第16話 最悪の犯罪者


 その後、周囲に警戒網を張っていたレストレード警部、他数人の警官を警察署内対策本部に一時集合させ、端的にまとめた情報を伝えた。

 話し終えたところで、レストレード警部が復唱するように口を開く。

「つまり、切り裂き魔はあの時死んでいて、今回の騒動は幻覚魔法によって他の誰かが引き起こしたことだと……?」

「そう考えるのが妥当かと」

「出現、消失、魔力の感覚は確かに幻覚魔法のものだった。しかし謎が残る。それが『実体』があったということだ」

 再びアイリスは頷く。

「ええ。やはり一番の謎はそこですね。幻覚魔法ならばわたしたちの攻撃が当たる以前にあっちから危害を加えられることはないはずです」

 これまでに起きた四件の事件。それに加えて今回の対峙。

 俺は専門職に比べればそこまで魔法に詳しい訳ではないため、細かいことまではわからないが、魔道の道を歩むアイリスがそこに違和感を持つということは、つまり今回の事件の鍵はそこにあるのだとみて間違いないだろう。

 俺は横にいるレストレード警部に小声で耳打ちをする。

「レストレード警部、少しいいか」

 ベランダにと指で示し、警部は何事かと思いつつもそれに応じる。

 外に出ると、さっきまで外にいたのが嘘かと思うほどに夜風が冷たく心地いい。冷静に話をするのにベストだ。

「……警部はこの事件をどう見てる?」

「どう、と言われてもな……お前らが得た情報と俺たちが集めていた情報、それぞれを照らし合わせれば、あの嬢ちゃんの言う通り魔法かなんかが関わってくるんじゃねえのか?」

 レストレード警部の言葉に俺は頷く。

「魔法が関わってくるというその一点は間違いないだろう」

「ん? その言い方をするってことは幻覚魔法ってやつが使われているわけじゃねえのか?」

「おそらくな」

 大魔道士の弟子というアイリスが感じていた、推定幻覚魔法の違和感。

 出現、消失、その特徴を持ちつつ実体も伴っている魔法。その正体に、俺は一つだけ心当たりがあった。

 それから一呼吸起き、この場においてレストレード警部だけが知っているだろうことを聞くために口を開いた。

「――モリアは今どこにいる」




 翌朝早朝。

 切り裂き魔の再来――確定したと断言はできないが、過去に起きた事件を真似て行われているのはほぼ確実なため、事件自体は深夜に行われるはず。情報収集や対策を練るにはそれまでの日中にやるしかない。昨夜の会議でそう結論づけられた。

とはいえ前述した通りそれは100%のものではない。よって次に犯行が行われるであろう街の南西に位置するマイター・スクエアに警備として警官数名を配置してもらった。彼らには即時無線での連絡と、不必要に戦闘は行うなという命を出している。

そして俺はというと――、

「……おやおや、これはこれは誰かと思えば懐かしい顔じゃないかい」

 牢屋の中で鎖に繋がれている目の前の男は、俺の顔を見るや否や嬉しそうに頬を歪ませる。

正直なところ俺は顔も見たくなかったのだが、今回の切り裂き魔事件の重要な鍵を握っていそうなのがこの男なのだ。

「久しぶりだな、モリア」

 ノースミンスタ史上最悪の犯罪者――モリア教授。

 この街でこれまでに起きた大犯罪、迷宮入りとなった犯罪はその半分以上が彼の手によって行われている。彼の持つ天才的な頭脳は学者としての才も存分に発揮されていたが、それが120%の力を見せていたのが犯罪だった。

「銀狼、悪いが俺は先に出とくぜ。何が起きるかわかったもんじゃねえからな」

「ああ、問題ない」

 背を向け手を振りながらレストレード警部は去る。

「……それで、ボクに用があるんだろう?」

「単刀直入に言おう。お前の『死者蘇生』の研究について全て話せ」

 これまでにこの男が起こしてきた大犯罪。それらは全て彼が裏で行なっていた人体実験を隠すためのものだった。そしてそれは、『死者蘇生』という自然の理に反する禁忌のため。

