第16話 かみさまと仲直り





 旧き神アラミザケが番をしていた財宝の洞窟。

 その最奥部で俺たちが直面した真実は、驚天動地のとんでもないものだった。


 俺が手にした耳飾りから、ノリに乗ったお調子者の声が聞こえてくる。

 それは間違いなくこれまで散々お世話になったネモ教授の声色だったのだから。

 何だか裏切られた気分だ。こっちは戦闘で愛剣を失ったというのに。

 俺の口調は自然と荒いものになった。



「いや、ふざけんなよ! マジで! アンタ達は最初からグルだったのか? アラミザケに襲われて苦しむ俺たちを見ながら……内心ではせせら笑っていたというのか」

『真相を知りながら黙っていたのは申し訳ないと思う。この島で起きた悲劇の大元、それがこの私であることも今さら否定はしない』

「ふーん、それで!?」

『だが……これだけは判って欲しい。アラミザケを初めとする緑の創造主たちは、私が精魂込めて作り上げた芸術作品。私にとって可愛い子どもと呼ぶべき存在なんだ。罪を犯したからといって、我が子を無下に扱うことなど出来なかった』

「だ、だからってさぁ」



 俺たちの口論を見かねたのか、アラミザケが遠慮がちに口を挟む。



『言っておくが、オーシンとやら。海賊自治区を滅ぼしたのも、帝国への侵略計画をくわだて貴様らを襲ったのも、全ては我アラミザケの独断によるもの。その御方は、子どもの自主性を重んじる方。ただ我という「出来の悪い息子」を持て余していただけだ。不肖の息子、その評価をどうしてもどうしても覆したくて……はた迷惑な侵略を立案したこと。それを謝るべきは我なのだ……本当にすまなかった』

「う、うーん。そう素直に謝られると……これじゃあ、こっちも怒るに怒れないよ。ホントに」



 おいおい! まさか、あのアラミザケが謝るとは!

 こうなると振り上げた拳を叩きつけることも出来ずに、俺は下唇を噛み締めるばかりだ。子どもの自主性を重んじる……か。顧みれば確かにそうだったな。

 ネモ教授は、いつも俺らに取捨選択を強制したりはしなかったっけ。

 キャルロットの種を畑に植えたのも、アラミザケと和解する道を選んだのも。

 緑の創造主と人が共存する未来を目指したのも、全て俺たちが決めたこと。


 ネモ教授は俺たちの決定に耳を傾け、静かにうなずき、喜んでいただけだ。

 そもそもこの島で行われていたことが壮大な実験だというのなら、実験の記録者が直に介入なんてしてくるはずもなく。親が子の喧嘩に口を挟んだりせず、当人の自主性を重んじて好きにやらせてくれたわけだ。


 そう考えれば、わりかしフェアな精神と言えなくもない。



「わかったよ。教授にはこれまで何かと助けてもらったし、もう全ては済んだことだ。ただね、ちょっと判らないな。結局、何がどうなっていたの? ネモ教授、アンタはいったい何者なんだい?」

『不老不死のエルフ……君たちは私をそう呼ぶが、事実はそれと若干異なる。私は神どころか、星界の大海原を越えて、この島に漂着した遭難者でしかない。それは初めに語った通りさ、偽りなどない』

「星界の海? 初耳だな。それ、何処にあるんだい?」

『はるか上空、雲や月よりもずっと高い『空の果て』に星の海はある。光の速さに匹敵する我々の船ですらまともに行き来すれば何百年もかかる。そんな気が遠くなるほど遠い場所から私は来た。ええーと、大空の向こう側にもまた別の世界がある、そういう認識で構わないよ』

「ふーむ、それって? もしや鳥でも飛んでいけない高さだったりする?」

「はは、まぁ そうだね! 私が遠方からはるばる何をしに来たかと言えば、研究の為さ。外部と繋がりの薄いこの辺境地域では、他で類を見ない独自の生態系が健気に育まれているからね。学者として興味の尽きない所さ、重大な事故を起こして帰れなくなったのは大ポカだったけれど」

「前にも言っていたっけ? たしか船を脱出する寸前、故郷へ向けて救難信号を発したんだっけ?」

「そうそう。しかし、星海を越え故郷から迎えが来るのは早くても数百年後になる。この島に不時着した私は途方に暮れてしまったのさ。このままでは私の寿命がもたないぞってね」

