第23話 喧嘩祭り

 円形闘技場から出たところで、レストレード警部は別の事件だか通報があるとかですぐにこの場を後にした。

「さて……二人はこれからどうするんだ?」

「えっと、わたしとしてはお昼でも食べに行こうかなって感じです」

 わたし自身が何かやったわけではないのだけど、あの会場の熱気と二人の戦いの迫力や緊張感で妙に疲れたような気がする。

「銀狼さんは?」

 横にいる銀髪の剣士に目を向けつつ問う。

「……そうだな。俺もちょうどいい感じに腹は減ったし昼食でも食べに行くか」

「そうか。なら、迷惑かけちまったお詫びってことで奢らせてくれよ。二人と色々話してみたいしさ」

「え、いいんですか?」

「ああ。俺に勝ったらの賞金もあるし。いい店紹介するよ」

 ライリーさんの魅力的な提案にわたしのボルテージは跳ね上がる。銀狼さんが戦ってくれたおかげで美味しいご飯にありつけるだなんてついてるなぁ。

「……せっかくの誘い、悪いが断らせてもらう」

 …………――――⁉︎

「な、何言ってるんですか銀狼さん⁉︎ せっかく奢ってくれるって言ってくれてるんですよ⁉︎」

「まあ聞け。……ライリー、あんた明日の『喧嘩祭り』に出るんだろ?」

 軽く制されムッとすると、わたしの知らない単語が飛び出してくる。

「よくご存知で。ま、オープニングセレモニーを任されてるんでね、出ないわけにも行かないさ」

「ふっ……なら、明日戦う相手と同じ飯を食うわけには行かないってことだ」

「……ほぉ」

 二人の間に先の戦いの時と同じような緊張が走る。

 武人だけが通じ合える感覚。それが両者にはあるんだろう。実際魔術師同士の戦いでもそう言ったものはあるから。

 それでも、一言言いたい事がある。

「あの、け、けんか祭りとは……?」

 この話の本題である喧嘩祭りという物騒な名前の祭り。わたしは全く聞いたことがない。完全に置いてけぼりとなっている。

「この街に来るとき話してなかったか。喧嘩祭りはこの街に昔から伝わっている文化の一つだ」

 そう言って、銀狼さんは遠くに見える大きな円柱状の建物を指差す。

「あれがこの街の中心にある会場のコロッセオ。毎年この時期に腕に自信のある冒険者や剣闘士が集まり、殺しと武器以外基本なんでもありのルールで戦う。それが喧嘩祭りだ」

「へ、へぇ……なるほど」

 殺しと武器がだめ……なら魔法はありなのかな。

「兄ちゃんの説明で大方正解だな。にしても、兄ちゃんが参加してくれるなら今年はいつもより楽しめそうだ。毎年面白いやつは来るんだが結局結果は同じでな。期待してるぜ、銀狼さんよ」

「ふっ、ゆめゆめ油断しないことだな」

 二人の視線が交差し、再度独特の空気が流れる。

 ……やっぱりこの二人変に相性いいのかな。




 それからライリーさんはコロッセオのあるノースミンスタ中心部へと向かっていった。見送ったわたしたちは、適当に近くの酒場で食事を済まし、気づけば時刻は夜を迎えていた。

「今日はありがとうございました、銀狼さん」

 宿屋のベッドに腰を下ろして今日のお礼を口にする。約束だったとはいえ、疲れているところを連れ出してしまったのは少し申し訳なく思う。

「いやいい。俺も今日は楽しめたからな」

 どこか満足げに言う銀狼さんの姿に新鮮さを覚えつつも、その真意がわたしとのお出かけではないことがよくわかるので少し不機嫌さが表に出る。

「……それ、あの剣闘士さんのが大半ですよね」

 あの円形闘技場での戦い……あれを見ていれば嫌でもわかる。普段冷静で淡々と対峙する相手を倒していた銀狼さんが戦いを楽しんでいた。だからなのか、喋り方すら変わっていたし。

「……いや別にそんなことは」

 申し訳なさそうに口を開く銀狼さんに、慌ててわたしは言葉を被せる。

「あ、別に責めてたりしているわけじゃないんです。ただ、今日はその……これまでのお礼もしたくて」

「お礼?」

 銀狼さんの問いにわたしは頷きで返す。

「出会った時からずっと銀狼さんには助けられてばかりでした。いつも涼しい顔でなんでもないようにしてますけど、きっとどこかで無理してるんじゃないかなって……。だから、労いとかお礼とか、そういうのを全部含めて今日は楽しんでもらいたかったんです。楽しませたのがわたしじゃなかったのはちょっと複雑なんですけどね」

 最後に少し照れくさいのを誤魔化すように笑みをこぼしボフッとベッドに横たわる。

「まあでも、わたしじゃ事足りなかった分、明日はめいいっぱい楽しんでくださいね」

「……そっか。ああ、全力で楽しんでくるよ」

 普段あまり聞くことのない銀狼さんの柔らかな声色。それを寝転がっている背に受け、なぜか懐かしくて暖かい感情が胸の奥から湧いてきた。

なんだろう。

なんなんだろう。

その気持ちの正体がわからぬまま、気づけばわたしは眠りについていた。


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