第6話 檻の中

段々原さんが廃材を使って檻を作り出して1ヶ月くらいは経ってたんだろうか。他の人形も工作を手伝いだしたから、浄水場を構成していた金属は次々と、コンクリートの部分だけ残して檻になった。コンクリートも砕けると、大小様々な立方体に加工された。


町から人形によって運び込まれる鉄筋や廃材には缶詰が稀に混ざってて、僕はそれを拾って生きていた。恒温室を覆っていた鋼鉄の板も解体され、裁断され、檻に作り変えられた。


鉄板が人に見える者の素手で折り紙のように捻じ曲げられ、細かく切って棒状にされる様は悪夢そのものだった。


彼らのルールでは、檻を作るための破壊は許容されるが、一度檻になったら破壊してはならず、檻の中にも入ってはならず、檻の中を認識することもできないようだった。


恒温室さえ取り上げられた僕は、砂に埋まっていた黒いボロキレを身体に巻いて、林立する檻の奥で眠った。


ある日、檻の中にいれば人形には認識できないというのはただの憶測なのを思い知らされた。


「可哀想なの。トマトが。トマト泥棒が」

滝山さんが檻の林の淵で泣いている。

「あいつだな!あいつだ!やい!」

通りがかった田嶋さんがこっちを指差して叫んでいる。今まで全く認識されていなかったのが、突然、恐ろしい存在に認識されたことに全身の毛がよだった。

「出てきやがれ!正就!ウジウジしやがって!このトマト泥棒め!」

あんなに気さくな萩谷の兄さんが見たこともないような怒鳴り声を張り上げている。彼には僕は弟さんに見えているのか。

「怒るんじゃない!トマト泥棒!こっちに来るんだ!可哀想な奴だ!許してやる!こっちに来い!」

田嶋さんが手前の檻を揺する。壊してはいけないルールは守ってるらしい。


彼らの怒号につられて浄水場中の人形が集い、檻に入った僕を包囲する。夜に活動する僕には今しか眠る時間がないのに、夜になって彼らがいなくなるまで、怒号や奇声、哀れみを投げつけられ続けた。耐え続け、疲れ果てて夜も眠ってしまい、朝になるとまた包囲される。翌日も日が沈むまで大声や振動、視線の攻撃に曝された。包囲されているから食事どころか排泄もままならず、服を着たままその場で漏らした。そんな生き地獄が何日も続いた。


飢えか病気で人間のまま死ぬのか、檻から出て行って自分も人形になって永久に何もわからないまま歩き続けるのか、飢餓と極度の疲労で鈍り切った思考ではどちらも辛すぎて選べず、僕は文字通り汚物にまみれて檻の中に転がっていた。


現実では、萩谷の正就さんが浄水場脱出時に助け出してくれたが、メメントモリの摂取により生じた悪夢では、この地獄の日々をループさせられ続けた。服用させた柳(リュウ)さんによれば現実の時間は5分くらい、梅田駅遺跡付近で卒倒して動かなくなっていたそうだよ。


見せられるトラウマは人によって違うが、僕の場合はメメントモリの名に相応しい記憶だった。


最後に白昼夢から醒める時、僕の肩を揺する柳さんが、現実では助けに来た正就さんではなく、包囲にいた兄の正嗣さんの方で、彼の掴みかかる手が僕の肩まで伸びたのを幻視していた。そのせいだろうと思うが、「あっちにいけ」と絶叫したんだそうだよ。

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