第7話 森のエルフと短気な亀さん



 何とか海賊船を脱出し、意気揚々と引き上げる俺たち。

 気分は上々、いっちょ皆で校歌斉唱でもしようかという感じだったけれど。

 実の所、こちら側の被害も決して少なくはなかったんだよな。俺達がようやく事態の深刻さに気付いたのは、イルカで島に帰還した後の話だった。

 水術を解除するなり、なんとアンリが砂浜にへたり込んでしまったではないか。



「アンリ、どうした? しっかりしろ」

「ゴメン、船の甲板で乱闘になった時、大きな鶏から緑色のガスを吐かれちゃって。それで咳込んで以来……ちょっと具合が……少し休めば平気だと……思う」



 尻尾から蛇が生えたニワトリ。

 それは、たしかコカトリスと呼ばれるモンスターだ。

 なんでも雄鶏が生んだ卵をカエルが温めると生まれるとか。(ありえねー)


 そういえば海賊船にも居たな、コッコちゃんが。

 チッキショー、あのシシールとかいう奴め、いったいどんな気まぐれで怪物どもを船に乗せているんだ? いや、今はそれどころじゃない。


 動けなくなったアンリを背負い、俺たちは慌ててテントに引き返す。

 とはいえ、シダの葉を敷き詰めた寝床で彼女を休ませても、それで事態が好転するワケもなく。アンリの寝汗は滝みたいに留まるところを知らない。

 オーバーオールもぐっしょり。

 これには知識が豊富なハカセであってもお手上げだ。



「コカトリスは強い毒を持ったモンスターで、吐く息でさえも猛毒だと聞いています。アンリがそれを吸い込んでしまったのだとすれば……非常に危ない」

「あ、危ないって、じゃあ……どうすれば良いんだよ!?」



 俺はついハカセの両肩をつかんで強く揺さぶってしまう。

 その激しさはゲンジとリリイが止めに入ったぐらいだ。



「ちょっと! オーシン!」

「心配なのは判るが、落ち着け。トマス殿のせいではないぞ」

「ハァハァ……ごめん。そうだよな。俺が取り乱してどうするんだ」



 リーダーなんだから。こんな時こそ冷静に対処しないと。

 ああ、でも、クソッ! アンリが苦しんでいるじゃないか!


 ハカセことトマスだって、別に冷たい奴じゃないのに。

 しばらく考えてから、ハカセは重い口を開く。



「解決策としては誰かに助けを求めることです。正直、僕ではどうにも……」

「誰かって、誰!? ここは無人島なんだぞ!? 医者も薬屋もいない!」

「考えられるのはまず海賊でしょうか。コカトリスを飼育している以上、解毒剤も常備しているはずですから」


「私たち、そこから逃げてきたばっかりじゃないの。ナンセンスね」



 リリイの意見は正しいモノだが、今の俺にはそう思えない。



「ええい、知ったことかよ。俺は行くぞ。奴らに土下座でも何でもする。仲間になれというのなら、喜んでそうするさ! 宝の地図も渡す! 解毒剤を分けてもらうんだ、絶対に!」

