第6話 現実と真実
――最愛の娘エリス、ここに眠る
「エリス……」
墓標に刻まれている文字を見て、俺は無意識的に妹の名を呟いていた。
成人の儀の試練を終え、俺は丸三日眠っていたらしい。あの日全身傷だらけで、腕にエリスの亡骸を抱えていたまま倒れていたのを、通りがかった人が助けてくれたそう。出血が酷かった上に呼気は薄く、後少しでも遅れていたら命はなかっただろうと、村一番の医師が話してくれた。
「ほら、試練は超えた。……俺たちの勝ちだぞ」
言いながらそっと、試練を超えた証である戦利品を送る。
――フェンリルの魔石。
通常、魔物は肉体を構成する核として、魔石と呼ばれる魔力の塊が肉体のどこかに存在している。魔物によってその大きさや形は様々。しかし一貫しているのは、強大な魔物であればあるほど、その大きさは比例するように肥大化するということ。
試練で手に入れたフェンリルの魔石も同様に、あの強さに見合うような大きさと存在感を放っている。
これを手にしているということは、俺があの黒狼を撃破したということだ。しかし、どういうわけかその時の記憶が全くと言っていいほどない。どう奴の攻撃を掻い潜り、どうその命を狩ったのか。その記憶も感覚も全くないのだ。とはいえ、重要なのは俺が……俺たちが成人の儀を越えたという事実。
「……それじゃ、俺は村長にお呼ばれしてるからそろそろ行くわ。多分成人の儀を越えた報酬とか旅に役立つ色々とか貰えると思うからさ、そっちで俺の勇姿を見守ってくれよな」
冗談めかして、先にあの世へと旅立った妹に言う。きっとエリスが今ここにいたなら「ふざけたこと言ってないでさっさと行ってください」とかお叱りの言葉を俺に言ってくるんだろうな。
彼女がいないのを改めて実感し、目から水が溢れるのを堪えながら、俺は次なる目的地へと歩き出した。
「村長ー、来ましたよー……っと」
村長の家の中に入り軽く声をかけてみるも、その姿は見えない。外出してるのか? と一瞬思ったが、そもそも呼んだのはあっちだし、それで席を外しているという事はないだろう。であれば――、
「おお、来たか」
「やっぱり」
予想通り、奥の部屋から村長は現れた。俺が軽く会釈すると村長は片手で応じ、色の抜けた長い白髭を撫でながら椅子に座った。
「主も座れ。話はそれからじゃ」
「ではでは……」
促されたのでとりあえず俺も席に着く。
「……まず、成人の儀を終えたこと。おめでとう」
「どうも」
「エーテル山に巣食う彼の魔狼を討伐してくれたことについても、感謝しておる」
「そうですか」
「……しかし、主の妹エリスが死んでしまったこと……」
「……あぁ」
村のみんな含め、この人は特に俺たち兄妹によくしてくれていた。それこそ小さい頃から面倒を見てもらっていたし、エリスは昔から凄く懐いていた。かくいう俺も、村長は母さんの次に頼れるほどの信頼を置いていた。それほどの深い関係性のある間柄で、この話が出ないわけがない。
「別に、仕方ないですよ。エリスも言ってました。冒険者になると決めた時から死ぬ覚悟はできてるって。まあ、ちょっと早すぎたって文句言ってましたけどね」
軽く笑みを漏らしながら冗談交じりに話す。あの時、あの瞬間のことは正直思い出したくないほど辛かった。でも次に進むには、もう過去のことだと割り切るしかない。こうやって無理にでも笑ってすませるようになるしかないのだ。
しかし、その嘘に塗れた強がりも村長には全て見透かされていたようで――、
「無理するでない。今一番辛いのは、アルトリウス、他でもないお主であろう? 今くらいは強がらなくても良い」
「……!」
「何もここで泣けとまでは言わん。ただ、わしにまで嘘はつかんでよい。どうせ直ぐ見抜かれることじゃ」
そう言って最後に軽く笑う村長。
流石、としか言いようがないほどに俺の真意が見透かされていた。
「……ありがとう、村長。あと、嘘ついちゃってごめん」
