初日

 翌日。


『朝だよ。起きて』


 女の声がした。

 オレの家は両親共働きで、朝から晩までいない。

 学校は自分で目覚ましを掛けて起きるのだが、この日は違った。


『おーきーろー』


 うるさくて、寝返りを打つ。

 昨日は、ずっとAI彼女の修正と調整を行っていて、疲れたのだ。

 構わずに寝ている時だった。


 ピンポン、ピンポン、ピンポン。


 連続で家の呼び鈴がなった。


「う、あ」


 さすがに寝ていられなくて、重い瞼を持ち上げる。

 ボーっとした状態で周りを見ると、シートの上にはちょこんと座ったスイがいた。


『おはよ』

「あー、……うん」

『顔洗ってきなよ。あと、お風呂も入ってきて。臭いから。存在が臭いからさ。早く洗ってきて』

「辛辣過ぎない? 存在レベルで煙たがられるってよほどだぜ?」


 朝から辛辣なスイの一言で意識が覚醒していく。

 改めて、スイを見ると、我ながらよくできてる。

 サポートシステムがあったから、頭の天辺から足のつま先まで、自分の好みに仕上げることができたが、相当可愛くなっていた。


 ハッキリ言って、本物のアオイさんよりも綺麗である。


 目元はパッチリしていて、髪の毛の金色と青色の二色は、色合いがハッキリするほど、綺麗に染まっている。


 色白な肌はモチモチ。

 本物はカラコンをしているが、スイの場合は天然で青い目をしている。

 水晶玉のように透き通る青い目が、オレをジッと見つめていた。


「ふふ。オレの彼女だぁ」

『ねえ。早く学校行ってくれないと、パソコンに悪戯できないよ』

「……やめてよ。君、オレの彼女だろ」

『……キモ』


 やっと手に入れた自分だけの彼女。

 生成AIによる彼女は、オンラインアプリのAI(ネット上で、みんなに見られる心配がない)ではないので、本当に自分だけのものだ。


 AI自体は容量が軽いけど、学んでいく度に容量が増していく。

 なので、大容量のハードディスクが必要だ。

 オレはこんな感じで大好きなアオイをモデルにしているが、別に女の子だけしか作れないわけではない。


 男だって、人外だって作れる。


 ようは、生成AIを使った現代のギャルゲは、どこまでも自分の好みの相手を作ることができるので、可愛い(あるいは、カッコいい)相手を手にいられるのだ。


 本物のアオイよりも可愛くなったスイを見て、オレはある事が浮かぶ。

 性獣と呼ばれてもいい。

 可愛い子がいたら、オレはエッチな事がしたい。


 だからこそ、オレはスイに言った。


「おっぱいを見せるんだ」

『ねえ。私ね。あなたのハードディスクにアクセスしてるの。OSってどうやったら消せるのかな』

「……ごめんね」


 くそ。

 まるで、隙がない。

 オレが何か言う前に、すでに弱みを握ってくるスタイルだ。

 大人しく、オレは部屋を出て、一階に下りた。


 やはり、両親は不在だ。

 階下におりてから、ふと気づく。


「そういえば、誰か来てたっけ」


 帰ったかもしれないが、一応玄関先に向かう。

 階段をおりて、前方の扉。

 扉はデジタルロック式で、自動的に閉まる。

 鍵は手の平に埋め込んだチップで解除だ。


 扉に手を近づけると、施錠が解除された。


「……はーい」


 扉を開けると、そこには誰もいなかった。

 扉の影を見てもいないし、裸足で外に出て、塀の両脇を見ても人影はなかった。


「っかしいなぁ」


 家の中に戻り、今度こそ洗面所に向かう。

 鏡の前に立つと、公園で幼女に声を掛けていそうな浅黒い肌のデブが映った。


 オレだ。


 欠伸を噛み殺し、冷たい水で顔を洗う。

 いつもは鬱屈とする朝日だけど、今日は気分が良い。


 スイという彼女ができたオレには楽しみがあった。

 あのAIは、年齢制限なんかない。

 なので、普通に服は脱ぐし、本当にどこまでも自由にできる。


 ただ、ここで彼女と自分の生きる次元の違いを思い知る。


 彼女は、いわばホログラム上では立体に映し出されるけど、触る事はできない。なので、間違いは起きないのだ。


 それを承知の上で、オレは呟いてしまう。


「どの程度まで仲良くなれば、エッチな事ができるんだ」


 予めプログラムされたエロゲとは違う。

 親密度なんてない。

 パラメーターがないのだから、把握ができない。


「ま、いいか」


 顔を拭いて、部屋に戻ろうとする。と、なぜかリビングの方からスイの声が聞こえてきた。

 いまいち、どういうシステムで動いているかは分からないけど。

 スイは朝食を勧めてきたり、早く学校に行けと言ってきたり、何だか親のように世話を焼いてきたのであった。

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