「え? 寿命? エルフは不老不死のはすじゃ?」

「不死を保てるのは『古老のエキス』と呼ばれる薬品を摂取している間だけでね。残念ながらこの辺境で手に入るような代物ではない。薬品の効果が切れたら、私の身体は君たちと同じように老い始める。肉体の限界はせいぜい二百年という所か」



 何だか壮大すぎてピンとこないけど。救助隊が来るまで何としても生き延びなければならないって境遇なら、俺たちと似たようなものか。

 ネモ教授は更に続ける。



『そうだね、私たちは遭難者同士だ。それでいったいどうしたものか。当時の私が途方に暮れていると偶然にも島に上陸者があった。それが海賊のバルバード。私にとって旧友であり、命の恩人でもある男。酒と女と冒険を愛し、乱暴でぶっきらぼうだが芯の強い男だった。助けてもらった恩返しのつもりが、とんだ結末になってしまったのは つくづく残念だよ』

「この世界で生き残る為に、彼と取引をしたってこと?」

『まぁ、緊急避難と言い訳をしないのであれば、そうだ。取引を持ちかける悪魔サイドだって必死なのさ。船から持ち出せた幾つかの作品と機械だけが頼みの綱だった。海賊たちのたわいもない願い事を叶えてやり、彼らの信頼を勝ち取ると……私は少しずつ大胆になった』



 どうやらネモ教授は海賊たち現地人を利用して、とある装置を完成させると決断したらしい。その名も「コールドスリープ・マシーン」そのカプセルの中に保存された肉体は凍らせた野菜やお肉のように腐ることも老いることもなく、解凍すれば遥か数百年後の未来で元通りに目を覚まして復活できるんだって。確かに、そんな装置があれば寿命の問題は解決できるな。


 冷凍保存カプセル? おや、それってもしや?

 そう、いま俺の目の前にある宝の箱。

 コダマ石の耳飾りが入れてあった……この箱こそが、そのカプセルだ。

 道理でフタを開けた時、ヒンヤリしたワケだ。

 箱の底には何やら太いパイプが何本も繋がっているな。

 ここから冷気を送り込むのだろうか?

 この装置の中でネモ教授は四百年ものあいだ眠り続け、救助隊がやってくる未来(つまりは現在だが)まで生き延びたというワケか、成程ね。



『マシーンを完成させるのには膨大な資金と貴重な材料が幾つも必要だった。この世界の文明レベルではどうしても冷却機能は魔法に頼らざるをえない。海賊たちの国を持ちたいという願いを叶えてやる代わりに、国を挙げて装置完成の協力をとりつけた。そこに出世払いの契約が成立したのさ』

「契約の報酬は先払い。そこでバルバードにくれてやったのが……?」

『そう、創造主の種。彼らはアラミザケと植物兵器の力を存分にふるい、瞬く間に近海の支配者へとのし上がったわけだ。アラミザケも神として崇められるのに満更ではなさそうだったし、海賊自治区の将来は安泰かと思われた。後の治世は友人と子らに任せ、私は完成したカプセルに入り眠りへついたのさ……ところが』


『まったくもって申し訳ない。日々傲慢になっていく人間どもの態度が我慢ならず、我アラミザケは主の期待を裏切ってしまった』



 殊勝な態度でアラミザケが話しを受け継いだ。

 ネモ教授がコールドスリープから目覚めたその日、彼を出迎えたのはアラミザケが操るシカ一頭のみであったという。



『誠に申し訳ございません、主よ。貴方がお眠りになっている時、我々と現地人の間で戦争が勃発し海賊自治区は滅んでしまいました。この島も今となっては、自然が生い茂るだけの無人島でございます』

「なんという事だ……そうはならぬよう、双方に幾度となく注意はしたハズだったのに。貴様という奴は」



 ネモ教授はショックのあまり、膝をついて立ち上がれずにいたんだって。



『ご期待に沿えず、残念です』

「友と子らの繁栄を目にし、私は満足の内に眠りへとついた。全て順調のはずだった。だが、目覚めた時に待っていたのはこの仕打ちか。あまりにも酷い! 人間を愚かと嘲笑うべきか、出来の悪い作品を野放しにした己の浅はかさを呪うべきか、私には判らぬよ。こうして目覚めたというのに悪夢を見ているようだ」

