第13話 雑居

「どれが温泉跡なのかわからないね」

奇跡的に残っていた下関大橋を渡り、橋の出口から左折して歩き続けた。

たどり着いた場所は湯気こそ立っているが、川や砂に侵食され、恐らく人肌に届かない冷たい水溜りがあるばかりだった。

湯気は水温と気温との差が大きいと生じるので、この水溜まりが他の水たまりよりは温かいのだけは視覚でわかる。


「とりあえず水には困らない」

「水だけじゃないよ。何味かわからないけど海水より“おいしい”感じがする。多分、PZに要る物が多めに入ってるんだね」

「有機物食べたらどんな味がするんでしょう」

2人とも、有機物が食い尽くされた後の世界で目が覚めたので、PZとして”意識して“有機物を食べたことがない。仮に有機物があっても貴重なので食べる気にならない。


PZとしての栄養が水域に溜まっているのに、やはり人影は全くない。病禍開始時と人口密度が合わない。


「次は阿蘇山だっけ」

「別府温泉がこの調子だと、阿蘇山も見てもわからなさそう」

「おっ誰かいたよ」


湯煙の向こうに動く人影がある。


「....田嶋さん...?」

ライトグリーンの作業着を着た、白髪混じりの頭を油で固めた、腹の出た男だった。


「んん...初めまして....」

「お久しぶりです。東雲です。東雲光」

「どうも、光がいつもお世話になってます」

「いや、僕が光なんですよ」

「東雲さんはですねえ、理科と図工の成績が良いですねえ。算数がちょっとばかり不安ですねえ」

「....なんで八日市先生の真似するんですか」

「卒業したらね、八日市先生と同棲するんだ」

声が微妙に女子小学生めく。


「なんなんですかこの人」

「今のは多分、田草幸枝だな。いっつも言ってた」

田嶋は東雲の方を向いてるようで微妙に視線がズレている。その先には何もない。


「滝山さん。トマト泥棒は僕なんです。病人形になったあなたが怖くて、何も言わずにトマトを盗みました。本当にごめんなさい」


田嶋が初めて東雲の方を向き笑う。

「トマト泥棒はもう逃げられない。滝山さん、安心しなよ。俺は馬鹿を迎えに行くから」

そのまま歩きだす。

東雲は追わず見送った。


「最後の人は田嶋さんですか?」

「あの感じは杉谷正嗣さんだろうね」


九頭類浄水場から別府までは数百kmある。田嶋の姿をしたPZは、下関とは反対に去って行った。

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