第2話 モハメド

ジョゼフ・オイルマット 記


現在広く流通している...といっても服用者は世界に100人もいないはずだが...メメントモリを作り出したのはモハメド・サイードというリビア系アメリカ人だ。黒人というのはもちろん、アフリカ系アメリカ人というのも彼は不愉快だそうだ。アフリカは広いんだと。確かにヨーロッパ系アメリカ人とくくられたらスコットランド系でも不愉快なので道理だ。なのでリビア系であるとここで断っておく。


リビア系だと言い張る割には英語しか喋れないし、開祖の名前をつけられてるのにイスラムの教義を実践する気もない。自分のプロフィールを本人が書かず他人に書かせるくらいとんでもなくシャイな奴だ。あのメメントモリを摂取した人々には納得だろう。


モハメドは船舶機関士で、ナイジェリアのオネからボストンまで就航するタンカーに会社から乗せられていた。彼のルーツはリビアの方なので、「お前アフリカ人なんだろ、嬉しいだろ」という意図の滲み出る采配にはかなり不満があったらしい。船が停泊してる間、陸の方がまだ知ってる顔を見ずに済むと言って出ていって、そのまま出航まで戻ってこなかった。


モハメドの主観ではタンカーの桟橋を渡ったらニューメキシコのど田舎で、自分は両親に連れられて自然公園の観光に来てたことを思い出したそうだ。

彼が同化されたのはタンカーの中だったんだ。


主観では坊やのモハメドは、帰りのサンタフェ行きのバスを探してあてもなく彷徨い続けた。だんだんと英語の通じない地域に入って行くとメキシコに入ったに違いないと思ったそうだ。


そうして数千km歩いて、リビアのベンガジの領事館前でうずくまってるのを発見された。彼がスペイン語だと思ったのは、あれだけ彼が固執していたリビアの言葉だったのかも知れない。


自分を置いて行った両親と、砂漠の埃っぽさ、タンカーの無理解でめちゃくちゃな連中のことに対する不満を涙目で吐き続けていて、あまりにも感情を剥き出しにしていることからPZだと思われなかった。領事館に立て籠っていた生存者たちは彼を連れてフェリーで脱出した。


残念ながら、彼はPZだし、彼の他にもPZが紛れ込んでいたので、船は数日もせずPZの幽霊船と化した。しかし、大西洋の嵐をものともせず、1ヶ月後に遺跡となったボストンへ到着し、きっちり接岸させてた。


モハメドの視界では常に思い出と現実が交差しているのは今も変わらないそうだが、彼はそのどちらも呪いながら「やるべきこと」をやり続けている。大西洋の航海中もタンカーにいるのかフェリーにいるのかが何度もわからなくなったが、「両方の現実」で彼は操船と機関部のメンテナンスを続けたのだ。悪態の頻度は普段の2倍で、通路の邪魔なPZを怒鳴りつけ走り回っていた。


このような、明らかに人間として振る舞い、情緒不安定で、突然怒鳴り散らし、酷い時には暴力を振るうような人間を見た時、PZはどうするか。可哀想な彼を取り押さえて落ち着かせようとするだろう。その接触時にPZの組織が導入され同化が起こるのだが、授け側のPZにも受け手の情報がある程度行くらしい。


モハメドに接触したPZは、何やら得体の知れない不快感の後、ここが小学校の教室だったことを思い出した。吸入器をクソ野郎に盗まれ、喘息の発作が止まらない。助けてくれと言ってもみんながその姿を真似して笑っている。何がおかしい。そんなに私が死ぬのが面白いのか。


気がついたらフェリーの機関室でモハメドに掴みかかっていた。

「そんなに私が死ぬのが面白いのか」と。

あの時のモハメドは確かに私を嘲笑ってるように見えたんだ。


それが2人がメメントモリを発見した瞬間だ。

私が、メメントモリで死人から病人に戻った第1号なんだ。

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