「それは、その……吾輩は反対だ。たとえ、その行動でアンリが助かったとしても、オーシンに一生ものの犠牲を払わせたと知れば……アンリはきっと悲しむぞ」

「そうよ。アンタ、学校を辞めて人殺しの仲間になるっての?」

「うぐぐ、それでアンリが助かるのなら。たとえ彼女に嫌われたって」



 そこでハカセの『待った』がかかる。



「いや、早まらないで下さい。まだ他にも可能性は残っています」

「え?」

「思い出して、オーシン。初日に木へ登った時のことを」

「ブナの木に登った時の話かい」

「そうです。貴方はそこで何を目撃しました?」

「何って……あっ!」



 そうだ。そうだった。

 ブナの木から島中を一望した時、空へ立ち昇る一筋の煙を見たんだっけ。



「この島には、僕たちの他にもまだ人がいるんです。もしも、その人に医術の心得があれば。アンリを助けてもらえるかもしれません」

「うーん、そう都合よくいくのだろうか?」

「むしろ海賊の仲間だったりしないのかしらん?」



 ゲンジも、リリイも、いぶかしげな表情だ。

 いや、でも、そこへ行ってみなければ判らないじゃないか。



「賭けるしかない! それに賭けるしか! アンリには時間がないんだ」

「薬草や、解熱剤でも手に入れば、アンリも大分楽になるはずです。こうなったからには、ワラにでもすがりましょう」



 断腸の思いで、俺たちは煙を目撃した島の南東部を目指すことにする。

 寝込んだアンリの看病役としてリリイを残し、今回は男三人で出発だ。


 沖合の海賊船はいずこかへ姿をくらましている。キャンプ地付近の海は水深が浅く、大きい船だと(座礁するので)まず近づけない。

 迂回して、接舷できる別の上陸場所を探しに行ったのだろう。

 俺たちを乗せた小舟だと、ヘビー級の怪物どもを運ぶのも無理があるし。

 それに、先の乱戦で海賊の仲間にも怪我人が出ているはずだ。

 ケガの手当てが済むまで、このキャンプ地はしばらく安全だろう。


 やつらが行動を開始する前に急がねば。

 まだ夜は明けていないが、構っちゃいられない! 強行軍だ!

 タイマツ片手に、俺たち三人は夜の森を突っ切る。

 遠くから狼の遠吠えが聞こえたような気もするけれど、そんなの知ったことか。


 アンリの苦しむ顔が少しも頭を離れず、もう気が気じゃなかった。

 後を続くハカセが警告してくれなければ大切なことを忘れる所だったぜ。



「この辺り、狩猟用の『くくり罠』を仕掛けた所ですよね? 足元を気をつけないと自分の仕掛けた罠に自分でかかりますよ? オーシン?」

「お、おう。まぁ罠の近くにはアンリからもらった『目印』が結んであるから。すぐわかるよ。平気へーき、そこまで我を失ってはいないから」



 くくり罠とは何かって? それは後ほど。今は急ぐから。

 ブナからみた光景を思い出しながら、俺たちは進んでいく。すると……。


 ややっ、遠くに明かりが見えてきたじゃないか。

 頬をこする無数のコズエをかき分け、落ち葉に足をとられながら、どうにか真っ暗な森を抜けるとそこは明らかに人の手が入った広場だ。

 木々を切り倒し、切り株を土から引き抜いて、苦労の末ようやく真っ平らにした開拓地って感じだな。


 そこに建っていたのは、とても無人島とは思えぬ立派な丸太小屋である。

 窓はガラス張りで、あふれる琥珀色の光が森の暗がりを寄せ付けない。

 煙が漏れているのは、屋根の煙突から?

 小屋の近くには畜舎や畑もあって、犬が吠えているぞ。


 どうなっているんだ? いくら何でも文明的すぎやしないか?

 俺たちは石器を使い、焚火をおこすのがやっとだっていうのに。


 いいや、細かい事はどうでもいい。文化的けっこう!

 それだけ助けてもらえる確率が高いってモンだ!

 調査や駆け引きなんぞしている暇が惜しい。

 おい! 開けろ! 要救助の遭難者だ!

 俺は正面の扉に飛びつくと、拳を叩きつけ荒々しくノックする。



「はいはい、どちら様っスかね?」



 間の抜けた声と共に、ドアを開けてくれたのはギョッとするような異形の影。

 ハロウィンのジャック・オーランタンを連想させるカボチャ頭の怪人だ。

 身体はワラと木の棒、四肢は手袋や古ぼけたブーツにズボンで出来ている。

 畑のカカシにカボチャをくっつけたら、こんな感じになるのだろう。


 人じゃないのか?

 しかし、突然の来訪に驚いたのは向こうも同様だったらしい。

 カボチャ頭はこちらを二度見して首を傾げる。



「ヤヤヤのヤ、ご主人様! 子ども達が訪ねてきたっスよ」

「何を言っているんだ? そんな事はありえない。お前、また俺に隠れて危険なハッパをキメているんじゃなかろうな? 檻の実験動物が逃げ出さぬよう気を抜くなと命じただろうに。いい加減にしないと、頭をスイカに付け替えるぞ?」



 小屋の奥から近づいてくるのは、渋めでどこか高貴さを感じさせる若い声。更にはどこからかバイオリンの演奏らしき音色も聞こえてくる。どうなってるんだ?

 優雅なBGMをともなって現れたのは銀髪の男性。

 銀色の前髪に一筋だけ黒が混じっている点がオシャレかつ印象的だ。そんな頭髪を肩まで伸ばし、耳はニンジンみたいに長く尖がっている。切れ長の青い瞳は、計り知れぬ知的な輝きに満ちあふれているようだ。身に着けている服は動物の毛皮を加工してものだが、粗野とか野蛮という単語とは無縁そうな気品ある顔立ちをしている。

 耳飾りはワシの羽を加工したものか? 

