第26話 オープニングセレモニー
時刻は昼。
眩しくて暖かな日の光を照らし出す太陽が頂点へと昇る時間帯。
まるで太陽の位置に比例するかのように、客席から発せられる熱気も最高潮に高まっていた。その理由はあの男――A級剣闘士ライリーによるものだった。
「へぇ、今年の魔物はこいつか……」
喧嘩祭り恒例のオープニングセレモニー。その詳細は、剣闘士と強大な魔物の一対一。
去年はたしかブラックパンサーだった。個体差はあるが二メートル強はある漆黒の巨躯と目にも止まらぬ速さを合わせ持ち、速度の乗った強靭な爪で敵を穿つ。飛び道具は使ってこない分やりやすくはあるが、シンプルにして相当厄介な魔物だ。
そして今年は――、
「ほらほら、どーしたよゴリラ!」
ライリーが対峙するのはシルバーバック。白銀の毛並み、全体的に膨れ上がった筋肉と野獣特有の凶暴性を秘めており、掴まれれば強靭な握力で握りつぶされ、噛みつかれれば容易に骨すら砕かれる。
――近づけば死。
魔物と常日頃から相対する冒険者の中では常識だ。それ故に、今ライリーがやっていることが普通あり得ないことで俺含め皆度肝を抜かれている。
「オラァ!」
ライリーによる強烈な打撃でシルバーバックは大きくのけぞる。
通常、冒険者は鍛え上げた肉体に魔力による強化を施して魔物と戦う。その上で、シルバーバックは人間の約五倍のパワーを持つのだ。つまり、単純な力比べで勝つことは至難の業。A級冒険者の中でも少数、俺のようにS級でようやくといった具合だ。というのに、あのA級剣闘士は軽々しく当然のように殴り合いを制している。
「トドメだ!」
右拳から放たれる一撃が、地に背をついていたシルバーバックを容赦なく屠る。白猿越しに伝わった威力と衝撃が、殴りつけたところを中心に周辺の地面をも崩壊させた。
遅れて魔物の消失反応が闘技場に発生する。
そして、
「うおー! さすがライリーだぜ!」
「最高だったぞライリー! 試合も楽しませてくれよ!」
「ライリー愛してるー!」
などなど、闘技場の中心で片腕を高々と上げている剣闘士に賞賛の言葉と拍手喝采が送られている。
かくして試合前のオープニングセレモニーは終了。戦っていた時間はものの十分程度、その短い時間で会場の熱気が最高潮に高まったのだった。
舞台から控え室に戻ってきたライリーがふーっと息を吐く。
「いやぁ疲れた疲れた」
「お疲れさん。それにしても、シルバーバック相手に殴り勝つなんて凄いな」
戻ってきたA級剣闘士に労いの言葉を送る。
「兄ちゃんにそう言ってもらえるとありがたいね。とはいえ、祭りはここからが本番だぜ? たしか去年は参加してなかったんだよな?」
「ああ。依頼ですぐに旅立ったからな」
実際はオープニングセレモニーだけは見てすぐに旅立った。というのも、例の黒豹を生捕りにしたのが俺で一応見ておきたかったからだ。
「ふっ、ならその『凄い』って感想はまだとって置いた方がいいぜ」
「?」
どういう意味かと頭を捻っていると、
「よぉチャンピオン、相変わらずバケモンみてえな強さだな」
「おお、ヘクター」
ライリーと比べて細身ではあるものの、しっかりとした筋肉質な肢体と坊主頭が特徴の男。それに加えて歴戦の猛者だと感じさせる気配。間違いなく強者に分類される男だ。
「ん、チャンピオン、こいつは?」
「ああ、この人は……」
そう言いかけたライリーのことを片手で制し、俺から名を名乗る。
「俺は冒険者の銀狼だ。今回が喧嘩祭り初参加でな。当たったらお手柔らかに頼む」
「ほー、初参加か。俺はヘクター。B級剣闘士だ。ビギナーだからって手は抜かないぜ?」
「ああ。俺も冒険者の力を見せてやるよ」
ガシッと力強く握手を交わす。
その後、試合開始時間までは適当にぶらついてくるとヘクターはどこかへ行ってしまった。
「さて、じゃどうするよ。俺は時間までちょっとお呼ばれしてるから一緒に入れないんだが……」
「気にするな。どうせ控室から出る気もなかった」
「そうかい。んじゃ、また後でな」
控室から出たライリーを見送った俺は、久しぶりの一人の時間を享受しつつ、時間までゆっくりすることにした。
銀狼の冒険者 坂本てんし @sakamototen
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