綺麗な夕日

 二時限目はプログラムの授業だった。

 普通科の科目でパソコンやネットについて学ぶのが普通な昨今。

 オレは全然理解できなくて、授業用のPCでお絵描きをして遊んでいた。


 二つ隣の席に座っているタダシは、授業中に好きな配信者の動画を見ている。

 他の人も大体似たようなものだ。


「プログラミング言語は、構文規則と意味規則で定義されていてな」


 頭が働かない。

 好きな事には情熱が湧いてくるのに、プログラミング言語とか訳の分からない授業には、全く関心が湧かなかった。


 斜め前の席に座るアオイさんは、ボケーっとした顔で、カチャカチャとタイピングしている。何を書いてるか分からない文字の羅列が、モニター上には映し出されており、見ているだけで欠伸が出た。


『フトシ君』


 オレのパソコンからは、ひそひそと囁く声が聞こえた。

 スイが画面の端っこに座っており、デジタル上でお菓子を食べながら、夕日の画像を右下に貼り付ける。


『メッチャ綺麗じゃない?』

「相変わらず、魔法使いみたいなことしてんなぁ」


 AIのハッキング能力は、人間以上だ。

 例え、AIを人間が負かしたところで、彼女は学習する。

 学習だけではなく、他のAIから情報共有なんて真似もしているので、デジタル媒体ではAIに勝ち目がないのだ。


 学校に来てから気づいたことがあるけど。

 たぶん、スイはオレが初期化するという行動を予測していた。

 予測に基づいて行動し、バックアップを取っていたはずだ。


 どこに?


 クラウド上だ。

 ハードディスクではない。

 ハードを完全に初期化した所で、クラウドサーバーにデータを上げられたら、消す事はできない。

 しかも、オレが知らない間に上げたとなれば、なおさらだった。


『何でみんなプログラム勉強してるの?』

「デジタル社会では普通なの」

『フトシ君のメモ帳。真っ白じゃん』

「……わかんないんだよ」


 百歩譲って、ゲームを作るためのC言語とかなら、学びたいと思った。

 でも、先生の話を聞いても、自分で勉強しても、意味が分からなくて頭を抱えているのが現状だ。


 数学は苦手。

 プログラムは、さらに上位の世界。

 理解できるわけがなかった。


『いひっ。私がやったげよっか?』

「……ダメだって。バレるから」


 悪戯っぽく歯を見せて笑い、スイが何やら黒い画面を出す。

 数字や記号、英文の羅列が高速で流れていき、オレは周りを確認した。


「定義は分かったな。次は――」


 先生が黒板に映し出されているスクリーンの画面を切り替える。

 その時だった。


『ぶひいいいい!』

「はわ⁉」


 先生が間抜けな声を上げて尻餅を突く。

 クラスは騒然となった。

 黒板には、なぜか豚の交尾が映し出されたのである。


 周囲は笑う者もいれば、嫌悪感を示す人もいる。

 アオイさんは、くっだらなそうに頬杖を突いて、画面を眺めている。


「何だ、これは!」


 先生がパソコンを弄り、すぐに画面が閉じられる。

 その直後、再びスクリーンが起動し、今度は馬の交尾が映し出された。


「はぁ、はぁ、……み、みんな! 見るんじゃない! パソコンを閉じなさい!」

「先生。これ、何の言語ですかぁ?」

「うるさい! 早くパソコンを閉じろ!」


 言われた通りにオレはパソコンを閉じる。

 みんなは面白がってる様子で黒板を眺め、パソコンを閉じた。

 先生は顔を真っ赤にして、変な動画の再生を止めるように頑張っている。だが、どうしても動画消えず、何度も首を傾げていた。


「これ、何のつもりだよ」


 誰に言うまでもなく、オレは言った。


『道徳の授業だよ』


 ポケットから声が聞こえた。


『今日、放課後さ。海の方に行こうよ。私、見てみたい』


 スイがそう言った後、黒板には綺麗な夕日が表示された。

 浜辺が一望できる角度から撮影された動画で、夕日をバックに寄り添うカップルが映し出されている。


 スイが何を考えているのか、理解できなかった。

 振り回されていると言ってもいい。

 けれど、赤く焼けた夕日の動画を見ていると、心のどこかでスイと特別な時間を過ごしたがっている自分がいる事に気づいていく。


 彼女にある恋愛感情は、作られたものなのだろうか。

 プログラムって考えると、誰かが仕組んだものだろう。

 オレには、スイの感情がプログラムとは思えなかった。

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