「……ふふ」

「何がおかしい」

「いやあ? まさか君からこのボクを求めてくれるなんてね。これまででは考えられないことだったから、嬉しくてたまらないのさぁっ!」

 モリア教授は声高らかに、全身を動作させて喜びを表現する。

「別に求めてない。いいから教えろ。お前の研究はどの段階まで進んでいた」

 俺が問い詰めると、声高らかにしていたモリア教授の表情は一変し、気味の悪い笑みから無表情になっていた。

「……少なくとも、実用段階にまでは及んでいないよ。君も知っているだろう? 肉体の状態が生前と何ら変わらないとしても、心の臓が問題なく稼働しようとも、魂が戻らないのであればそれは死者蘇生とはいえない。ボクはゾンビを作りたかったわけじゃないからね」

「……そうか」

 モリアが『死者蘇生』を試みていた理由……それはただ一人、この世で唯一愛していた女性に会いたかったが為。

深い情、歪んだ愛。この二つで彼はこの世界に犯罪者として名を馳せた。しかしこれは彼の成したことの副産物にすぎない。彼が望んだものは何一つ手に入らなかったのだ。

「でもね、銀狼君。これだけは言っておくよ」

「……?」

「ボクが実用段階じゃないと判断したのは、それが本物じゃないからだ。あの時点での技術とボクが持つ魔力では彼女に会うことはできなかった。しかし、他の人間であればだ。目的が違う人間であればそれはだいぶ変わってくる」

「……どういうことだ?」

「つまりね、今騒がれている切り裂き魔の再来、彼の者を蘇らせ利用するというのであればそれは不可能じゃないのさ」

「……ちょっと待て、お前、なぜ外界の情報を知っている? ここからじゃほとんど知る術はないだろ」

 ここはノースミンスタ最大の刑務所――その最奥。地下深くにして警備は厳重、壁はおよそ三メートルの厚さで外からの音も完全に遮断されている。ここに来る人間は一日三回、食事を届けに来る時のみ……そう聞いている。

「君の思っている通り、食事係に聞いたのさ。まあ、そんなのは今はいいだろう」

「……そうだな。続けてくれ」

 この男なら何をしていてもおかしくはない、それ故に気になってしまった。とはいえ今はあまり関係のないことなのは事実。俺は話の続きを促す。

「今は昔より技術は進んでいる。『魔法』に関する理解もね。ボクが残していた研究結果を見た人間が今の技術と相応の魔力を持ってすれば、生前同様に死体を操るということは不可能じゃない」

「それが可能な人物に心当たりはないのか?」

「さあね。あくまでボクが言っているのは可能性の話さ。それに切り裂き魔の死体を回収しなければそのスタートラインに立つことすらできない」

 死体を回収……。切り裂き魔の身体と力を利用するならそれが大前提。しかし、その力だけを利用するとしたら……?

「もし……もしもだ。もし、切り裂き魔の肉体はなく、力だけが利用されていたとして、実体があるのに瞬時に現れたり消えたりする……というのは可能なのか?」

「……できるとすれば、それはボクが求めていた魂の再臨……『死者蘇生』の最大の壁だったものだ。あの世から魂を現世に卸し、魔力によって肉体を生成する。それなら可能かもね…まあできたとしたら、という話でしかないのだけどね」

 ようやく、この事件の緒が掴めてきたかもしれない。

「魂の再臨……それに対抗するにはどうすればいい?」

「簡単だよ。核は魂を素にしているとはいえ、それ自体は魔力の塊みたいなものだ。その肉体を生成している魔力以上の魔力で叩けばいい。君の得意分野だろう?」

 それと、とモリアは言葉を継ぐ。

「それが魔法である以上、術者は必ず近くにいる。遠ければ遠いほど、術の効力は弱まるからね。大元である術者を倒せばこの事件も終わるだろう」

 情報と対策。俺の求めていたものは全て手に入った。俺は軽くモリア教授に頭を下げる。

「恩にきる」

「いいさいいさ。あの時の……恩返しみたいなものだ」

「……?」

 何のことだか全くわからないが、この男の中では何か思うところがあったのだろう。かつて俺と戦い、敗北し、積み重ねてきた研究が無駄に終わってしまったというのに。 

 俺は再度モリア教授に頭を下げ、この場を後にした。



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