『……海賊バルバード王が自害する直前、貴方にメッセージを残しています。伝言を頼まれたのです。……すまなかった、私はやはり王の器足り得なかった……と』

「神のウツワ足り得なかったお前が、それを語るというのか! 罪を許す寛容さも無く、人を諭し導く知性すらも無いのか! この出来損ないめ。もういい、お前は好きにすると良い。気が落ち着くまで、私もどこか一人静かに隠居するとしよう。後の事は追って連絡する」

『お待ち下さい。召使いを用意してあります。住む所も……その、せめてものお詫びとして。どうかそこをお使い下さい』

「……もしも救助隊と合流できたら、お前も故郷の星に連れ帰ってやれるとは思う。だが、それで良いのか? 神の出来損ない、芸術品足り得なかった失敗作として、私はお前をどう皆に紹介すれば良いのだ?」

『そ、それは……いっそ粉々に壊してくれませんか? 失敗作らしく』

「未来を捨てるのであれば、それは正しく出来損ないの選択だ。違うか?」



 うへぇ、ちょっと言い過ぎじゃないの? それ?

 此処へ至る過程が判ってしまうと相手に対する怒りも徐々に失せていく。

 でも、それは必ずしも悪いことばかりじゃなくて。

 憎しみという重荷から解放された分だけ気分も軽くなったようだ。

 なるほど、学園の先生がよく言っているように、相互理解という物は何より大切なのだ。


 俺は、手にした耳飾りを掲げ、通話相手に声をかけた。



「もういい、よ――く判ったよ。ネモ教授。アンタはずっと期待していたんだな? 俺たちと息子が衝突することで、新たな未来が生まれることを」

『適切な理解が得られたようで、嬉しく思う』

「それで? なんでアンタは、この箱に耳飾りを残したの? 必要か? このサプライズは?」

『そ、それは~、その、ちょっとした悪戯心という奴で。黒幕っぽく箱から出てきたら格好良いかと……いや、島の真相が語られる上で重要かつ必須の演出だった』

「はいはい、それなら仕方ない。必須だね」



 やがてアラミザケが耐えかねたように横やりを入れた。



『もういいだろう。まったく恥の上塗りにも程がある。お前達にしてやられる程度の輩が、帝国に喧嘩を売ろうなどと、どうかしていた。それで充分。もう帰ってくれ』

「あの、アラミザケ……お前はこれからどうするつもりなんだ?」

『知るか! 帰ってくれ、そう言ったはずだ』



 尚も話しかけようとする俺の肩へ、ゲンジの右手がそっと置かれた。



「誰にでも一人になりたい時はある。今はそれを尊重してやるべきじゃないか」

「あ、ああ。俺たちに出来ることは……もう終わったよな?」



 だって俺たちは、どんなに粋がった所で所詮まほー学園の生徒に過ぎないのだから。これで充分、むしろガキとしてはやり過ぎたくらいさ。

 ……うーん、そうかな? 本当にそうだろうか?


 小さな気がかりを胸に残したまま、俺たちは宝の洞窟を後にする。

 古代都市で勝どきをあげた仲間たちもネモ教授の小屋へと向かっているはずだ。


 岩割り樫の根元を潜り、久方ぶりに吸う外の空気は別格だった。

 背伸びしてじっくりと生を噛み締める。

 味わうべきは生還と勝利。新鮮な夜気を吸い込んで肺が喜びに震えていた。

 ああ、遠くの草むらで虫が鳴いていた。

 何気ない島の夜景がこんなにも美しいものだなんて、知らなかった。

 星々の瞬きすらもまるで俺たちを祝福しているかのようだ。


 俺は余程、長い時間気絶していたのだろう。

 小屋に戻ったのは俺たちが最後で、他の全員が俺たちの帰りを待ちわびていた。

 庭に集まった人影の中から最初に向かってきたのは赤毛で小柄の見知った姿。



「お帰り! まったく! もぉ! 遅いよ、オーシン。待たせすぎ! みんな心配していたんだから! ちゃ――んとお詫びして回ってよね、どうも心配かけてごめんなさいって」



