第9話 銀狼の噂と掴んだ依頼


 わたしの初任務からおよそ半年が経過した。

 あれからわたし達はどんどん依頼をこなしていき、それなりに名の売れたパーティとなった。とは言っても、わたしが入る前から元々の実力はあったわけだし、わたしの影響力なんてたかが知れている。あくまでわたしはプラスアルファの要因でしかない。

 でも、わたしの魔法でみんなの力になれている、その事実だけはわたしの中で大きな自信となっていた。

「おい、また銀狼が出たらしいぞ」

「銀狼ー⁉︎ せっっかく波に乗ってきたのにこのタイミングでかぁー」

 冒険者ギルドでフィーネちゃんとロウくんの二人を見つけ声をかけようと近づくと、そんな話し声が聞こえた。

「二人とも、おはようございます。……えっと、銀狼ってなんですか?」

 わたしの知る銀狼は文字通り銀色の毛並みをした狼。はるか昔、神代の時代で猛威を振るっていた伝説の魔獣の呼び名。

 巨大な上に閃光の如き速度。その牙は岩をも砕き、その爪は鋼すら切り裂くと言われている、正真正銘の魔の獣だ。

 そんな化け物が出た……もう引きこもろうかな……。

「あ、おはようアイリスちゃん。えっとね、銀狼っていうのはある冒険者の二つ名なの」

「冒険者?」

 なんだよかった。引きこもらずに済むや。まあ? わたしの本気の魔法でちょちょいのちょいだったとは思うけどね。食らわせられなくてむしろ残念ですよ。

「銀色の髪、パーティは組まずずっとソロ。まあ、他のメンバーなんていらないくらい強いっていうのもあると思うけど、それで付いた二つ名が……」

「銀狼……」

 ずっとソロっていうのが一匹狼って意味なのかな。

「しかもね、なんと単独で竜狩りに成功した数少ない冒険者なんだよ。もちろん等級はS。あ、さっきわたしが嫌がってたのは、それだけ強い上に依頼を片っ端から取ってっちゃうからなんだよ。もちろん全部ってわけじゃないんだけど、残ってるのってほとんどがしょっぱいやつなんだ」

「あぁ……そういう……」

 なるほど、と納得した。

 最強クラスの必殺仕事人が現れたとなれば、こっちの稼ぎがぐんと減るわけだしフィーネちゃんの嘆きも当然の話だ。……まあわたしも今月ちょっとピンチだし危なくはあるんだけど。

「あっ、そういえばティナちゃんはどうしたんですか?」

 来た時から思ってはいたけど、ティナちゃんの姿が見えない。いつもならロウくんの後ろにべったりくっついているのに。

「ああ、ティナはこの時期は実家に帰ってるんだよ。生粋のお家大好きっ子だからね。銀狼が現れて仕事も少ないしちょうどよかったかな」

「だねー。でもお二方、ここいらで一稼ぎ行きたくないかい?」

 フィーネちゃんの言葉に、ロウくんとわたしは揃って顔を見合わせる。

「それに越したことはないな」

「ですね……でも、依頼はほとんどないんですよね?」

 わたしが言うと、フィーネちゃんは人差し指をピシッと突き出し、

「ちっちっち、こんなこともあろうかと〜……じゃじゃーん! 事前に取っておいた依頼書でーす!」

 ババーンと効果音でも付きそうな勢いで一枚の紙を出してくる。

「おお。よく取ってたな」

「まあねー。わたしもたまには役に立つのですよ。えっと、依頼内容は山賊の討伐。生死は問わないって。場所は…………」

 何かが詰まったかのように、フィーネちゃんの口から次の言葉がなかなか出てこない。

「え、えっと……どうかしたんですか?」

「あぁ〜……場所は……」

 わたしが問いかけるも、なんだか言いづらそうにしている。

「なんだよ。ちょっと見せろ」

「ああっ! ちょちょい!」

 ついに痺れを切らしたロウくんがフィーネちゃんの手から強引に依頼書を奪い取り内容を読み上げる。

「えー、場所は……はっ⁉︎ ベルファスト山⁉︎」

「……みたいだねえ」

「え、えっと、ベルファスト山って……?」

「ベルファスト山は、簡単に言えば、魔物だらけのモンスターハウス。巣食う魔物は個体ごとの強さも普通とは段違いな上に頭数も多い……あそこに立ち入って生きて帰ってくる奴は相当の実力者か最低でも六人くらいのパーティ、しかも全員B以上はないとまずだめなんだ」

「正直それでもキッツイよねえ……」

 と、ロウくんの言葉にフィーネちゃんが付け足す。

「そ、そんなおぞましい山に今からわたしたち三人でいくんですか……?」

 無理だ。ムリムリ。帰ろう。帰って引きこもります。

 そんな危険な山で、あろうことか山賊を相手にするのはいくらなんでも無理です。

「あ、はは……まあでもあれだよ! 魔物との戦闘は極力避けて、山賊のとこで大暴れすればいいのよ。ほら、アイリスちゃん魔力感じ取れるじゃん。それでまたさーっと避ければいいのよ」

「アイリスさん頼みかよ」

「わ、わたしもそこまで確実に分かるわけじゃないので頼みの綱みたいにされると……」

 多少なり相手の魔力量だったり魔力の流れを感じ取ることはできる。現に、前の依頼で森にいる魔物を討伐するときにも魔力探知で索敵して上手く進むことができた。でも、この力にはムラがある。対象は魔物、人間、動植物でさえ含まれる。そんな中、ただでさえ強力な魔物が大量に現れれば、流石に機能しなくなるかもしれない。

 現場でわたしの力前提で進んで、もし失敗してしまったらそれこそ命に関わってしまう。そんな責任はわたしは負えない。

「ま、まあまあ大丈夫だって! いざとなったらアイリスちゃんの魔法で辺り一帯焼き尽くせばいいんだし!」

「無茶苦茶だ……」

 できないことはないと思うけど自分達の被害も考えたら諸刃の剣すぎる……。

「はぁ……、まあ受けてしまったものは仕方ない。アイリスさんには本当に悪いけど、頑張ろう。終わったらフィーネの奢りで美味いものでも食べに行こうか」

「あっ、はっ、はい!」

「う、ぐぅぅ……」

 奢りという言葉に反応し、嫌だという気持ちと仕方ないという気持ちが入り混じったようなうめき声で何も言えずにいるフィーネちゃんを横目に、ちょっと同情の念は持ちつつも依頼達成後に行くご飯はどこにしようかと話に花を咲かせるのだった。




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