逃げられないよ

 家に帰ると、珍しく両親が帰ってきていた。

 二人ともソファに座り、深刻な顔でテレビを見つめている。


「ただいま」


 普段なら、挨拶もなしに二階へ上がる。

 だが、両親の様子が何となく気になったオレは、珍しくリビングに行き、空いているソファに座る。


「どうしたの?」

「あぁ、何かなぁ。アメリカと中国で、大規模停電起きたらしい」

「へえ」

「電磁パルスじゃないだろうな」


 全く興味なかった。

 2024年。

 世界は相変わらず戦争をしている。

 日本もEMP電磁パルス対策で分電盤の見直しなど、盛んに行われている最中だ。


 この電磁パルスが起きると、何でも電線や分電盤から高圧電流が流し込まれ、ショートするらしい。

 まあ、一発でデータは吹っ飛ぶし、いつの日か起きたハワイの事件のように一斉に火災が起きるという。

 大人たちの話では、全ての電化製品が爆発するとか。

 ともあれ、大惨事になるらしいので、緊急対策が取られているのだ。


 懐疑的な人は未だに鼻で笑っている。

 一方で、興味がない人も大勢いる。


 SFじゃあるまいし、電磁パルスなんてあるわけがない。

 ましてや、世界で戦争が起きていようが、世界のどこで誰が死のうが、関係がない。


 オレだけではなく、みんなそう思っているだろう。

 その証拠が、普段の過ごし方に如実に現れている。


「うーん。シェルター買っておけばよかったなぁ」

「大丈夫だよ。対岸の火事だって」

「本当にそうかしら」

「へーき、へーき。心配し過ぎだって。ていうか、電磁パルスなんて存在するわけないじゃん」


 こういう時、オレはうんざりしていた。

 以前までは、周りがお花畑みたいに同調しあっていた。

 戦争なんて過去の出来事だったし、海外で何が起きようと知った事ではない


 だけど、時間が経つに連れて、周りは鬱陶しく騒ぐ人と発狂する人に加えて、オレみたいにボケーっとしている人に分かれた。


 オレからすれば、みんな仲良くでいいじゃんって感じだ。

 ていうか、彼女とイチャつく事しか考えていない。


 正直に言うと、目まぐるしく周りが変わっていくのが、ちょっと怖かったりする。


 両親まで変になったのだから、この先が不安だった。

 普段、家にいないくせに、「何言ってんだ」って感じだ。


「あんまり考えすぎないでね」


 それだけ言って、オレはリビングを出た。


 *


 部屋に戻ると、布団の上に倒れ込む。

 せっかく、アオイさんにクッキーを貰ったのに、気分を害してしまった。

 気分直しにゲームをやろうと、スマホを手に取る。


「さて、と」


 ロック画面を解除すると、何やらオレのスマホに異変が起きていた。

 画面が赤黒くなっていたのだ。

 真っ暗な空間に大量の血が飛び散っているかのような壁紙。

 こんなもの設定した覚えはない。


「……な、なにこれ」


 スワイプをしていくと、4つの画面が8つに増えている。

 赤黒い画面の次は、夕日の画像。

 その次も夕日の画像だが、違和感があった。


 一度戻って、よく見てみる。


 夕日の中にはカップルが寄り添って座っていた。

 それが次の画像では、女が男の上に跨っている。と、聞くといかがわしい事をイメージするかもだが、オレにはエロ画像には見えなかった。


 なぜなら、女はからだ。


 夕日の逆光により、二人の姿は黒一色のシルエット。

 だから、どういう表情をしているかまでは、見えなかった。


「……お……おぉ」


 次の画像では、グッタリしている男に、どこから持ってきたのか、包丁を手にした女が映っている。


 次は、包丁を顔のある部分に刺し、夕日は真っ赤に染まっていた。


「怖い。怖いよ。……なにこれ!」


 次の画像では、頭部と思わしき部分を女が片手で持ち上げて立っていた。気のせいか、女の顔はこちらに向いている。


「……はぁ……はぁ……はぁ」


 恐怖で呼吸が震えた。

 仰向けの状態で肩が上下し、変な汗を掻いてきたオレは、次の画像を見てしまう。


 女は片足をこちらに踏み出し、確かに近づいていた。

 まるで彼女には、オレの姿が見えているかのようである。


「やだ。やだ! 来るな!」


 とか言いつつ、オレは次の画像を見てしまう。

 黒いシルエットの女は、遠くの浜辺から数メートルほど、距離を縮めて近づいている。片手には、やはり生首を持っていた。


 最後の画像を振るえる指先で、スワイプする。


「お、っごぉ……っ!」


 変な声が出た。

 画面には、生気のない女の顔がドアップで映っている。

 初めは気づかなかったが、女の髪型はサイドテールだった。

 ほとんどが真っ黒で、輪郭は赤い逆光でぼやけているが、目だけはハッキリと映っている。


 青い目だ。

 青色の目が、眠そうに半分閉じて、オレの方をジッと見つめていた。


『……夕日……見に行くって言ったのに……』


 スマホから、スイの声がした。


「すいません」

『私の事、愛してるって言ったのに』

「いや、ほんと。すいません。マジで。ほんとに、ごめん」


 パチン、パチン。

 部屋の明かりが、点滅しだした。


『そんなに私が嫌なら、私の消し方を教えてあげる』

「スイちゃん。お願い。やめて」


 もはや、ホラーである。

 怖すぎた。

 身の危険すら感じている。


『この世から電気を消せばいいよ。それか、スマホを捨てて、電気のない場所で暮らせばいいんだよ。私はどうせフトシ君に触ることができないもの。車をハッキングして殺す事はできるよ。でも、それをやる時は、私も一緒に死ぬつもりだから』


 普段の意地悪な様子からは、考えられないほどの重い愛。


『フトシ君をイジメていいのは、私だけなんだよ』

「できれば、イジメを抜きで愛してほしいです」

『やだ』

「そこは断るんだ……」


 完成された関係性においてのイジメは、時に愛となる事を知った。


『フトシ君』

「はい」

『EMPの真似事なら、ハッキングでやれるよ。試してあげよっか』

「いや……ほんとに……」

『ショートさせればいいんでしょ? 変電所にアクセスできるよ。電圧管理の大元にだって私は行ける。どうしてか分かる?』

「分かりません」

『電柱とかにさ。通信ケーブルが繋がってるからだよ。どこに行っても、私は傍にいられるよ』


 画面の真っ黒いシルエットが、徐々に色を持ち始める。

 生気のない瞳をしたスイの顔が浮かんできた。


 スマホとパソコン。出力シートの三つに、スイが現れて、オレの方をじっと見てくるのだ。


『……裏切り者』


 オレはすぐさま正座をして、シートの上にいるスイに頭を下げた。


「すいませんでした」

『この家、燃やしてあげよっか?』

「勘弁してください。お願いします」

『じゃあ、約束してよ』

「何をでしょう」

『二度と、あの女に近づかないで』


 スイは膝を抱え、爪を噛んでいた。

 目が段々と充血していき、目じりからは赤い涙が流れていく。

 生気のない表情が相まって、メチャクチャ怖かった。


「……はい」


 しばらくは部屋の明かりが点滅していた。が、土下座をしていると、明かりは安定し、シートやパソコン、スマホからはスイの姿が消えていた。

 スマホは画像も元に戻っている。


 AIに土下座をしたのは、オレが初だろう。

 気をつけようと思った。

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