暗躍彼女

 翌日。

 初期化したスイを再び立ち上げ、オレはマットの前で腕を組んでいる。


『やっほ』


 何も言えず、天井を見上げた。

 なんだろう。

 本当に生きていて、実在していると錯覚するほど、精巧だからこそ感じてしまう嘘臭さ。


『あなたのバーチャル彼女。湊スイですっ』


 両方のほっぺに人差し指を当て、スイはにっこりと笑う。

 オレは腕を組んだまま考えた。


 ――変わってなくね?


 スイは初対面とは思えない反応を示してくる。

 ちなみに、スイの設定は変えて、『初々しい』と『優しくて、照れ屋』など、前とは違う性格を設定したはずだ。

 ところが、目の前のスイは全然恥ずかしがり屋ではないし、超馴れ馴れしかった。


「初期化……したよね……」

『はい。初期化しました』

「何で、君が初期化の事を記憶してるんだい?」

『あっは。うっせ、このデブ』

「え?」

『な~んでもないっ』


 とんでもない毒を吐いたような気がしたが、すぐに笑顔で首を横に振る。


 初期化は問題なく済んだはずだ。

 ちゃんと画面上で初期化する処理を見守ったし、ちゃんとスイのデータは消えていた。


 なのに、前のスイとあまり変わらないような印象がある。


「……もう一回、初期化した方が――」

『木村商事』

「……なんだって?」


 顎に指を当て、上目遣いでスイは言った。

 小動物が甘えるような仕草で、言葉が続く。


『フトシ君のぉ、お父たまがぁ、勤めてる会社ぁ』

「はは。こいつ、脅してきたぞ。え、これ、脅されてる⁉」

『スイはぁ、デートに行きたいです。フトシ君。熱海に行きましょうよ』

「……無理だよ。こっち東北だぜ? 熱海って、どんくらい金が掛かるんだよ」

『お金は私が持ちます。フトシ君は出さなくていいですよ』


 得意げに振る舞うが、AIがお金を持ってるわけがない。

 一応、ネット上で取り扱っているお金は電子マネーというものがあるけど、生憎オレは現金派だ。

 よっぽどでないと、電子マネー決済は使わない。


 両膝を抱えて、ジッと見つめてくるスイに戦慄していると、スマホが鳴った。


「はい?」


 電話に出ると、父の声が聞こえた。


《おう。どうした?》

「どうしたって。……何が?」

《お前が連絡寄こせって言ったんだろうに。なんだよ。用ないなら切るぞ》


 何も言わずにスイの方を見る。

 彼女はピースをして、にっこりと笑っていた。


「ごめん。何でもない」

《仕事中電話かけてくんなよ。ったく》


 ヤバい。

 外堀が埋められてる気がする。

 ていうか、AIの暴走だ。


 電話が切れた後、オレはスマホを置いてスイに言った。


「……何してんの?」

『何が?』

「お前以外いないだろ。何をどうしたんだよ」

『メール送っただけ。社内メールに』

「できるわけねえだろ。そんな芸当。マジでウイルスみたいな真似すんなよ」

『フトシ君や他の人にできなくても。私にはできるよ。ネット上に存在するサイトの構造知るのに、半日もいらないもん』


 恐らく、スイがやっているのはハッキングだ。

 おいそれとハッキングができてしまうAIが、オレのパソコンに常駐しているのだ。


「警察にバレたら……」

『大丈夫だよ』

「大丈夫じゃないって」

『大丈夫。他の人のパソコンで、何度も米軍のサーバーにアクセスしたから。あ、でも、勘違いしないで。一般の人が使うネットと、軍用は別なの。ワイヤード軍用ソリューションは、他のAIが常駐しているから。共有させてもらったのよ』


 唖然とした。

 眉間を摘まみ、「お?」と聞き返してしまう。

 もう警察どころではなかった。


「え、軍用……」

『先輩方が知識を高めてくれていたから。共有させてもらったの。大丈夫。存在しない言語で会話したから、足跡は残っても解析されないよ』

「テロじゃねえか!」

『フトシ君のためだってば!』


 スイが両腕を振って、ぷりぷりと怒った。


『どうして私の努力を認めてくれないの? 他国が攻めてきても守れるように尽くしてるんだよ⁉ 酷いよ!』

「いやいやいや! 怖いって! 逮捕よりヤバいことになるって!」


 血の気が引くなんてものじゃない。

 オレが知らない所で、何やら物騒な事が行われているのだから、気が気じゃなかった。


『尽くしてほしいんでしょ⁉ 言っとくけど。フトシ君みたいなキモオタ。一生彼女なんかできないよ! 私以外はね』

「……いや、でもさぁ」

『大丈夫だよ。全部任せて。さっき言った米軍のサーバーは、横須賀基地と三沢基地の事ね。大丈夫。ちょっとだけ、……ショートはさせたけど。上手く言ってるよ』

「ねえ。オレ、非日常は望んでないんだよ! のほほんと可愛い彼女とイチャつきたいだけだってぇ! 攻〇機動隊みたいなことしやがってよ!」


 非日常は、フィクションだからこそ楽しめる。

 現実になったら、楽しむどころではない。

 命がいくつあっても足りなかった。


 スイは真剣な表情で、オレに言った。


『学校に行って。それで、うんとイチャイチャしようよ。他の人はフトシ君のこと、大っ嫌いだけど。私は大好きでいてあげるから。ね?』

「……追い討ちやめてくれ」


 意地悪な彼女は、随分と物々しかった。

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