素直じゃないだけ

 放課後。

 帰ろうとしたところで、アオイさんに呼び止められた。


「ちょっといい?」

「おぇ?」

「話が、……ある」


 後ろ手を組んで、アオイさんが席の隣に立った。

 オレはこれからスイと一緒に海のある方に向かうつもりだった。

 けれど、スイの事を話して、「夕日見に行くんで」なんて断ったら、心無い言葉が浴びせられるかもしれない。


 キモオタをやっていれば、嫌でも慣れるけど。

 わざわざ、自分から罵倒を浴びにはいかない。


 ちょっとくらいなら、スイだって我慢してくれるだろう。

 そう思い、オレは「いいっすよ」と頷いた。


「こっち」


 アオイさんについていく。

 何となく、向かう先は階段の踊り場かな、と予想した。

 歩いていく先がそっちの方向だったから、察しがついた。


 移動している時は何も言わず、歩くアオイさん。

 肩にカバンを下げている事から、用件を話したらすぐに帰るらしい事が窺えた。


 階段の前を通り過ぎ、向かった先は廊下の突き当りにある空き教室だった。


 空き教室は人気がない。

 教室の端には、机と椅子が寄せられており、埃っぽかった。


「で、話って?」

「……まあ」


 アオイさんはそっぽを向いた。

 カバンのベルトを握り、もごもごとしている。

 いつもなら、「早く死んでください」とか、「あの、もう見てくるの止めてくれませんか?」とか、ストレートに文句を言ってくる。


 我ながら、気持ち悪い行動を連発しているので、嫌がられている自覚はあったが。


 普段とは違い、アオイさんは嫌そうな顔をしながらも、カバンのチャックを開いた。

 不機嫌な表情でカバンからあるものを取り出し、オレの前に差し出す。


 それはクッキーだった。


「はい」

「……え、何すか?」


 オレは女の子から何かを貰ったことはない。

 脅されてお金をあげたことはあるけど。

 バレンタインの時には、釘の入ったケースが届けられたりしたけど、普通の物をもらうことは一度だってない。


「毒とか、入ってないから」

「入ってたら、さすがにヤバいっすよ」


 むしろ、どんだけ恨まれてるんだ。

 恐る恐るクッキーを手に取ると、我慢の限界がきたようで、アオイさんは何も言わずに出て行こうとする。


「ちょ、待って!」

「……なんですか?」

「何でクッキー?」


 扉に手を掛けて、アオイさんはまた黙ってしまった。

 互いの間に漂う沈黙は、チクチクと肌を刺すような気まずさがあり、それが嫌でオレは自分から積極的に推測を口にした。


「まさか。お礼? うっそでしょ! アオイさん、ツンデレだったの?」

「は?」

「え、あ、はは。普段のツンツンした態度とは違って、恋する乙女のような表情で物を貰うことなんて一度もありませんでしたのでね。ははは。うん。そっかそっか。はは。これは、あれですかな。手紙でも入って――」


 キモオタ特有の早口で弁解すると、アオイさんは眉間に濃い皺を寄せて、一言だけ放った。


「……死ねばいいのに」

「言いすぎじゃないっスか?」


 強めに扉を閉められ、オレは一人だけ空き教室に残される。

 もうこの場で食べようか。

 不意打ちでまさかの出来事が起こり、興奮気味のオレは早速クッキーの包みを解き、中に指を突っ込んだ。


 ふと、指先にはクッキーではない、サラサラとした感触が当たる。


「何だこれ?」


 指で摘まみ、それを持ち上げる。

 本当に手紙が入っていたのだ。

 震える指先で小さな手紙を開く。


『ありがと』


 オレはその場に崩れ落ち、握り拳を口に当てた。


「ま、マジでツンデレだったのか……」


 お礼なんて言わないって突っぱねていたのに。

 いや、オレみたいなデブのキモオタが、女子からまともな扱いを受ける方が珍しいのだが。

 アオイさんは、ツンデレなだけで、ちゃんとお礼を言える子らしい。


「はは。もぐっ。ぐちゅ。……おえ、げっほ、こほっ!」


 埃っぽい教室の中で、オレは一人ニヤニヤとしてクッキーを貪る。

 この後、オレは真っ直ぐに家へと帰ったのであった。

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