第13話 銀狼と魔女、旅へ


「……」

「……」

 気まずい……。お互いに会話のないまま、山を下っているわけだけど、どうしたものか。

「あっ、あの……」

「なんだ」

 ……。怖い。

「えっと、その。助けていただき、ありがとうございます」

「……いや、全員助けられたわけじゃない。だから、礼は言うな」

 ロウくんが犠牲になった。この事実を知れば間違いなくティナちゃんは悲しむ。

フィーネちゃんも心に深い傷を負った。多分、一生残るほどの大きな傷を。それでも、最悪は免れた。死んだわけじゃない。だから、感謝の言葉は言っておきたい。

けどきっと、この人はそれを受け取らないような気がする。現に今受け取らなかったし。だから、この言葉は後にとっておく。

「……はい」

それからしばらく会話のないまま下山し、銀髪の剣士さんが泊まっているという馬宿に行った。そこから冒険者ギルドに連絡してもらい、フィーネちゃんの保護、ロウくんの遺体の処置をお願いした。

諸々の手続きを終えた後――。

 陽が落ちかけている時間帯。あの剣士さんが馬舎に向かう姿が見えたので、たたたっと足早に後を追い声をかけた。

「あ、あの」

「どうした」

「もしかして、もう出るんですか……?」

 馬舎に向かうということは、そこで休ませている馬を引き取りに行くということ。そして、それは旅立ちを意味する。

「ああ。もう用は済んだからな」

 用……山賊に問いただしていたことだろうか……?

「……そういえば、お前は」

 ――む。

「あの」

「ん?」

「アイリスです。お前、じゃなくてアイリスって呼んでください」

 わたしらしくもなく、自然とそんな言葉を口にしていた。

 どうしてか自分でもわからない。心境の変化でもあったのだろうか。

「そうか。すまん。ならアイリス、お前が旅をする理由はなんだ」

 お前呼び変わってないし……まあいいや。

「……はあ。えっと、旅の理由、ですか」

「ああ。旅の理由だ」

 これまで深くは考えてこなかった。きっかけはある。でも、それが理由かと聞かれると何だか違うような気もする。

 しかし、今のわたしに答えられるものは結局のところこれしかない。

「師匠に言われたんです。世界を見てこいって。この世界はわたしが思ってるよりずっと広くて、たくさんの物に溢れてるからって」

「……そうか」

「そうです」

 なら、と剣士さんは言葉を継ぐ。

「俺について来い。世界はたしかに広く、たくさんの物に溢れている。だが、それがいいものだけとは限らん。冒険者をやっていく以上、今回のようなことの方が多くなるだろう」

「だから、ついてこい、と……?」

「ああ、そうだ」

 冒険者は日常的に危険が隣り合わせだ。魔物、賊、罠、あげればキリがないほどに。

 だからこそ。だからこそ不安に思うことはある。

「それじゃ、わたしただの足手纏いになるんじゃないですか……?」

 わたしはついさっきこの人に助けられたばかりだ。この人について行けば、間違いなくどこかで足を引っ張ってしまう。最悪の場合、命に関わることだって。

 しかし、剣士さんは無表情のまま首を横に振る。

「問題ない。それに俺から頼んでいることだ」

「えっ、これって頼み……だったんですか?」

 わたしの言葉に彼は頷く。

 ……何となくこの人のことがわかってきた気がする。この人は口下手で不器用なとこがあるみたいだ。だからこっちが汲み取らなければいけない。

 はあ、と今日何度目かのため息をつき、

「……わかりました。不束者ですが、お供させていただきます」

「ああ、よろしく頼む」

 そう言って彼は左手を差し出す。

 多分握手だろう。この場にそぐうかはわからないけど、それに応じる。握ると感じる彼の手の感触。全体的に硬く、ゴツゴツしていて、実力の高さが努力と研鑽によって得られたものなのだと容易にわかった。

 この人について行けば、きっと何かがわかる。大丈夫だ。旅立つ前にみんなに挨拶だけしておこう。






「あの、わたしは何て呼べばいいですか?」

 旅立ちの直前。

 フィーネちゃんや他の顔見知りの冒険者のみんなに別れの言葉を済ましてからのこと。

 そういえばわたし、この人の名前知らないなぁと思い聞いてみた。

「何とでも。お前、でも。そこの、でも」

「そうじゃなくて、名前を聞いてるんです」

 わたしの求めていない返答にムッと言葉を返す。この人は基本無表情で怖い印象だけど、どうしてだか強気に出れる。不思議だ。

「……名前、か」

 と、彼はしばらく考える。そして――、

「銀狼、と呼んでくれ」

 口重そうにそう言った。

「それって二つ名、ですよね……? 本名は……」

「それは言えない」

 食い気味にそう吐き捨てられる。

「すまん。だが、いずれ言う。俺の旅の目的が完遂できたら。その時には必ず」

 その言葉に、何か思いが込められていたように感じた。

ただの目的への熱というわけじゃない。執念や妄執といったそんな感じの類のもの。彼の旅の目的……それが何なのかはわからない。聞いても多分それを口にすることはないだろう。でも、彼の真の名を聞ける時。もしくは彼と旅を続けて行く過程できっとそれもわかるはずだ。

「……わかりました」

 だから、今はまだ聞かない。

「でも、いつか必ず。約束ですよ」

「ああ。約束だ」

 それと、と銀狼さんは付け足す。

「旅の目的は人探しだ」

 これだけでも伝えておこう、と彼は言う。

「あっ、普通に言うんですね」

 わたしの気遣いは一体何だったんだろう……。どこがダメで何がダメじゃないのかもうわからないや。わたしはそこらへんのことについて考えるのをやめた。


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