第14話 デッキブラシ

たいていの陸上動物は嗅脳という嗅覚を処理する部分が発達しているが、猿や人間は嗅脳よりも視覚を伴う大脳が発達しているそうだ。


それぐらい、人間は視覚を知覚の最上位に置いている。なので、大災害から人間を長期間に収容し保護するような閉鎖構造物には、必ず自動照明と電力装置が付属する。


つまり、要人が逃げ込むような公共性の高い地下シェルターや後世に残すべきとされた文化財のある施設ほど、人間が管理しなくてもいつまでも照明が煌々と点灯し続けた。


なので、破滅から数十年、デパートの地下トイレの掃除用具入れにあるような、暗くて、照明もろくにない、誰にも見向きもされない場所の備品ほど原型をとどめた。


一方で、国会図書館や政府要人が入ったであろう核シェルターらしき物は、収容者によって有機物を跡形もなく食い尽くされ、外郭は錆びつきや歪みが出るごとに解体されて球や箱のような単純な幾何学構造に成形された。


であるから、この泥だらけの砂州に、かつて高度な文明があったことを示す物は、スカイツリーや霞が関ビルの残骸ではない。


地下駐車場だった遺跡の最奥にたたずむ金属の扉。そして奥の一室に雑然と置かれた塩酸系洗剤にデッキブラシ、そして汚物を包むのに使う予定であろう新聞紙とチラシの束だった。


「なんてこった!ここは東京だったんだ!」

「人形どもめー!地獄に堕ちろー!」


歌舞伎町店と銘打った大手量販店のチラシの前で2人で大昔の映画の真似をする。

本編を通しで見た人数より、ラストを知ってる人数の方がずっと多い映画だ。


「放映当時、西条寺さんは生まれてた?」

「失礼な。お父さんも生まれる前です」

「前から思うけど、生まれ年が5年上なんだからタメで良いと思うよ」

「だって高校生が親くらい歳上の人に向かってタメ口なんて、失礼通り越して気持ち悪くない?」

「そういうこと言う時はタメなんだよね」

「こういう話を英訳する時大変なんですよね。注釈だらけになって」

「記録しなきゃいいのに。永遠の17歳」

「なんでそんなミーム知ってんですか」

「そりゃ西条寺さんと同じ理由だよ」


東雲をPZにした老人が幕張にいるか確認しようとしたが、幕張がどこなのかさえよくわからず、チラシをジェラルミンケースに収納して関東らしき砂州を後にした。

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