第24話 銀狼の想い
ようやく眠りについた少女の顔を見て思わずため息がこぼれる。
ここ最近色々なことがありすぎた。
始まりは魔の山――ベルファスト山。あの山で山賊討伐に乗り込んだのも奴を探すための手がかりがあると踏んでのことだった。
――『こ、ここから北、ノースミンスタって街で何かでかいことをやるって言っていた! そ、それ以外は知らん! 本当だ!』
あの山に潜んでいた山賊の長の言葉。それを聞いた時点で次の目標地点はここノースミンスタに決めていた。そんな時にノースミンスタで切り裂き魔の事件が再び起こり、依頼として俺が呼ばれた。
これはきっと偶然ではない。おそらく、いや間違いなく俺への挑発だ。
「…………」
旅立ちから数年、冒険者としての活動と彼女から貰い受けた莫大な魔力を運用するための訓練に全てを費やした。
何事も準備が大事。実力を伸ばし、依頼をこなし。その繰り返しで顔を広げていった。全ては奴の居場所を知るために。その情報を掴むために。
それを数年続けていき、気づけば階級はS級。たった一人で全てをこなしていき、ついた二つ名が――『銀狼』。
その名に狼が付くことは正直複雑な心境ではあるが、名を広めるのにこれ以上はないと思ってはいる。
しかし、そんな生活を何年も続けていればいつかは限界が来る。莫大な魔力、その恩恵で肉体は常に再生治癒を続けているが、それが精神に作用することは決してない。疲れる時は疲れるし、辛い時は辛いのだ。
ふとした瞬間に思う。彼女が隣にいてくれたらどれほどの助けになっただろうかと。
もう二度と会えない彼女。言葉を交わすことも、触れ合うことももう二度と叶わない。それはあの時に理解して納得していたことだった。
でも、いや、だからこそ怖いのだ。今隣にいるこの少女を彼女の代わりにしようとしているのではないかと。
出会いは偶然だった。連れて行くのも気まぐれだった。……いや、普段なら絶対に一緒に行くかという提案なんてしない。初めは、友人たちが殺され辱められて、そんな冒険者にはありふれた現実をこれ以上味わわせてしまうのは酷すぎるという気持ちがあった。俺と来ればそんなことは絶対に起きない。だから、共に旅をする道を提案したのだ。
彼女が口にした旅の目標――この広い世界を見る。
見た結果があんな醜く酷いものなんてあってはならない。そう、最初は思っていたんだ。
「……でも、いくらなんでも似すぎなんだよ」
あの少女と過ごしたこの約一ヶ月。たった一ヶ月、されど常に寝食を共にしてきたこの期間。
アイリスという少女を知る度に、関係が深まるたびにそう感じる。
見た目は似ても似つかない。記憶の中で微笑む彼女、怒った顔も泣いた顔もたくさん見てきた。その中の彼女と目の前の少女は決して重ならない。だが、なぜか、ふとした日常のなんてことない一瞬が記憶の中の彼女と同じ感覚を覚える。
「ふっ……シスコン極まれり、だな」
きっかけはどうあれ故人の、しかも妹のことをここまで考えてしまうのはシスコン以外の何者でもない。そんな自分の情けなく気持ち悪い姿に思わず嘲笑がこぼれ出す。
まあ、もう今は明日に備えてしっかり休もう。どれだけ考えようと答えの出ないことは明白だ。無意味に脳を働かせるより、明日全力を出せるための準備の方が大切だ。
そうして俺は、アイリスからはだけている布団をかけ直し、自分のベッドでそっと瞼を閉じた。
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