 はいはい、アンリにはかないませんよ。

 真っ先に駆け寄ってきたかと思えば、目蓋を赤くはらして俺の両手を握るんだから。それをされたら何も言えるわけない。

 本来なら、まず君に心配をかけてゴメンと謝るべきなんだろうけど。

 先にリーダーのつとめを果たさないとね。

 みんな、ただいま~。



「おおっ、無事だったトカ? 大した奴だよ、本当に。その年齢でどこまでデカい事をやらかせば気がすむんだ? 末恐ろしいというか、何というか」



 それは ほめ過ぎだよ、ライガ。

 ただ運がよかっただけ。

 アンタが力を貸してくれなかったら、生きて帰れたかどうかも怪しいな。

 でも、ありがとう。アンタに認めてもらえると一人前の男になった気分だ。



「アラミザケの本体をぶん殴ったんですって!? ザマァみさらせってなモンよ。人の身体を好きに操ってくれちゃってさぁ。それにしても海賊どもに手柄を全部横取りされなくてホント良かったわ。流石は我らがリーダー! あーあ、それに比べて、私ときたら まだまだ未熟ね。シシールの暴れっぷりを見たら自信なくしちゃう……」



 いやいや、リリイも頑張っていたでしょ?

 植物モンスターの群れに単体で立ち向かうシシールがおかしいんだからね?

 何を言ってもリリイの気は晴れないようだ。まほー学園ではサンダーレディと呼ばれ、模擬戦で彼女に勝てる者なんて誰も居なかった。それが、思いがけない場所で思いがけない実力差を見せつけられ、プライドが挫かれて一気に凹んでしまったのだろう。


 まぁ、前向きな彼女のことだ。すぐに立ち直るはず。

 夢は帝国初の女性騎士団長……だろ?



「お疲れ様でした。ケガはありません? キャルロットに『お願い』して薬草を沢山作ってもらったんですよ。これは効きますよ。打ち身にも、擦り傷にだって。さぁ、打った頭を出して」



 ハカセ、いつもすまないな。

 君はとうとうキャルに『命じて』保身を図ろうとはしなかったな。

 やろうと思えば強力な植物兵器だってドンドン作れただろうに。

 人類の非道を口に出しもしなかった。娘の未来をおもんばかって。

 願い事は、いつも誰かの為。

 君は俺にとって最高の友達であり、良き父親だ。

 いつか……俺もそうなれるよう頑張ってみるよ。



「うむ、戻ったか。草むらに落ちていた天馬像がいくら呼びかけても無反応でなぁ。これはもしやと最悪の事態を想定していた所だ。私はともかく、貴様を待つ女どもを泣かせるな」

「心配かけてゴメン、シシール。でも、その格好は……?」

「チッ、言うな。変身して暴れるとだいたいこうなるんだ。私のフィジカルに耐えられない軟弱な服どもがいけないのだ、ぜえーんぶ! なっ!」



 船長の着衣は見る影もなくボロボロ。もはやボロキレだ。

 やっと体にまとわりついているような有様じゃないか。

 おまけに何やら粘性の液体があちこちから滴り落ちている……それは?



「食虫植物のモンスターに捕獲されてなぁ、足を撃たれて動きが止まった所を狙われた……私としたことが、迂闊であった」

「ええ!? よく無事だったね」

「ガッハッハッハ、蠅ごときと一緒にするな。内側から消化袋を引き裂き強引に脱出してやったぞ。私を食おうなんぞ百年早いわ。しかし、全身ベトベトで気持ち悪いし、服はジワジワ溶けだすしで、どうにもならんよ」

「いやいや、随分悠長ですけど、それってノンビリしてる場合?」

「なぁーに、どうせ月が出ている限り、私の身体は無限に回復し続ける。軟弱な服は朽ちようと中身はいたって平気さ。それに今、カボチャの召使いに風呂を沸かしてもらった所だ。入浴中に貴様が帰ってきたら困るので先延ばしにしてのだが……」

「もういいから! 入って下さい。むしろ周りが困るから!」



 お気づきになっていないようですが。

 多分、あと五分も放置したらベルトや肩ヒモが切れて裸になっていますよ?



「リーダーたるもの、事態が確認できるまで現場を離れることなど許されないのだ。たとえ裸身をさらすことになろうとも! ……いや、そんな目で私を見るな。その時はちゃんと毛布にくるまって大人しくしているさ。凛々しく立つ私の姿が部下どもには必要なのだ」

