第16話 首都

「青函トンネルって見たらわかるんですか」

「列車しか通らないから一般には入れる感じじゃないんじゃないかな」


仙台より遥か北の海岸にいて、瀬戸内海にいる時のように「対岸」が見える。対岸の陸地はかなり広く、北海道の可能性が高い。


「それに、海底トンネルは浸透水の汲み出しが必要だから、多分水没しちゃってるね」

「北海道行く時は柳さん達に頼みましょう」


柳のフェリーはアンカレッジを出発し、ベーリング海の石油リグを経由、敦賀、釜山、上海を巡って南下、フィリピンの石油リグで反転して、環太平洋を往復巡回する。前に名無しが乗った原潜と同じ航路だ。


フェリーに乗ったり、柳達と情報交換したい時は、敦賀に停泊するのを何ヶ月も待ち続ける。日時は決まっていない。通信も届かないし、互いの居場所もわからない。


日本列島を縦断する旅がこれで一通り終わった。旅の記録と次の旅の計画を柳と共有する、敦賀までの旅が始まる。


「いますね」

「いるねえ」


人影が見えるが感動は薄い。

九州以降に出会ったPZで、意思疎通できるものはいたし、なんとか崩壊していく認知でコミニュティを維持しているものもいた。敦賀には3人目の覚醒者が出た。


しかし、ほとんどは九頭類浄水場コミニュティより悲惨な末路を体現していた。


それはクリスマスツリーを思わせる、色とりどりの布を放射状に垂らした奇妙なワンピースを着た、60代くらいの女性に見える。


「こんにちは〜」

「こんにちは〜新聞の取材なんですが」

「走るタイル」


ああこれはダメな奴だ。本来、PZでも受け答えは正常にできる。受け答えができてない。


「タイルが走るんですか?」

「めい、めいめいがよく」


もう単語にもなっていない。


「ありがとうございました」

「うるお。まいたーんと。たーん」

敬礼して歩き出す。


「相当融合しちゃったんだな」

「東雲さん、彼女わかりません?」

「有名人なの?」

「日本で初の女性首相ですよ」

「あの格好は生前から?」

「生前は普通でしたよ」


融合した人間の服の情報が節々から飛び出していたのだ。


健康維持で人格を修正され続けた人形は、精神機能が完全に崩壊し動けなくなるらしい。「死体」のようになった物は健康な人形の吸収対象になり、吸収した人形は壊れた人格と記憶を自分の所持していた人格に雑にくっつけていく。最終的にあのような状態になる、らしい。憶測の域は出ない。


「彼女1人で、東京からここまでで動けなくなった全員を吸収したのかな」

「閣僚と一緒にトーナメント式に」

「壊れた人格の生物濃縮...」


”首都“は、南に向かってまっすぐ歩いていく。帰巣本能でも発揮したのか。


ジェラルミンケースに入れた小汚いチラシの方が、まだ在りし日の日本なり東京なりの有り様を伝えているようだった。


中国やインドの権力者にもなるとどんな状態になっているのか、想像するのも恐ろしかった。

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