第7話 獣
最後に地下街を見たのが広島県で、そこから海の方を向いて右に歩いてきた。ということはどこかで山口県に入ったはずだ。下関大橋がまだかかってたら九州に歩いて行けるぞ、と呑気に言ったが、周りの岩がゴツゴツしてて、海は白波立っている。リアス式海岸というのはこういうののことを言うのだろうか。
「これ、日本海だったりする?」
「知りませんよ。東雲さんじゃないんだから」
「僕も知らないんだよな」
「これが日本海だと都合が悪い?」
「下関大橋って日本海と瀬戸内海どっちにかかってるんだろう」
「ポンコツめ」
西条寺は荷物を置いて座り込んだ。PZの身体に疲労はまず起きないが、人間の心は徒労を嫌い疲労する。
「このまま日本海を行脚するか、戻って下関海峡っぽい場所探して、即席で船作って予定通り九州に渡るか」
砂地に描いた日本地図を指して聞く。
「九州行きたいな。名無しの人が言ってた別府の温泉跡とか、阿蘇山とか見たい」
「じゃあ戻ってまず下関っぽい場所を探そうか」
「あっあれ」
立ち上がろうとした西条寺が地平線を指差す。彼方に人影が見える。幸いこちらに向かって来ているようなので、向かって歩けば出会えるはずだ。
「なんで全身青色なんだろ。頭まで青ってどういうこと?」
「結構大柄というか、なんか変だな」
人影が大きくなるに従い、奇妙な点が目立ちはじめる。
「こんにちわ〜」
「新聞の取材なんですけど、お時間よろしいですか〜?」
「ぁぁ、ぃぃょ」
それは青色のキツネの着ぐるみだった。ハンドメイドにしては完成度が非常に高く、では何か出来合いのキャラクターの着ぐるみかというと、2人共見たこともないキャラクターだ。
青色のキツネなんて自然にはいないので、架空の存在をモチーフにしていることだけわかる。
「この辺にお住まいなんですか?」
「普段は浜松の方で楽器作ってるんだけど、名古屋にはパーティーくらいでしか来ないんだ」
ずいぶん歩いて来たな。
「この着ぐるみはご自身で?」
「着ぐるみ?」
「あの青いキツネの」
「いやいや、これは生まれた時からだよ」
「あ、そうなんですか」
「えっとこの銀色のは」
西条寺が背中のファスナーを触る。
「ファスナーだよ」
「えっあっファスナー」
「生まれつきファスナーのある体質なんですか?」
「君らないの?」
「いや、ないですね」
「あの開けてみていいですか?」
「はあ!?開けるって何を!?痛っイテテッ!」
西条寺がファスナーを開けようとすると青キツネは激しく痛がる。スライダーとファスナーはがっちり噛み合い、スライダーがファスナーから生えているようだった。
「おいおい!勘弁してくれよ!出会った人のスライダーちぎるよう会社から指導されてんのかい!?どこ新聞!?」
「西条寺くん、やめなさい。申し訳ありません。西条寺くんが生まれ育った村には、スライダーが外れる人たちが住んでて、スライダーを外し合うのが挨拶なんです。どうかご容赦を」
「ごめんなさい!村から出て初めての取材なんです!」
「そりゃ恐ろしい村があるもんだ。気をつけてくれよ」
平謝りに徹し、謝礼として飴をかたどったメメントモリを渡し、青キツネの取材は諦めた。着ぐるみの口にほおるような仕草をして吸収しているようだったが、通例通り効果は無かった。
声から推定して「彼」が、名古屋のなんらかのパーティーに出ていた浜松の楽器職人で、その楽器がなんなのか、彼の青キツネになる前の名前も、なぜ自分が青キツネだと思い込んでるのかも分からずじまいだった。また、ファスナーという異常な場所とはいえ認知機能が低下したまな痛覚が残っているPZも珍しい。取材対象としては惜しい限りだ。
「こちらからの身体接触は避けてね。僕もこんな経験は初めてだけど、あれは西条寺さん悪いよ」
「次があるのか知らないし、次は気をつけますけど。あれ中身どうなってんでしょう。ファスナーに隙間が無かったんですよ」
「そりゃ僕らの服と同じで、彼のアレも皮膚だろうからな。中身なんかないよ。あれが彼だよ」
西条寺はグロテスクな物を見たかのように顔をしかめる。
「メメントモリがダメだったから、地球が終わるまで彼は獣人として歩き続けるんだろうな」
「もしあのまま何かしらの方法で同類と子孫なんか作ったら、青キツネ国の開祖とかになるんでしょうね」
「それは...子孫の村はすげえ光景だね。おとぎ話の国だ」
獣人のコミニュティに遭遇するまでは笑い話のように2人とも捉えていた。
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