「凛々しくねぇ。とにかく俺はこうして無事に戻ってきたんだから。もう風呂に入って下さいね。ちゃんと生きています、大丈夫ですから」

「そうか? 皆がホコリと汗まみれだというのに、私が最初とはすまないな」

「アンタの功績を考えたら、それを怒る人なんて居ないでしょ」

「手柄を立てた順なら、お前だって……そうだ! 一緒に入るか? 風呂?」



 なんて事を言い出すんですかね、この人は。

 アンリとリリイがゴミでも見るような眼でこっちを睨んでいるんだから。

 本当に止めて下さいよ、マジで。



「一緒に入るならライガ副船長とどうぞ。親代わりみたいなモンでしょ?」

「ライガは嫌だ! アイツは私の髪をワシャワシャと力いっぱい洗うんだから! 痛いんだよ、アレ。いつまでも子ども扱いしやがって」



 ……なんだろう、また海賊団の暗部に触れてしまった気分。

 きっと昔の話ですよね? いやー心がなごむエピソードですねぇ、ハァ……。


 歩くセンシティブさんが風呂に入った所で、お詫びの挨拶回りは済んだ感じかな?

 おっとゲンジが残っていた、苦労かけたね。

 ゲンジの幻術がなければ、俺たちがこうして勝てたかどうか。



「オーシン殿と肩を並べて戦った。それはきっとテンコウ家末代までの語り草となるだろう。良き思い出をありがとう、英雄殿」

「大袈裟なんだから……ハハハ……はぁ~」

「うかない顔だな……やはりヒヨコカリバー殿の件が気がかりか」

「そりゃもうね」



 みんな戦死者は居ないと思っているだろうけど。

 犠牲を出さずに戦いを終えられたと思っているだろうけれど。

 俺たちの未来を切り開く為、精一杯戦って力尽きた奴が此処に居るんだよ。

 それを判って欲しい。


 いや、物じゃん。まほーで動かしただけの物体じゃん。

 そう言われたら、それまでなんだけどさ。

 ゲンジは少し考えてから口を開く。



「剣士ならオーシン殿の気持ちも察してくれると思うが」

「そうか、ライガ。剣のこと相談してみようか?」



 なんと海賊たちは早くも庭の隅で勝利の宴と洒落こんでいる。船長抜きで。

 きっと船長が晒す痴態なんてもう慣れっこなんだろうな。

 どこから持ってきたのか、ラム酒をビンからガブ呑みだ。

 もしかして、酒瓶を戦場に持ち込んでいたの?

 ライガも少々ほろ酔い加減みたい。

 あのー、お楽しみ中の所すいません。勝利に貢献した英雄ですけど。



「なに? 剣が折れた? そんなのはよくある事だ、気にするな」

「えええ……!」

「おっとスマントカ。お前はこれが初めての喪失だったな。それはショックだろう。だがな、俺の相棒を見てみろ。この刀はもう六回も折れて修理に出しているんだ。折れた剣も一度溶かして再鋳造すれば新品同様になる。何だったら船に鍛冶場があるから直してやってもよいが、それよりかは、その短剣を作った工房に頼むのが良いだろうな。細かいデザインを再現できるのは作り手だけだし」

「再鋳造……それってさ、もう別の剣じゃない?」

「同じ金属で作り直した、見た目も同じ剣だ。別かどうかは持ち主の考え方次第トカ。俺なんざ、お嬢様から『いい加減に新しい刀を買ったらどうだ』なんて言われちまったよ、ガハハ」

「そっか……そうだよな。サンキュー、ライガ。話したら少し気が楽になったよ。俺はヒヨコカリバーを直すと誓ったんだ。きっと元通りにしてみせるぞ」

「その意気だ! 目標なんざ、あった方が張り合いになって良いのさ。その間、空手ではまずいだろう? 俺の刀を一本貸してやる。文句を言わず、それで女を守ってやりな。お前も剣士の端くれなら武器のえり好みなんてするな」

「うん! モチロンさ。絶対なってやるとも、アンタみたいな一流の剣士に」



 さて、今度こそ終わりか?

 いや、まだ残っているな。あと一人。

 ネモ教授め、気まずさから隠れているようだが、そうはいかないぞ?

 アラミザケを我が子と呼んだからは、親の責任があるんだ! アンタには!

 この島で起きたこと……海賊自治区の歴史、全部に!


 教授は裏庭の畑でひとり夜空を見上げていた。

 星の海を越えた所にあるという故郷に思いをはせているのか?

