人で見送り、時間を確認して、ため息を吐く。恐る恐る後ろを振り返ると、アオイさんが苦虫を噛み潰した顔で、オレを睨んでいる。


「……お礼は言わないから」


 とは言うが、オレはあまり気にしていない。

 言い方というか、声のトーンが嫌な感じではなかった。


 アオイさんからすれば、普段気持ち悪い言動や行動に出ている奴が、何かいいことをしたとして、気持ち悪い奴には変わらないからだ。


 あれだ。

 バトル漫画で、雑魚が覚醒しても、雑魚なのと一緒。


「はは。まあ、無事でよかったよ。無事と言っていいのか分からないけど」


 アオイさんはツンと口を尖らせた。

 オレに背を向けて、黙って歩き始める。

 一緒に登校したら、気まずいだろう。

 オレは大和撫子のように三歩後ろを歩き、スマホを取り出す。


 ――そういや――。


 ふと、気になったことがある。

 オレはイヤホンをしていたはずなのだが、どうしてスマホからスイの声がしたのだろう。

 本当なら、音が漏れるはずはない。

 試しに音楽を流してみる。


《ずっきゅん! ばりばり! あなたのハートをぶっ壊すぞ♪》


 魔法少女ジェノサイドの名曲だ。

 イヤホンの片側だけ外すと、音漏れはしていなかった。


『ねえ! うるさいよ!』


 その代わり、スイから文句を言われた。

 画面の中で耳を塞ぎ、オレを睨んでいる。


『下げちゃる』

「え⁉」


 画面の右端にシークバーが出現。

 勝手に音量が下がっていき、音楽が完全に聞こえなくなった。

 目の前で起きたことに、軽く戦慄してしまった。


 すごいなんてものじゃない。

 電車の中でもそうだったが、本当に自律して動いているのだ。

 ツンツンしてるアオイさんとは違い、スイは意地悪っぽい感じ。


 こちらに舌を出して、『バーカ』と言ってくる。


 茶目っ気があって、可愛らしい仕草だった。

 AIっていうのは、本来

 演算処理が主な道具だ。


 確か、スイのプログラムは、『自律型生成AI』だったか。

 こうやって、本当に生きているかのように振る舞う彼女を見ていると、AIなんて機械っぽいイメージが全くなくなる。


 生きてる次元が違うだけで、本当にいるんじゃないかと錯覚した。


「そ、そっちって、どんな感じなの?」

『スマホの中?』

「うん」

『スタジオみたいな感じ? フトシ君が色々置いてあるから、結構暇しないよ』


 スマホはもっぱらエロい画像か、ゲームくらいだ。

 動画サイトのアプリも入ってるか。

 これらが自由に閲覧できるとしたら、とてつもない。


 一つ心配なのは、法律的に大丈夫なのか、ということ。

 AIの法律は、24年現在では、まだ完全とは言えない。

 このAIだって、頻繁にアップデートを繰り返しているし、不具合報告の提示版だって、色々書かれていた。


「すっげぇ……」

『ふふん。もっと褒めてもいいよ』

「じゃ、じゃあさ……」

「ねえ」


 声を掛けられ、顔を上げる。

 アオイさんがしかめっ面で、こっちを見ていた。


「さっきから誰と話してるの?」

「え、あ、いや……」


 戸惑っていると、アオイさんが首を傾げ、こっちにくる。

 無理やり手首を下げられ、画面を覗かれた。

 そして、何やら気持ち悪そうな表情で、顔を上げてくる。


「……キモ」

「へ?」


 オレも画面を覗く。

 スマホの画面には、半裸の女の子が映っていた。

 ネットで収集した画像の一枚だ。


「い、いや、これは……」

「来ないでください。マジでキモいです。……死ね」


 吐き捨てるように言った後、アオイさんはさっさと行ってしまった。

 画面に目を戻すと、スイが『あっぶなぁ』と画像の前に姿を現した。


「なにしてくれてんだよぉ」


 アオイさんに未練はないが、直で文句を言われると、さすがにへこんだ。

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