第18話 灰色の戦場
俺の役目は切り裂き魔を食い止め続けること。
魂の再臨――あの世から現世に蘇ったこの亡霊を打ち倒すには、俺がただ斬り続けるだけじゃ不可能だ。
「……チッ」
その上、普通に斬るだけでは前と同じようにすぐに消えてゆく。奴の肉体が魔力によって構築されているのがその要因だとモリア教授から聞いた。そして、その対策も。
「ふふふ」
俺と対峙する切り裂き魔は不敵な笑みを浮かべながら、両手に握る二振りの短剣を操り連撃を繰り出す。その剣技、力量は生前と何ら遜色ない優美で鮮やかなものだった。この技が人のためではなく人の命を奪うために振るわれていたのが心底残念でならない。
「フッ!」
踏み込んだ切り裂き魔の斬撃が頬を掠める。
何となく察していたが、やはりあれには魔力が流れていないな。俺対策だろうが、それでは魔力により強化された攻撃を受けることはできないだろう。
「――!」
未だ止まぬ斬撃の嵐を、俺の振るった一太刀が斬り裂く。狙ったのは奴の持つ短剣。二つが重なる刹那の一瞬。そこを突き、刃を砕く。連続攻撃を終わらせると同時に切り裂き魔に隙を生じらせることに成功。
まずいと判断したのか、体勢を立て直そうと切り裂き魔が一歩後ずさる。その瞬間――、
「ふっ……!」
俺は低い姿勢で地を蹴り、疾風の如き速度で奴の懐に潜り込む。胸ぐらを掴み、俺自身を包む魔力の範囲を拡大。そして――、
「ご……は、ぁッ!」
拳を握り、渾身の一撃を叩き込む。切り裂き魔は血反吐を吐き、凄まじい勢いで吹き飛んだ。
「さて……まずは一撃」
打撃の威力で地に伏せ蹲る切り裂き魔の姿を見下ろしながら、俺はそう呟く。
ようやく目に見えてダメージが入ったな。モリア教授から聞いた対策――切り裂き魔の肉体を構成している魔力よりも強大な魔力で叩く。俺がやったのは自身の魔力で奴の魔力を上書きし、消失させないようにしてから殴ったのだ。
あとはアイリスが術者を見つけるまでひたすら殴るのみ。簡単な話だ。
「……フ、うぅ……」
すると、切り裂き魔は息を吐きながらスッと立ち上がる。
「ハァッ……フフ」
吐息。笑み。それしか発さない切り裂き魔に言葉を吐く。
「何か言えよ気色悪い」
「……ようやくだ」
「? 今……――!」
ひたすらに微笑だけしか浮かべなかった切り裂き魔がようやく何か口にする。かと思えば、再度俺との距離を詰め、欠けた凶刃を振り下ろす。
「ふんっ」
俺は振り下ろされる腕を掴み、力の流れを利用して、投げる。されるがまま、思うがままに切り裂き魔の体は宙を舞い、加えた力で地面に叩きつける。合気、というやつだ。
「ガ……ッ、ハ、ァッ……」
叩きつけられた衝撃で、コンクリートの地面に亀裂が走る。そのまま、押さえつけるように奴の胴を踏みつける。
「ぅ、ぐ……」
切り裂き魔は苦しそうに身悶えをする。脚力で抑えているだけではこうはならないだろうというほどに。
それもそのはず。今、奴の体には俺の足を通して、俺の魔力の重みが加わっているのだ。莫大な魔力、その圧。呼吸すら困難なはずだ。こうなればもう動けまい。
視線を移し、俺は後ろで術者を探している魔術師を呼ぶ。
「アイリス!」
「……ぇえ、もう終わったんですか⁉︎ あっ、えっと……すみませんもう少しです!」
そうして焦ったように再び魔法陣を描きだす。それを視認し、俺はもう一度視線を切り裂き魔へと向ける。
凄まじい圧力がかかっているというのに、やはり気味の悪い笑みは変わらない。
「……あの時に聞けなかったから今聞くが、お前は何がしたかったんだ。どうして、人を斬る。なぜ罪のない人々の命を奪うんだ」
「……それは君も同じだろう、銀狼」
「は?」
思わず、口から声が音を纏って飛び出す。切り裂き魔から返ってきた言葉の意味を理解する前に、奴は再度話し始める。
「罪とは何だ? 他人に害を成していない者が罪のない者か? 誰の尺度で、誰の物差しで罪を測っている。法か? 平等な神か? いいや違う。全て、人間が決めている。真実を知らぬ、上部だけの仮面でしか判断ができない愚かな人間がだ。人間が罪を定め、法という武器で人を裁く。真実は隠され、奥底で眠っているというのにな」
「……」
俺は何も言えずにいた。先ほどの言葉の意味を頭の中で咀嚼していたというのもある。ただ、奴の心の叫び……否、魂の叫びが、尋常じゃないほどの妄執を秘めていたからだ。
「私がなぜこんなことをしたのか、だったな」
そして。その行動の真意が奴の口から語られる。
切り裂き魔の頬が悪意によって歪んだ。
「――時間切れだ。グッバイ、銀狼」
瞬間――凄まじいほどの眩い光が切り裂き魔の身体から溢れ出す。宵闇を切り裂く白い閃光。
さらに一際、輝きが強さを増した瞬間、空気を焼き尽くす熱波と建物を崩壊させる爆風がマイター・スクエアを灰色に染め上げた。
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