第9話 普通感冒

メメントモリは、「服用させた」ものには周知だろうが、特効薬には程遠い。私が知る限り、メメントモリで認知機能が回復するPZは0.1%もいない。これはメメントモリがPZ内で引き起こす反応に由来するはずである。


メメントモリを吸収したPZのほとんどは、贈り物に礼を言って何事もなかったように歩き出す。


ごく一部の者が、幼少期や日常のトラウマを幻視した状態で認知機能を回復する。だが、回復したといってもあれは専門の精神科医などに言わせれば、うつ病だとか、適応障害だとか、そういう精神疾患のうち、軽度とは言い難い程度で何かを発症しているんではないかという気がする。私自身、破滅以前の嫌なことばかり思い出して、毎日気分が滅入ってる。目の前の荒野より、生前を思い出すことの方が辛い。PZだった時はあんなに何もかもクリアだったのに。


メメントモリで認知機能が回復したPZは、有機物の消化速度が落ち、鉄を粉砕する筋力もせいぜい曲げるくらいで、あらゆる活力が落ちる。これは模倣している人格がトラウマを思い出して病んだ影響、つまり気の持ちようではなく、PZの生理機能自体が異常を起こしているということだ。


メメントモリはただ気付け薬として認知機能を叩き起こすのが主作用じゃない。


PZの生理機能を狂わせ、健康時には常時施している模倣人格に対する「調整」が不全または破綻することで、模倣人格が人間らしく振る舞うことを許していると推測できる。


メメントモリとは接触感染する病原体で、我々から見た「健全な認知機能」はPZから見れば病気の症状なのだ。実際、認知機能を除けばPZのふるまい、受け答えは健康優良そのものだ。


そして認知機能回復者が0.1%以下というのはつまり、PZの視点では発症率の低い伝染病で、99.9%以上は熱すら出ない、「免疫が備わってる」病気なのだ。


今の我々は、PZの主観からすれば認知機能を狂わせ、心身の活力を奪う風邪なのだ。


この胸に宿る、文明を、生態系を取り戻したいという想いは、インフルエンザにもなれない、普通感冒なのだ。


喉の痛みで宿主を苛立たせるくらいが関の山の我々が、天然痘になって猛威をふるう日が来るのか、足がかりすら見つかっていない。

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