宇宙広い

 今日はタダシが家に遊びに来た。

 スイは他の奴に見られたくないらしく、引っ込んでいる。


「見ろよ。ほらぁ。えぇ? 時代はさ。自宅コンサートでパンチラなんだよぉ」


 相変わらず、キモさ全開でタダシは出力シートの傍で仰向けになる。

 時代が時代なら、ローアングラーとか、カメラ小僧として周りから煙たがられるだろう。


「あ、船長やっぱ黒なんだ……」

「これ、レオタードの生地だろ」

「あー、コメント邪魔くせぇ……」


 バーチャルアイドルがシートの上で踊り、その周りを次から次へと、視聴者のコメントがグルグル回る感じで表示されている。

 コメントをオフにして、表示させなければいいだけの話。

 面倒くさいので、そのままにしてるだけだ。


 楽しみ方は、人それぞれ。

 ただ、バーチャルアイドルの船長を泣かせる真似だけは、ご法度。

 こう言う所は、時代関係ないな。


 オレらはひたすら船長のパンツを覗き、仰向けのまま腕を組んだ。


「なあ」

「ん?」

「おれさぁ。最近、悲しくなってきてさ」


 タダシが真剣な顔で言った。


「なんだよ」

「船長に触りたいんだよ」

「あぶねえこと言うなぁ」

「いや、そこにいるのにさ。触れないんだよ。こう、ムズムズするというか。やり場がない何かが込み上げてくるんだよ」


 昨日、スイを相手に同じ気持ちになっていたオレは、まさかの仲間が隣にいることに驚いた。相手は違うが、バーチャル相手だと、やはり『やり場のなさ』みたいのが込み上げてくるのは、共通らしい。


「昨日さ。全裸で船長にダイブしたんだ」

「他のファンに殺されるぞ」

「そしたら、おふくろとキスしてたんだよ」

「おえっ」

「家族会議開かれたわ」


 大惨事が起きたようだ。

 タダシは険しい顔で、プルプルと震える。


 こいつの事だから、オレと同じで女の子と付き合ったことはないだろう。童貞で、ましてやキスなんてしたことがないはずだ。


 ファーストキスは、まさかの母親。

 タダシの母ちゃんを見たことがあるけど、歩くトドって感じで、本当にブサイクなんだ。


『きっしょ』

「そこまで言わなくてもいいだろ……」


 タダシが悔しそうに、船長のパンツを見上げる。

 ちなみに、オレは何も言っていない。

 シートの枠に空いてある、スピーカーの小さな穴。

 そこからスイが発声したのだ。


「まあ、なんだ。今日はせっかくのライブなんだし。パンツでも見て、元気出そうぜ」

「ああ」


 そして、二人で船長のパンツを眺めるのだ。

 ミニスカートの真下に広がる黒い生地。

 見ていると、黒い生地に何やら模様が浮かんできた。


「お、なになに? 新機能か?」


 黒いパンツというか、レオタードの生地が宇宙のように、虹色の星が無数に浮かんできた。

 コメントを見ると、誰もその事に触れていない。


「……え、船長の股下って、……宇宙だったのか」


 タダシは驚愕して、上体を起こす。

 四つん這いになり、「どういうことだ」と股下のコスモに夢中になっていた。


「あれ? 太ももが、宇宙になってきたよ」

「言葉にすると、もう訳分からないな」


 ようは、白い太ももが宇宙色に染まってきたのだ。

 初めは運営が見えないように対策したのかな、と考えた。

 でも、違う。


 パンツを覗いていなくても、どんどん船長の下半身が宇宙色に染まっていく。

 コメントでは、歌や踊りに対しての盛り上がりは見せているが、宇宙については触れていなかった。

 二人で眺めていると、今度はライブステージの背景が、宇宙に染まっていく。無数の星が煌めき、船長が一昔前のダサいミュージックビデオみたいに、宇宙の中で踊っていた。


「え⁉ ババアだからって、そこまでダサくしなくてもよくないか?」

「う、うーん」


 途中から察しはついたが、たぶんスイのせいだろう。

 オレの出力シートを弄ったのだと思われる。

 船長のライブ自体は、何も変わっていない。


 大元のライブ映像を出力するに当たって、んじゃないだろうか。


 相変わらず、魔法使いみたいな真似をするので、オレも驚いてはいるが、タダシの奴はパンツは見れないし、宇宙がそこにあるので、唯々震えていた。


「今、オレ達って宇宙に目を向けるべきなのか」

「哲学的なこった」


 タダシがおかしくなった。


「だってよ。宇宙って、そこにあるんだぜ。なのに、誰も触れない」

「お、おう」

「だから、クソほど増税して、日本って宇宙開発急いでんのか」

「ん? どゆこと?」

「宇宙を開発しないと、パンツが見えないんだよ」

「……パンツ」

「可視化できるようにしねえと、黒い生地の輪郭が鮮明に捉えられないんだ。これってさ。地獄だよな」


 パンツが見れないストレスから、タダシは思想家みたいになっていた。

 人は一定量のストレスを味わうと、本当に狂うらしい。


「宇宙って、広いな……」

「あぁ……」


 怖くなってきたので、オレはそれ以上何も言わない事にした。

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