 宝石つきで、なぜか右耳にしか付けていない。


 銀髪で長い耳、美しい容姿って……それは伝承に聞くエルフの特徴なんだけど。

 人間よりもずっと優れた魔法を使い、木々や動物とも心を通わせ、長寿で千年以上も生きるという神様みたいな存在。ただの「おとぎ話」かと思っていたのに。

 思わず俺の口から本音がこぼれ出てしまう。



「あの、おにーさんはエルフですか?」

「……そんなことは、どうでもいい。人間たちが私をどう呼ぼうと、それは君達の勝手だからな。現状で大切なのは、私の素性よりも侵入者である君達が何者かだ。そうだろう? 違うのか? まずは素性を明かしたまえよ、君たち」



 腕を組み、正論でもってこちらを諭すエルフ。

 確かにその通りだ。


 俺たちは名前と、ここに来た経緯を語る。

 おっと、宝の地図については伏せとこう。念の為。



「なるほど。海賊に船を沈められた遭難者か。難儀なことだな。しかし、私には何も関係のない話。私は俗にいう世捨て人でね。人間なんて大嫌いだし、特に海賊は好かんのさ。これまで欲にまみれた多くの人間が この島を訪れ、悲惨な最期を迎えたものだ。これ以上は関わりたくない。帰ってくれ」

「ちょ、そうはいかないんだよ!」

「そうですよ。こっちは名乗ったのだから、そっちの話も聞かせて下さいよ」

「まったくだ。筋が通らん。アンタはなぜ無人島でこんな暮らしが出来ている? この流れている音楽はなんだ? 蓄音機か? どこからそんな物を手に入れた?」



 ハカセとゲンジが間髪入れず畳みかける。ナイスだぜ。

 背を向けそうになっていたエルフは、俺たちの抗議を受けて振り返る。



「うん? 気になるのかい? この音楽が?」

「えっ、ええ」

「よくぞ聞いてくれた!! この蓄音機はね、私が自分で作った物なのだよ! この小屋も、そこの召使も! 全て、私の設計だ」

「えー? それってホントのホント?」

「本当だとも! この大天才『ネモ教授』には造作もないことだ。何といっても、私は魔導工学の専門家にして、バイオメカニクスと遺伝子研究の権威でもあるのだからな!」

「えっと……なにそれ?」

「おっと、そうか。君達にも判るように言えば、からくり機械や、魔術の類はもちろん、生命を創造する錬金術すらも私の専門だという話だ。褒め称えても良いのだよ? それだけの価値は間違いなくあるのだから!」



 ハカセが相手には聞こえぬよう、そっと耳打ちしてくる。



「マズイですね。人間嫌いのくせに、承認欲求はやたら強いタイプですよ」

「矛盾してるよな。これだから大人って奴は」



 ほめるのは大嫌いだけど、誰かにほめられたい人なのかな?



「何か言ったかね?」

「いえ、素晴らしい仕事だと。感動に打ち震えていました」

「うむ、そうだろう! そうだろう! ワハハハハハ」

「ご主人様、みっともないっスよ?」



 とうとう召使いのカボチャにまで たしなめられる始末。

 ネモ教授、何だか突然スイッチが入って 熱に浮かされたみたいな様子だけど。

 これって考えようによってはチャンスなんじゃないの?



「あの、それほどの天才なら、もしや ご存知ではありませんか? コカトリスの毒にやられた被害者を救う方法とか」

「コカトリス? それは厄介だな。あれは毒と呪いの複合効果で確実に獲物をしとめにくるからな。やがては石のように体が硬くなり、死に至る。呪いと毒、両方に効果のある薬草を調合してやらないと」

「やれますか? 天才なら」

「ふーん、それが君たちの目的か。安い挑発だな……」



 しまった、あまりにも見え透いた誘いだったか?

 ネモ教授は俺を値踏みするかのようにジロジロと観察してから口を開く。



「タダじゃ嫌だね。天才は、無料では動かない」

「お金を払えと?」

「金貨なんて無人島じゃ何の価値もありはしない。例えば、君の腰に下げている短剣。なかなかのワザモノと見たが、それなんかどうだい? 毒におかされた仲間を救う為に、相応の犠牲を支払う覚悟はあるかね?」



 うっ、ヒヨコカリバーJrのことか!

