銀狼の冒険者

坂本てんし

プロローグ 旅立ち

第1話 始まり

 人は冒険をする。

 いつからだったか、人は剣を取り盾を構え、魔の者と血で血を洗う戦いを繰り返していった。

 時に勝ち。時に負け。時代も場所も問わず命のやりとりが幾度となく行われた。

何度も。何度も。何度も何度も。そんな永遠と続く争いを見ていた一人の神は、気まぐれに世界を作り直し、また一から命を生み出した。

人間。妖精。竜人。巨人。魔族。

 知性を持つ五つの種族とそれぞれの国。

 これならば争いのない平和な世界になるだろうと神は安心していた。しかし、平和が実現していたのはものの数千年。神からすれば刹那の時。五種族は自分達以外の種族が持ち自分達が持たないものが妬ましく、その負の感情が争いに発展した。

 神は考えた。どうすれば争いが起きなくなるのか。そして結論付いた。共通の敵が生まれればいいのだと。

 そうして神は『魔物』と呼ばれる知性のない怪物を世界中に産み落とした。それからは五つの種族は互いの手を取り、助け合い、怪物を倒すために力を合わせ始めた。

 

 これがよく聞く神話のお話。

 それからもっとずっと先の時代。魔物と戦う彼らを人は『冒険者』と呼び始めた。

 人は冒険をする。

 そんな時代にまた一人、いつか冒険をするだろう一人の少年が、剣と魔法が交差する世界に産声を上げた。




「ふわぁ〜あ……。おはよ、母さん」

 白銀の髪、透き通った海のような青い瞳、細身でありながらも筋肉質な肢体を持つ少年は、あくびをしながら二階の自室から降りてきた。

「おはよう。もう朝食はできてるから早く食べちゃいなさいね。今日はあなたとエリスにとって大切な日なんだから」

「うん、わかってるよ」

 少年は母親の言葉に頷き、席について用意されていた朝食を食べ始める。食卓に並べられていた朝食の数々は朝食べる量とは思えないほどに多く、とても食べ切れるとは思えなかった。しかし、今日は少年と少年の妹にとって大切な日。母も相当気合が入っているのだろうと思い、少年は覚悟を決めて食べ続ける。

 肉料理やサラダ、米や麺など多種多様な料理を食べていると、今日のもう一人の主役の姿が見えないことに気づく。

「そういえばエリスは?」

「エリスならもう朝食を済ませてお祈りに行ってるわよ?」

「はっやぁ……」

「アルが遅すぎるのよ。さ、早く食べて行ってきなさい」

「はーい」

 適当に返事を投げつつ、少年・アルトリウスは自身の妹との差を痛感しながら申し訳程度に食べる速度を上げた。

 それから数十分後、大量の飯を食べ終えたアルトリウスは最低限の装備と支度を済ませ膨らんだお腹を抑えながら玄関口に出た。

「うっぷ……じゃあ行ってくる」

「ええ。あなたとエリスなら心配はいらないと思うけれど……油断はしないようにね」

「気をつける」

 銀髪の少年はそう言い、母に軽く手を上げ出発した。



 アルトリウスたちが住むクロッゾ村は谷を切り開いて作られた、季節問わず涼しい風が吹く自然豊かな村だ。村の中に流れる川の水は山から直接降りてくるため冷たく透明で、生活用の水としてよく使われている。

「おや、アル坊。剣なんか背負ってどこに行くんだい?」

「何言ってるんですか。今日は成人の儀ですよ」

 農家をやっているおじさんに声をかけられ、アルトリウスは仕方なさそうに応対する。

 そう。今日は成人の儀。クロッゾ村のしきたりで満十六歳を迎えたものは一つの試練を乗り越えなければならない。その試練とは人によって様々で、木こりなら巨大な大木を切り倒したり、釣り師なら池の主を吊り上げたりと多種多様だ。

「おやおや、そうだったそうだった。それじゃ、気をつけるんだよ。ここ数年魔物の動きが活発になってるみたいだからね。エリスちゃんにも伝えといとくれ」

「ありがとうございます。伝えときます」

 軽く礼をして、その場を後にする。

 その後、同じように村の人たちから叱咤激励の数々を受け取り、ようやく村はずれにあるエーテル山に辿り着いた。アルトリウスとエリスの試練の場であるこのエーテル山は標高がかなり高く、大昔には神のいるとされる天界にさえ届くと信じられていた。そのため当時は山に足を踏み入れるのが禁じられていたらしいが、現在は別の意味で誰も入れなくなっている。

「……よし」

「何が『よし』ですか。兄さん」

 成人の儀を完遂させるため気合いを入れ直すアルトリウスだったが、背後からの声でふっと一瞬気が柔らかくなる。

「エリス。遅かったな今来たとこだぞ」

 アルトリウスとは対照的な長い金髪とエメラルドの瞳の少女・エリスはアルトリウスの言葉にため息をこぼしていた。

「何恋人みたいな風でめちゃくちゃなこと言ってるんですか……」

「俺は準備万端だけど、そっちはどうだ?」

「無視するし……はぁ。当然、問題ないですよ。いつでもいけます」

 その言葉を待っていたとでもいうように、アルトリウスは両拳を力強く合わせ、

「よし。じゃあいくか」

 と、意気込みながら試練の場へと妹と共に乗り込んだ。

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