第8話 柳宇軒
柳は母方の姓で、父方のファミリーネームはモンローだったらしい。モンロー家と両親は絶縁状態で、父が柳家の人間になったので、私も柳を名乗っている。
だから北京語、英語がMother tongue(柳の国籍はアメリカで母国語との翻訳は不適切)で、仕事の関係でスペイン語、ロシア語と日本語が少し使える。東雲は神に感謝するといい。ああ、神様、柳リチャード宇軒を日本語喋れるクソ船乗りにしてくれてありがとう、と。
モハメドとジョゼフが世界中の死者を甦らせよう、まずはアメリカだと、南北アメリカ大陸の港で片っ端からメメントモリを食らわせてた時に私と出会ったらしい。その頃は、モハメドとジョゼフが直接触って伝染させていた。
ただ、ジョゼフが甦った時の経緯から、メメントモリの伝染にはトラウマや怒りが重要らしいとジョゼフは考えた。毎回嫌なことを散々思い出して怒りや恐怖に突き動かされるチャージタイムが必要で効率が悪かったし、人間の部分が物凄く疲れる。
小遣いを貯めて自分が欲しいと思った物を自分の手で買うというのは、子供には一大イベントだ。あと5セントであのゲームを買えるとワクワクしながら、スクールバスを降りて家路を急ぐ。そのゲームのタイトルがなんだったのかも思い出せないのに、明日を待ち望んで歩き続けていた。
秋めいた涼しい風が吹く、よく晴れた空の下、お前は80年代かという赤いダウンベストを着た、若い頃のブシェイミみたいな痩せぎす男が怒りを露わにしてこっちに向かってくる。
そして「私の吸入器を返せ」と言って両肩を掴んできた。
そこは磯臭くて、湿気てて、薄暗かった。
前歯が折れるほど殴られ、後ろ手を縛られ、こめかみに拳銃を突きつけられた。
「ミッキーマウスマーチを2番まで歌えたら生かしてやる」
とシンガポール訛りの海賊に脅され、ミッキーマウスマーチなんか歌詞があることさえ知らないと泣いて許しをこいていた。タフ気取りじゃない。本当に知らなかったんだ。
海賊が引き金を引くが、乾いた金属音だけで私は生きている。
「もう一度言う。ミッキーマウスマーチを2番まで歌え」
でたらめな歌詞で歌い出すとまた引き金を引かれる。やはり弾は出ない。
弾は全部入ってないのかと思ったが、次はこめかみから外して撃たれ、荷物のコンテナバッグに穴が空いた。
私はミッキーマウスマーチなんか知らない助けてくれと絶叫し続けた。
「ああ。俺もあのネズミは嫌いだ」
ジョゼフがひざまずいた私の肩をさする。
そこはフェニックス郊外のガソリンスタンド跡だった。
ジョゼフのダウンベストはファッションではなくライフジャケットだった。陸に上がったら脱げよと今でも思うよ。
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