第22話 楽しい楽しい殴り合い



 ――いつも通り攻撃を弾いて、カウンターで沈める。

 外から見ていて、目の前の剣闘士には近接攻撃しかないと分かった上での判断。

「来ないのか? なら俺から行かせてもらおうかな!」

 そしてそれは正しい判断だった。

 先の剣士との戦闘と同様、でかい図体からは考えられない程の速度で一気に間合いを詰めにくる。腰を狙った突進だ。

 俺は抑えていた魔力を解放して不可視にして鉄壁の鎧を身に纏う。

 あとは俺の魔力で弾かれた後の隙をついて一発でかいのを打ち込むだけ。

「ふんっ、ぬ!」

 ――しかし。

「は……っ⁉︎」

 腹部に強い衝撃が走る。

 事態を理解するよりも早く、俺の足が地面から離れる。

 直後、体が持ち上げられ、頭から地に叩きつけられた。衝撃によって、闘技場の床に亀裂が走り、砂煙が巻き起こる。

「うおー! ライリーの即死コンボだ!」

 観客の熱が最高潮に跳ね上がる。会場の熱気が高まり、まるで勝ちを確信したかのような空気だ。

 そんな声援に応えるように、A級剣闘士は片手を上げている。勝者の余裕、これまで勝ち続けていた者の姿だ。

「……おい」

 俺は地面に手をつき、勢いづかせて飛び立ち上がる。

 声に気づいた剣闘士は、観客の声を上げていた片手で静止する。

「……おぉ、兄ちゃん無事だったのか」

 驚いた、といった表情で目の前の剣闘士は声を漏らす。

 ……驚いたのはこっちも同じだ。

「あんた、名前はなんて言ったっけか」

「ライリーだ」

「……ライリー。そうか、ライリーか」

 くくっと笑みを浮かべる俺を、ライリーは奇妙そうに見つめる。

「悪かったなライリー。正直、お前のことを甘く見ていたよ」

 切り裂き魔の自爆すら抑え込んだ不可視の鎧を容易に打ち破る天性の肉体。ただの筋肉だと侮っていた評価を改めざるを得ない。

「そうかい。じゃあ、こっからは真面目にやるってことでいいのかな?」

「ああ。ようやく眠気が覚めてきたところだ。ここからは本気でやらせてもらう」

 ――魔力出力最大。

 瞬間、その気配を感じ取ったのか、ライリーも臨戦体制に入る。

「ふん……っ!」

 今度は俺から距離を詰め、インファイトを仕掛ける。顔面を狙った上段蹴り。速度と鋭さを掛け合わせた一撃だ。しかし――、

「ほおう、なかなかいいものあるじゃないか」

 様子見とはいえそれなりに威力を込めた蹴りだったのだが、片腕で軽々しく受け止められてしまった。

「はっ!」

 片腕が上がっている。つまり多少なり空いている懐へ瞬時に潜り込み、腹に一発正拳突きを見舞う。しかし、硬い。鋼のような肉体と形容することはあれど、本当に鋼を殴っているかのような感覚だ。

「次はこっちの番だ!」

 避けるまもなくガシッと両肩を掴まれ。直後、世界が反転する。

――ジャーマンスープレックス。

「ぐっ」

 再び地面に叩きつけられた俺はバク転の容量で追撃を避けるため飛ぶ。そのままバックステップを交え距離を取り、額の汗を拭いつつ息をこぼす。

「……兄ちゃんどうなってんだ? 結構綺麗に決まったと思ったんだがな」

「そうだな。特別に教えてやるよ。俺には魔力が含まれているものをオートで弾く魔力の鎧みたいなのがあんだ。だから、この魔鉱石でできてる床にいくら叩きつけようと俺にダメージは入らねえ」

 立ち昇る魔力の障壁はこの世界にある大抵のものは弾くことが出来る。それはその物に魔力が秘められているからだ。唯一防げないものは、魔力のないもののみ。

「へえ……つまり、俺の拳なら兄ちゃんにも効くってわけか」

「そういうこと」

「でもいいのかい? そんなこと教えちまったら、兄ちゃんが不利になるんじゃねえのか?」

 ライリーの言葉に、俺はハっと苦笑する。

「その程度で不利にならねえよ。むしろ、それくらいのハンデがあった方がいいだろ?」

「……はっ、言ってくれるじゃないの」

 互いに構えをとり、静寂が訪れる。高まっていた会場の熱気もいつしかその緊張感に包まれ、無意識のうちに沈黙がこの場を支配していた。

「…………」

「――――」

 両者の一挙手一投足、全ての動きに神経を注ぎ、睨み合いの膠着状態。

 そして、どちらからともなく地を蹴り、両者の速度によって空いていた距離が一気に縮められた。

 互いの拳が空間を切り裂き、打撃が重なるその瞬間――、

「はーい解散ー!」

 その言葉と笛の高い音によって拳の勢いはピタッと止み、その方向へと目をやった。

 この会場の入り口。そこで指揮をとっていた人物――レストレード警部だ。

 警部は他数名の警官に指示を出し、観客をこの闘技場から退場させていた。

「おいライリーさんよ、あんたここの使用許可取ってねえだろ」

「あらら、バレちまったか」

 冗談めかして笑いながら、頭を掻いて誤魔化すA級剣闘士。すると、そばにいる俺の存在に気付いたのか、レストレード警部はあっと声を上げた。

「なんだ銀狼じゃねえか。お前さんもこの件に絡んでたのか」

「まあ成り行きでな。まさか無許可でこの場所使ってるとは思わなかったがな」

 ライリーに目線を送りつつそう言うと、やはり頭を掻いて誤魔化す。

「あ、レストレード警部!」

 観客席で見ていたアイリスが声をかけつつ駆け寄ってくる。

「おお、嬢ちゃんも一緒だったのか」

「この辺りでちょっと遊んでいまして。銀狼さんの腹ごなしにちょっと戦ってみようかなって感じでここに入ったんです」

「そうだったのか。……それにしてもあの銀狼がねえ」

「……なんだよ」

 含んだ言い方をする警部に問う。

「いーや別に?」

「おい」

 さらに詰めるもひらりと躱されてしまう。この男、前に俺にされたことの仕返しでやってるな。

すると、傍にいた長髪の剣闘士が不意に笑いだす。

「ははっ、賑やかでいいな。にしてもレストレード警部、この一般人くんと知り合いだったんだな」

「一般人くん? ……あぁ、銀狼のことか。こいつはあれだよ。例の事件の協力者」

 終わった事件とはいえ捜査情報話しちゃっていいのか。

「ああ、あの」

 しかし、俺の不安は杞憂でどうやら既にその話はされていたようだった。

「兄ちゃんが切り裂き魔を倒したっていう冒険者だったのか。実は俺も戦闘面で協力させてもらおうと思っていたんだが、外から強力な人間が手を貸してくれるって断られてな。だから、俺の代わりにこの街を救ってくれて感謝してる」

 なるほど。そういう背景があったわけか。

「依頼だったしな。断るわけにも行かない」

 実際それ相応の報酬はもらったから、感謝されすぎてもむず痒いだけだ。

「ははっ、そうか。……だが、名は覚えたぜ、銀狼さん」

「……」

 名乗るほどの名もないと言ってしまった手前、そう言われると言葉に詰まる。顔を背けつつ習うように頭を掻いていると、

「なあお二人さん、そろそろここ出てもらってもいいか?」

 と、公的機関に勤める男の言葉で全員揃ってこの闘技場から退場する事になった。

 


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