喧嘩祭り

第21話 久しぶりの休み

 天気は快晴。

 雲一つない青空は、先日まで殺人事件があった街とは思えないような気持ちよさがある。降り注ぐ陽光は暖かく、建物の間を通り抜ける風が涼しい。絶好のお出かけ日和というやつではなかろうか。

「さ、いきましょ!」

 頼れる腕を引っ張って、そんな街に繰り出す。

 引っ張られている当の本人――銀狼さんは、珍しく疲れの見える眠たそうな顔で嫌々ついてきてくれた。

 色々な出店が出ている大通りを歩きながら、隣を歩く銀髪の剣士に声をかける。

「今日は一緒に来てくれてありがとうございます」

「あ、ああ……まあ約束だったからな」

 ノースミンスタに到着した当初、娯楽だったり、毎年恒例の祭が近いうち開催されるのだと聞いてから、事件が一段落ついたら一緒に行こうと約束していたのだ。

 そんなこんなで、上機嫌なわたしはらしくもなくスキップを刻みながら銀狼さんの前を行く。

「珍しく疲れてますね」

「ん……肉体的に、というより精神的にな。書類関係は昔からどうにも苦手なんだ」

 首をパキパキ鳴らしながら銀狼さんは言葉をこぼす。

「へぇ〜、なんか意外です。なんでもそつなくこなせるものだと思ってました」

「普段はまあ、気を張ってるからな。どっちかと言えばこっちが素だよ」

 なるほどどうりで。この前の会話でちょっと気にしたのか疲れもあって気を抜いているのか、普段体に纏ってる魔力がだいぶ抑えられている。

 でも、やっぱり銀狼さんといえど疲れる時はあるんだな。ちょっと人間らしいところがあって安心した。

「……ふふっ」

「? 何笑ってるんだよ」

「いえいえ、別に? さっ! とにかく今日は目一杯楽しみましょう!」

 今日はいつもお世話になってる銀狼さんを労うためにも、わたしが頑張って引っ張らなきゃね。




 朝から出かけていて今は太陽が真上に来ている。

 時が経つのもあっという間で。とはいえ食べ歩きしながら大通りを歩いていたため、銀狼さんもわたしもそこまでお腹が減っていなかった。

「どうします?」

「予想以上に中途半端に腹が膨れてるからな……」

 今からランチ……という気も起きず、でもまた軽いものを食べてもという感じで絶妙に中途半端なライン。どうしようかなと頭を捻っていると、ふと面白そうなものが目に入った。

「あの、銀狼さん」

 ちょいちょいと袖口を引っ張る。

「ん、何かいいものでも思いついたか」

「あれどうです?」

 わたしが指を刺した先、結構な人だかりができていて建物の上に垂れ下がっている大きな幕に【剣闘士と戦い勝てば賞金】とデカデカと書いてある。

「腹ごなしに食費も手に入って一石二鳥ってところか」

「ですです!」

「……まあ、いいか」

 よっし! わたしはお腹減らないのと全然銀狼さんのこと労えてないこと以外完璧だな。

 そして、わたしたちはその人だかりの中に入っていき、建物――小さな円形闘技場で先に行われていた戦いを目の当たりにする。

「くっ! はぁあっ!」

 声を張り上げがむしゃらに突っ込んで行く剣士。対するのは、上半身裸で山のように膨れ上がった筋肉を持つ、長髪を一つに結った男。

 正直なところ、わたしの目から見てもわかるほど力の差は歴然だった。

「ほらっ!」

 筋肉男の掛け声と同時に、超速で繰り出されるラリアットが剣士の首元にクリーンヒットし剣士の身体が宙に舞う。猛攻はそれだけでは止まず、浮いた体を大きな手で掴み凄まじい勢いで地面に叩きつけられた。

「がはっ……!」

 その一撃で剣士の意識は飛んだ様子。

 筋肉男は立ち上がり、両腕を高々と上げてみせた。

「うぉぉおおおお!」

 その姿で会場は大熱狂。歓声や指笛が後を立たず、とにかく盛り上がりに盛り上がっていた。

「大丈夫か、兄ちゃん」

 すると、目を覚ましたらしい剣士に声をかけ手を差し出す筋肉男。

「あ、ああ。あんためっちゃくちゃに強いな。こりゃ敵わねえわ」

「あんがとよ! 兄ちゃんも中々だったぜ! さあみんな、彼に盛大な拍手を送ってくれ!」

 剣闘士の一言で再度会場に拍手喝采の嵐が巻き起こる。

 盛り上がりが最高潮に達する中。

「さあ、次の挑戦者は誰だ? どんなやつでも俺は大歓迎だぞ!」

 ここぞとばかりにわたしは大きな声で手を上げた。普段なら絶対にやらないことだけど、会場のボルテージに当てられたかな。

「は、はい! こっちです!」

 剣闘士の視線のみならず会場中の視線がこっちに集約される。

「お、嬢ちゃんがやるのかい?」

「いえいえまさか。やるのはこの人です!」

 依然眠たそう、というか人混みの多さで息苦しそうにもしている銀狼さんを前に出す。

「おお、そっちの兄ちゃんだったか! よしっ、じゃあこっちに上がってくれ!」

 剣闘士の声を半分ほど無視しつつ、銀狼さんは小声でわたしに耳打ちをする。

「……そういえば今日、剣持ってきてないんだが」

「いいじゃないですかそれくらい。あっちも素手なんですから。どうせ銀狼さんには攻撃も通らないんですし」

「……ま、いいか」

 そうして渋々といった感じで闘技場へと上がる。

「よぉ兄ちゃん。俺はA級剣闘士のライリーだ。よろしくな。兄ちゃんの名は?」

「……名乗るような名もなくてな。一般人ってことでいいか?」

「へえ、そうか。じゃ、一般人くん、精一杯頑張ろうぜ」

 二人がどんな会話をしていたのか歓声も相まって聞き取れなかったけど、開戦の火蓋を切るゴングの音が鳴り響いた。



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