第5話 おはよう。そして、ただいま
――。
――――。
――――――。
『兄さんっ』
頭の中で反響する妹の声。彼女の優しい声が思い出させる幸せな時間、当たり前の日常が俺の脳裏をかけ巡っていた。
『兄さん!』『兄さん?』『ちょっと! 兄さんってば!』
『もう……兄さんったら』『仕方ないですね、兄さん』
『任せてください兄さん』『やりましたよ兄さん!』『ありがとうございます、兄さん』
『兄さん……どうして』『こんな、こんなはずじゃ……』『ごめんなさい……兄さん』
『また、ね……』『私なら平気ですよ!』『何が「よし」ですか、兄さん』『これでもう……』『覚悟はできています』『さよならです、兄さん』
――――――。
――――。
――。
………………。
「…………夢、か」
目を覚ました俺は、そう思わず口に出していた。
現実に妹にはもう会えないのだと脳が理解していたから、だと思う。……いや、本当はあの出来事が夢であればいいなと、そういう思いも含まれていた。このままじゃダメだと理解していながらも、現実を受け止めきれない自分の女々しさが気持ち悪くて仕方がない。これじゃあ、エリスに顔向けできないなとつくづく思う。
「はぁ……」
そう小さくため息を漏らすと、ガチャリと扉が開いた音がした。
「アルくーん、お見舞いに来たよー」
そう言いながら部屋には言ってくるのは、赤みがかった長い茶髪が特徴の少女。一つ年上で小さい頃から親しくしてくれていたエマ姉だ。
彼女は髪を後ろに結って、持ってきたバゲットや果物を置き、部屋の換気や片付けなどをしてくれていた。
「ほんと、早く目覚めてほしいな……」
「おはよう」
「きゃあっ⁉︎」
ぼそっとつぶやく彼女に端的に言葉を返すと、驚いたように悲鳴を上げた。
「病室ではお静かに」
「え? あぁ、うん、ごめん……じゃなくて!」
「?」
「よかったあぁ〜!」
泣きじゃくり、声を上げながら胸元に抱きついてくるエマ。彼女の触れる箇所がピンポイントに傷のあるところで、突然襲いくる痛みに思わず声が出てしまった。
「痛い痛い痛い!」
「あ、ごめんね。でも……嬉しくて」
俺から離れ、人差し指で涙を拭う彼女は本当に、心の底から安心したような顔をしていた。
「アルくんが全身傷だらけで帰ってきて、しかもその……エリスちゃんが……だから、アルくんももしかしたら、って……そう考えたらもうずっと怖くて……」
「……」
「でも、……よかったよ。アルくんだけでも生きててくれて。……おかえり、アルくん!」
この人なりに気を遣い、悩みながらも言葉を選んでくれたのだろう。エリスのことを大切に思ってくれていたのは彼女も同じで、だからこそ俺の今の気持ちも理解してくれている。拙く言葉を紡ぐその姿がそう感じさせた。だから俺は――、
「うん……ただいま」
ぎこちなかったかもしれないけれど、出来うる限りの笑顔でそう答えた。
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