第5話 トマト泥棒
恒温室は破滅以前から浄水場の人達が使用をやめていたので、空調の電源は根本から切られている。遮断器がどこにあるか以前に、遮断器なんて物自体知らない子供さ。風も吹き込まないから、夏になればむせるように暑くなるので、たまらず外に出る。飢えて倒れそうだが、困窮してる顔を見せると心配した病人形たちに声をかけられるから、同じようにヘラヘラした顔を作って涼しい場所を探した。
夜になると、菜園から防火服を着た滝山さんが出て行く。忍び込んだ菜園にはトマトがいくつもなっている。青白い月明かりの元では灰色のようで、太陽の元ではさぞや赤く水々しいのだろうと生唾を飲み込んだ。夜露がついたまま、1個はその場で食べ、こんなにトマトは甘かったのかと泣きそうになった。あと2個収穫し、水筒に池の水を汲んで恒温室に戻った。
その時摘んだ果実を4日ほどかけて食べ、残りのトマトが食べ頃になるのを辛抱強く待った。
その日も暑くて、風の吹き付ける大きな池の淵をヘラヘラ歩いてると、滝山さんが菜園を守る砂山の前でオロオロしているのが見えた。心配した病人形に取り囲まれている。
「トマト泥棒、トマト泥棒が!トマト泥棒なんだよ!可哀想に!トマトが!」
と言ってるのが聞こえた。トマト泥棒を糾弾してるんだと思った。摘んだのは何日も前だから、何か証拠を見つけたんだろう。
周りもトマト泥棒だなんて物騒だねえ、警察に言わなきゃと口々に言っていた。滝山さんはいつもの防火服を着ていなくて、ステテコ姿を久しぶりに見た。
その夜、菜園を見に行くと、まるで最初からそんなものなかったかのように砂になっていた。柄を消化された農機具の残骸も転がってる。
トマト泥棒に怒ったからって、トマトどころか他の豆や芋まで根こそぎ殺すなんて。トマトやその他の作物が食べられる希望が潰えたことより、作物や土、そこに身を寄せていた昆虫達に対する殺戮に涙が止まらなかった。殺戮されたことだけじゃない。この菜園は、滝山さんの残りの人生そのものだったのに。きっと怒りのあまり、自分の手で破壊したんだ。僕が盗んだりしなければ、こんなことにならなかったのだろうか。
ただでさえ空腹なのに、生きる気力まで失い、罪悪感にも苛まれ、何日も、どんなに暑くても恒温室から出ることができなかった。
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