第4話 非当選者

血液検査で500人の当選者が出た、当選者説明会をするという放送は、以前なら油壺先生はまだ若いのに認知症かなというくらいのものだったが、破滅で散々見た光景だ。油壺は同化され、病人形が口にする妄想に違いない。


後に読んだ記録では油壺に残った人間性が考えた物だったらしいが、小学生がそんな事情知るわけがない。


このおかしな放送に両親は戸惑うかと思ったら当選説明会に行かなくてはと言い出していた。誰も彼も、悪態が口癖みたいな段々原さんも、無愛想でイラチの萩谷の弟さんも、自分が当選者なんだと疑いもせず講堂に入っていった。


逃げ出してみたものの、車が運転できないから歩いて砂漠を越えないといけない。浄水場ですら物資不足で毎日空腹なのに、砂漠を越えたとしても町はさらに何もないはずだ。


病人形が暗いところを嫌うのは知っていたから、浄水場の奥、実験室の恒温室(建物内に作られた断熱性の小屋)に逃げ込んだ。ドアの窓から覗き込まれることを恐れて、実験台の下に入ってさらに椅子で身を隠した。

立っている時にはわからない、砂や虫の死骸、何かの毛が身体にまとわりつき頬に触れる気持ち悪さに耐え、声を押し殺して夜が来るのを待った。


夜になって、両親がいるスペースに行ってみたが、2人ともいなかった。荷物もなかった。

後で遭遇したら、父さんは何かの大会を明日にひかえてわくわくしながら登校中で、母さんは誰かのコンサートを聴きに福岡に移動中だった。どちらも僕が生まれる前だから、僕のことが誰かわからないようだった。


当選説明会で自分が病人形だと自覚して抵抗しようとした者より、自分は病人形だからもう何も悩まなくていいんだと放り出した者の方がずっと多かった。油壺の行動は裏目に出て、生存者の僕は一層窮地に立たされたんだ。


説明会の2日後くらいには浄水場中の金属に入ってない食糧も樹脂製品も消えていた。僕は滝山さんの菜園に潜り込んで、アリを捕まえたり作物の葉を齧って飢えを凌いだ。缶詰を見つけても缶切りの使い方がわからない、道具で無理にこじ開けようと音を立てると病人形の注意を引く。数少ないプルタブ式の缶詰を探して、僕は病人形よりずっとゾンビらしい血色でフラフラとうろつく日々をおくった。

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