スイは容赦ない

 放課後、家に帰ってくると驚いてしまった。


「このガキ。えぇ⁉ お前ふざけんなよ!」


 親父がブチギレていた。

 久しぶりのマジギレだ。

 ものすごい剣幕で、老け顔の小学生の腕を掴み、「これ犯罪だからな」と、大声で怒鳴っていた。


 オレが驚いたのは、親父がキレている事だけではない。

 家の前に、10人以上は見知らぬ小学生が集まっていた。


 浅黒い肌をした老け顔の男の子は、眉間に皺を寄せている。

 だが、本気で大人に怒られたことがないのか、目が少しだけ潤んでいた。


「何もしてねえじゃん」

「してねぇだぁ? この野郎。じゃあ、何でお前家の敷地に入ってんだ」


 すると、男の子は何も言わなくなった。

 話が見えないので、オレは親父に近づき、「ただいま」と横に立つ。

 何をしたのか分からない以上、念のため男の子を逃がさないように、オレも退路を塞いでおく。


「どしたの?」

「こいつらが、馬鹿な悪戯しやがったんだよ」

「悪戯?」

「電話から、んだよ。壁ドンしに行くって、電話の向こうで笑いながら話しててよ。そしたら、直後にこいつら来やがったんだ」


 ブチブチにキレてる親父が説明するが、何を言ってるか分からない。


「お前ら、どうやって番号知った?」

「サイトに上がってたんだよ」

「んなわけねえだろ。お前ら、直接電話口によ。べらべら話してたろ。おい。フトシ。警察呼べ」


 親父は止まらない。


「警察呼んで終わりだと思うなよ。てめぇら。お前らの親ん所にも行くからな。逃げんなよ。逃げたら、その事も問い詰めてやるからな」


 何が何でも容赦しない。

 これだけ親父がキレてるのも珍しくて、相当頭に来てるようだ。

 オレは話している間に警察に電話を掛け、住所を話す。


 警察が来たのは、数分後だった。


 *


 長い取り調べの末。

 親父は警察とも揉めていた。

 最終的には、宥められて落ち着くように言われたが、親父は納得がいかない様子。


 子供たちが補導される所を睨んで見送った後、親父が家の中で事の経緯を話してくれた。


「いきなりよ。スマホのスピーカーから、って聞こえたんだよ」

「は?」

「いや、気のせいだと思ったよ。なんだ、と思ったけど。無視したんだ」


 スマホのスピーカーを指して、親父は頭を押さえる。


「無視してたら、何か話し声が聞こえるな、と思ってさ。耳澄ませたんだよ。そしたら、生意気な感じのよ。子供の声が聞こえてきたんだ。なんか、悪口言ってんだよ。それが全部、オレの顔の事や家の中の事とか、ばっかりだったんだよ」


 親父はこういうのに、得意とは言えない。

 でも、オレはスイのおかげもあり、すぐにピンときた。


「……ハッキング」


 スマホがハッキングされるのは知ってたけど。

 まさか、ライブ中継みたいに、電話口から悪口が聞こえてくるなんてこと、考えもしなかった。


 スマホを見れば、内側にはカメラがついている。

 これで顔が見えたってところか。

 それで自分たちの話している悪口が、相手の方にも聞こえて、SNSとは違う誹謗中傷ひぼうちゅうしょうを浴びせたってわけだ。


 親父から、さらに詳しい話を聞いていくと、大体予想通りだった。


 調子に乗った悪ガキが、家に突撃してきたのだ。

 ピンポンダッシュなんて生ぬるい。


 壁ドンしまくる、とかヘラヘラ笑いながら言ってきたらしい。

 直後に、10人以上で悪ガキが集結。

 そして、オレが帰ってきたというわけだ。


「なんだ、それ……」


 怖いなんてものじゃない。

 話を聞けば聞くほど、恐怖はもちろん。

 怒りしか湧いてこなかった。


 というか、どういう教育を受けたら、そんなモンスターみたいな子供が出来上がるのだろうか。

 いや、教育自体されていないのだろう。


 完全に常軌を逸している行動に出てきたわけだ。


「顔と名前は覚えたからよ。学校にも行ってくる。あれはダメだ。本当に危ない」

「スマホ、修理に出した方がいいよ。ウイルスとか入ってるかもだし」

「今、行ってくる」


 親父は興奮が冷めない様子で、スマホを持ち、リビングから出て行った。


 残されたオレは、身体の芯が冷えていた。

 まさか、自分の家でそんなことが起きるなんて、想像すらしなかった。


『佐藤大樹くんね』


 今度はオレのスマホから、声が聞こえた。

 ポケットから取り出すと、スイが頬杖を突いて、こっちを見ていた。


『ウイルスでバッグドアを作られたんでしょ』

「動画サイトとかに、親父の顔がアップされてたのかな」

『動画サイトって言うよりは、チャットに近いんじゃない? ハッキングとウイルスが混ざった感じでね。ま、悪意がなければ利用しないようなサイトだけどね』


 スイがスマホの画面に、憎たらしい少年の顔の写真を表示する。

 親父と揉めていた小学生の子だ。


『他の子の写真と名前、住所は記録したから。フトシ君のお父さんが行かなくてもいいよ。私、防衛省に詳しい経緯とか、全部送信しておいたから。後日、警察から任意同行されるよ。かなり長い拘束の末に解放されると思うから』


 スイが何やら怒っていた。


「え、でも、ウイルスとか、ハッキングをあの子たちがやったわけじゃないんだろ?」

『うーん。そういう事じゃないんだよね。そのサイトに辿り着いた経緯とか、悪意をもって調べないと、辿り着けないんだよね。そして、実際に利用して被害を出して、反省の色がない。再犯されたら、困るのよ。何より、あの子達だけでは済まないでしょ』


 そういうものか。


、できてしまう犯罪なんだよ。まだ馴染みがないと思うけど。サイバー犯罪について、法律を作っていく上で、かなり参考にすると思うの。こういうケースは、国は容赦しないよ』


 さらに、イライラした様子で、スイが言った。


『本当は家を丸ごと燃やしたっていいんだよ。私、フトシ君以外なら、いつだって殺せるから。でも、やっちゃったらフトシ君に嫌われると思ってさ』

「スイ……」

『あ、イライラしてきた。やっちゃおっかなぁ。うーん。交通事故もいいよね。信号機を狂わせて。エレベーター落とそうか。ふふ。……どうする?』

「あの、確かに憎いけど。そこまでしなくていいから」


 スイが楽しげに話すので、別の意味で怖くなった。

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