 悪いけど、それはちょっと中断してまず現状に目を向けてくれ。

 今の所、真相を知るのは俺とゲンジの二人きり。

 俺たちは、うなずきあって畑に足を踏み入れた。



「まだ私に何か用かい? モルモット君……いや、実験は終わったのだから、もう止そう。君の名はオーシン・ローズチャイルドだったね? 心優しき英雄、ご両親も君の存在を誇りに思うだろう。どう形容すべきか、心から うらやましい話だね」

「うらやましい? それは、アラミザケを侮辱しているのかい? 止めてくれよ、アンタも親を名乗るなら、それらしい心構えって物があるだろう?」



 ウチの父親も放任主義な方だけどさ……。

 俺が何か問題を起こした時、出来損ないとなじったりしなかった。

 ちゃんと面倒を見てやれなくて、すまない。

 自分の事ばかりにかまけて一緒に居る時間を作れなかった。

 悪い親だったと……そう謝ってくれたのに。


 なんでアンタは! 自分の作り出した島の歴史に責任をとろうとしない? 何を他人事のように語ってやがる?

 俺みたいなガキが言うべき台詞じゃないと判っている。

 判っているけどさ! 

 アラミザケの寂しそうな発言を聞いた後じゃ、言わずにいられない!



「寝ている間に海賊自治区が滅んでしまったこと。それはもう仕方がないことだけど! アラミザケとアンタは、こうしてまだ生きているじゃないか。ならさ! 関係を修復しようと努力しようぜ、親子なら! そうあるべきじゃないのか?」

「……やはり、そう思うかい?」

「当たり前じゃん! 実験は終わっただって? いいや、まだ終わっちゃいない! 肝心なアンタとアラミザケ、そしてキャルロットの未来がまだ決まっていないんだからな!」

「ふふふ、私もまた実験体か? それも良かろう。真の研究者ならそうあるべきだ」

「何百年、いや何千年生きているのか知らないけどさ。同じ人間だろ? 達観したフリなんか止めてくれよ。家族同士なら格好つけるべきじゃないって」



 ローズチャイルド家も、怪物海賊団も、キャルロットと俺たちも。

 みんな、みんな、外っ面や格好なんか気にしてなかっただろ? 研究者さん?


 俺の言葉は少なからずネモ教授の胸に刺さった様子だ。だが、ネモ教授もまた先程のアラミザケと同様に一歩踏み出す勇気を見出せずにいるようだ。



「格好をつけるな……か。しかし、エルフの文化はそうした情に疎くてね。こんな時にどう仲直りすべきだろうか」

「あららのら……」



 やはり何千年生きても人間は人間なんだ。

 くだらない事にクヨクヨと思い悩む。

 どうも、そこだけは変わらぬ物らしい。

 そこへ思いがけない助太刀を出したのは、まさかのゲンジだった。



「ここまで来たら、いっそジパングのやり方を貫き通すというのはどうだろう?」

「うん? どういうことだい?」

「ジパングでは『お祭り』と呼ばれる神事があって。外国のフェスティバルは単に豊作や大漁を祝う祝宴なのだろうけど……ジパングだと少しおもむきが違うのだ」

「どう違うのかな?」

「豊作を祝う点は同じだが、五穀豊穣をもたらしてくれた神に深く感謝し、直にお礼をする点が異なる。ご先祖さまや神を招いて祭りの余興を楽しんでもらい『また来年も豊かな恵みをもたらしてくれるよう』祈願する。それがジパングで行われる『お祭り』のカタチなのだ」

「それはその、訊いてよのか躊躇われるが……実際に来てくれるのかい?」

「もちろん、招待した神の姿なんて人間には見えやしないのだが、空席に座した見えない神を歓迎し、もてなすのがジパング流だ。あるいは神にふんした巫女かもしれないが」

「なかなか面白い考え方だね。神を招き、ゲストとしてもてなすのか」



 俺も良いアイディアだと思うな、それ。

 五穀豊穣をもたらしてくれる神なんて、アラミザケにぴったりじゃないか。



「良いじゃん、良いじゃん! やろうぜ! アラミザケを招待して、みんなで仲直りの宴をしよう。題して無人島フェスティバル! きっとスッゲー盛り上がるぜ」



 まぁ、ジパングのお祭りで具体的に何をやるのかなんて知らないけどさ。

 こういうのは気持ちが肝要! だろ? 

 皆で話し合って何をするか決めよーじゃん!

 せっかく集まったんだ。最後はパ――っと楽しくやろうぜ。


 へへへ、コイツは面白くなりそうだ!


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ロマナ帝国立 精霊まほー学園 マジサバ無人島漂流記 ~漂着した島が実は海賊の宝島ってマジですか?(実際に役立つ サバイバル講座 のオマケ付き) 一矢射的 @taitan2345

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