第15話 対切り裂き魔

 最初の事件があったオズボーン・ストリート。被害者の女性は喉と腹部を鋭利な刃物で斬られ即死。その後、内臓を全て抜き取られていたそう。

 次に事件があったのはジョージ・ヤード。ハンバリー・ストリート、そしてわたしたちが発見したバックズ・ロウ。いずれも犯行は統一されており、五年前の事件と酷似した内容となっている。

 であれば、次に犯行が行われるのは街の南東に位置するバーナー・ストリート。そこで次なる被害が出るだろうと予測された。

「犯人が切り裂き魔ならこの街の警官がいくら束になろうと敵わん。俺とアイリスだけで相手をする」

 切り裂き魔というのは相当の使い手らしく、それ相応の実力がなければ無駄死にするだけだそう。被害を最小限に、且つ最大限の戦力で迎え撃つにはわたしと銀狼さんのみでやるのが適切だと銀狼さんは判断した。

 しかし――、

「……」

 いやいやいや……なんでそんな危ない人相手にわたしまで駆り出されるの? いくら魔法が使えるといっても、街中だし夜でよく見えないし、接近戦になったらどうしようもないんだけど。しかも役割は囮ときた。あれ、わたし今日が命日かな。

「安心しろ。奴が現れたら俺がすぐ仕留める」

 と、言われたものの怖いものは怖い。

 銀狼さんは気配消してどこにいるかわかったもんじゃないし。

「……はぁ」

 とにかく、切り裂き魔の襲撃に備えて魔力を練っておこ――

「やあ」

 ねっとりとした嫌悪感のある声が耳元で囁かれた。

 ゾクっと背筋が凍りつき、恐怖の色が心の中に生まれ始めた。

「っ……⁉︎」

 バッと振り向くと、裂けるような気味の悪い笑みを浮かべた夜闇に紛れた顔がすぐそばにあった。

 気づかなかった、魔力の反応がなかった。

でも、このままじゃまずい――

「そこまでだ切り裂き魔」

 頼れる人の声が聞こえたと思えば、すぐ横にいた切り裂き魔は大きく吹き飛ばされ、代わりに銀髪の剣士がわたしを守るように立ち塞がっていた。

 雲間から降り注ぐ月明かりがこのバーナー・ストリートを明るく照らす。

「銀狼さんっ!」

「すまん、出遅れた」

 銀狼さんは敵に目を向けながら謝意を示す。わたし的には問題ない。むしろ、ここで切り裂き魔を仕留められそうだということの方が重要。

「フフ」

 かつて敗北を喫した相手を前に依然余裕の笑みを浮かべている切り裂き魔。その手には刀身がうねった特徴のナイフが握られていた。切っ先にはわずかの赤い液体が付着している。

「……ぇ?」

 赤い……血……?

 気づいた時にはもう遅かった。

 切り裂かれた腹から横一直線に鮮血が飛び散る。

「アイリス!」

 わたしを呼ぶ声が耳に届く。

しかし、これはわたしの身を案ずる声じゃない。魔法の合図だ。

「――〈アイシクル・ソーン〉!」

 魔力によって氷結の茨を切り裂き魔の足元から発生させ、瞬時に体に巻き付かせ捕縛する。それとほぼ同時に銀狼さんは地を蹴り、切り裂き魔に仕掛ける。

「……?」

 何だろう、何か変な感覚。違和感。〈アイシクル・ソーン〉を通して切り裂き魔の体から妙な感覚を感じ取った。

「銀狼さん気をつけて! 変な感じがします!」

 彼ほどの実力なら何があっても問題ないとは思うけど、多少の情報でも共有しておきたい。不確定であやふやで、感覚的なものでしかないのだけれど。

「問題ない」

 銀色の軌跡が弧を描き、身動きの取れない切り裂き魔へと吸い込まれるように振り下ろされる。

 ――仕留めた――。そう思ったのも束の間。

 銀狼さんが放った斬撃は空を切った。同時に、〈アイシクル・ソーン〉にも空白が生まれる。

「消えた……?」

 拘束していたはずの、銀狼の一撃を受けるはずの切り裂き魔の身体は、霧が晴れるかのように霧散した。

「銀狼さんこれは……」

「……ああ。幻覚魔法の一種だろう。しかし妙だな。実態を伴う幻覚とは聞いたことがない」

 幻覚魔法――魔力によって自身のイメージしたものを対象に見せる魔法。通常、幻覚魔法で生み出されたものに実体はなく、戦闘に使われることはほとんどない。というのも、幻覚魔法で生まれた幻覚の『画』は攻撃、衝撃を加えられれば簡単に消える。

今対峙した切り裂き魔がまさにそうだ。

 まず最初の接近。普段なら即気付ける魔力の反応に、気づくこともなくすぐそばまで接近を許してしまっていた。突然その場に現れた、もしくは魔力が完全にゼロじゃないとあり得ないこと。しかし後者は次の要素で否定される。

二つ目は〈アイシクル・ソーン〉経由で伝わった切り裂き魔の魔力反応。感覚的には人間のものとは少し違う。どちらかといえば魔法に近い魔力の質、それらの情報をまとめれば幻覚魔法が一番近いのだけれど、実体があるものは銀狼さんが言っていたように聞いたことがない。師匠からもそんなものは教わっていない。

「……傷は平気か」

 頭の中で今ある情報を整理していると、不意にそう声をかけられた。

「え? ああ、はい。銀狼さんのおかげです」

 切られたお腹をさすりながら答える。

 切り裂き魔を誘き出すためにわたしが囮として選出されたわけだけど、そのわたしがやられては本末転倒。そのため、銀狼さんの持つ莫大な魔力の一部を借り受け、傷を負ってもすぐに回復できるようにしていたのだ。

 つまり今は傷が完全に塞がっている。無問題。

「そうか。誘き出すために仕方ないとはいえ、すまないな」

「いえ、こうして問題なく動けてるので平気ですよ」

 それより、と言葉を継ぐ。

「今得た情報をレストレード警部たちにも共有しましょう。次に備えて対策を練らないと」

「……そうだな」

 

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