「ほっほ、よいよい。お主の心境を考えれば心配させんとつよがろうとするのもわかるからな」
「村長……」
やっぱりこの人には頭が上がらないな……。もう足を向けて眠れねえよ。
「……して、ここからが本題じゃ」
「はい」
俺が返事をすると、村長は何やら封筒のようなものを取り出し、こちらに差し出す。
「これは?」
「お主の父からの手紙じゃ」
「――⁉︎」
俺の父? いや、そんなはずはない。だって、父さんは十年前にもう……。
「これを受け取ったのは十年ほど前。ちょうど主らの前から姿を消した時期じゃ」
「え、待って待って。姿を消したって……そんなの絶対ありえない。俺は確かに見たよ。俺の目の前で魔物に殺された父さんの姿を」
今でも鮮明に覚えてる。俺とエリスを庇って魔物の攻撃で腹を貫かれていた父さんの姿。その後、静かに息を引き取ったのだって。忘れもしない、間違えようのない事実であったはずだ。
「その謎はそれを読めばわかる」
「そっ、か……そうだよね」
焦りと動揺でうまく頭が回っていなかった。俺は軽く深呼吸をして落ち着きを取り戻す。
「じゃあ、読むね」
俺の言葉に村長はこくりと頷く。
俺は緊張しながらも、ゆっくりと封筒を開き中身の紙を抜き取る。そして――、
「……」
――村長。俺は重大な秘密を知ってしまった。アルトリウスとエリス……俺の子供達についてだ。特にエリス、あの子は成人を迎えたその日に命を落とす。その運命はどうやら変えようのないものらしい。悔しいが、俺はもうすぐこの村を去ることになる。どうにかして、死んだことになるが村長には俺が生きていることは黙っていてほしい。あんただけは信用できる。頼んでばかりで申し訳ないが俺の子供達をよろしく頼む。
「……なんだよ、これ」
エリスが死ぬのは決まっていて、しかもそれは変えられなかった? 重大な秘密を知った? 父さんはどこかで生きていた?
先ほど取り戻した落ち着きなど何処へやら。あまりの情報量と知らない事実、俺が知っているものが偽りのものであったということに驚きを隠せなかった。
「じゃ、じゃあ俺が見た父さんの死は……⁉︎ どう説明が……」
そこまで言って俺は気づく。俺が持たず、選ばれたものだけが与えられる神の恩恵の存在。
「魔法、であろうな。奴の魔力はそれほど強くはなかったが、子供のお主らに幻覚を見せる程度のことは造作もなかったはずじゃ」
「っ……、ならなんのために父さんはあんな……。そうだ、村長は父さんの居場所は知らない…………よな」
「……うむ、なにぶんこれを受け取ったのは昔のことじゃからな」
そうだよな、と当たり前のことに納得する。
「わしは奴の居場所は知らぬ。だが、主なら探せるだろう?」
「え?」
「主は、主らは成人の儀を終え、晴れて立派な大人へとなった。後は自分の思い描いていた道に進める……違うか?」
「……!」
村長に言われて俺はハッとする。そうだ、そうだった。俺はあの試練を乗り越えて、ようやくスタートラインに立てたんだ。
父さんの居場所を知りたいなら探ればいい。その場所へ行きたいのなら行けばいい。俺は冒険者の道を歩むと決めたのだ。冒険者なら冒険者らしく、冒険して父さんの元へ行けばいい。そして、その秘密やらなんやらを洗いざらいぶちまけさせてやればいいのだ。
「村長、俺」
「旅に必要なものはあらかた揃えておる。いつでも出発できるようにな」
「……本当にありがとう。じゃあ善は急げっていうしすぐ行くよ」
「村の者ども……特にエマやお主の母に挨拶せんでいいのか?」
「……ああ。多分、会っちゃうと覚悟が鈍るかもだしさ。村長から伝えといてよ」
「……分かった。達者でな、アルトリウス」
「うん……本当に助かったよ。ありがとう、村長」
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