 これは父さんからもらった大切な品。

 これまで数多の冒険を共にしてきて、思い出も刀身にたっぷり詰まっている。

 それが他人の手に渡るなんて……腰からこの重みがなくなるなんて。

 そんなの考えられない。


 で、でも、そのせいでアンリが死んでしまったら?

 俺の人生から永遠にアンリが姿を消してしまうなんて。

 考えるんだ。もし父さんだったら、この場面でどうするのか。



「……わかった。それでアンリを助けられるのなら」

「よし、悪くない。いや、今のは君たちを試してみただけさ。私に武器など不必要。その剣は大事にしまっておきたまえ。なんなら刃物を抜いて私を脅す選択肢もあっただろうに、少なくとも君たちの人柄は評価できるね」


「仲良きことは美しきかな。こんな無人島じゃ、なかなか見れる物じゃないっスよ? 世捨て人のご主人様!」



 カボチャの召使がハンカチを取り出して涙をふく真似をしている。

 操り人形の一種なのだろうけど、よく出来てんなぁ。


 しかも複数体いるらしく、別のカボチャが小屋の入り口から入ってきたぞ。

 何だか妙に急いでいる様子だ。こっちも取り込み中なんだけど?



「大変っス。森の中を見たこともない怪物がウロウロしていますよ。何かを探しているみたいで、あの感じだといずれこっちにやってくるかも!」



 思わぬ報告にハカセとゲンジが顔を見合わせる



「それってもしかして……」

「怪物海賊団かもしれませんね」


「海賊団? 狙われる心当たりがあるのか。どうやら君たちを追ってきた刺客のようだね。やはり よそ者はいつも迷惑を運んでくるな。ワザワザ関わり合いになるものじゃない。私の平穏な生活が滅茶苦茶にされる」



 ネモ教授がため息をつく。



「そ、そんな! 海賊なんて大したことありませんよ。僕たちだって戦えます」

「そうは思えんがね。見た所、君たちはまだ子どもじゃないか」



 しつこいぞ、海賊団の奴ら! 島内まで追いかけてくるなよ!

 うう、せっかく良い感じだったのに。台無しじゃないか。


 しかし、腐ってばかりもいられない。

 教授の言うように怪物が俺たちを追いかけてきたのだとしたら、これ以上の迷惑はかけられないだろう。そう、誰にも迷惑はかけられないんだ。


 ネモ教授にも、ゲンジやハカセにも。

 俺が海賊に歯向かったせいで、奴らの仲間になることをこばんだせいで……アンリを傷つける最悪の結末を迎えてしまった。これ以上、俺の都合で大切な友達を危険にさらすわけにはいかない。俺は皆のリーダーなのだから、俺が何とかしないと!



「わかりました。森の怪物は俺が何とかしてみせます。教授の『へーおんな生活』を乱すような狼藉はさせません。だからコカトリスの件、本当にお願いしますよ」

「おい、無茶を言うなよ、君。いや、ちょっと待ちたまえって!!」

「平気です。俺は、俺たちは、秩序と平和を愛する精霊まほー使いなんだから」


「オーシン、せめて作戦を立てましょう。皆で力を合わせないと」

「オーシン殿、慌てる『何とやら』は貰いが少ないというぞ」


「ゴメン、みんな」



 頭を軽く下げると、俺はカボチャ頭を押しのけて小屋の外へと飛び出す。

 誰の同意も得ず、たった一人で。

 ゴメン、もう冷静になんかなれないよ。

 アンリが、アンリが今にも死にそうなんだ。

 憎たらしい海賊団と、意固地に我を貫いた俺のせいで!

 ああっ、もう気が狂いそうだ!


 ガムシャラに来た道を引き返すと、確かに森の中から騒音が聞こえてくる。

 ベキベキと生木がへし折られる音。

 ズシンズシンと大地を踏みしめる足音。衝撃でジュータンみたいに敷き詰められた落ち葉が舞い上がってるじゃないか。


 デカいぞ。いったいどんな相手なんだ?

 俺の脳裏に、かつて生物の授業でマーカス先生から習った知識が蘇る。


―― そもそも、モンスターとは、いったいどんな連中なのか?

―― 学者たちの意見は様々です。異界から召喚された化け物とも、錬金術師が作り出した実験体とも、おごれる人類に警鐘を鳴らすべく大自然が送り込んできた刺客とも(オホン、つまり自然発生ってことですよ)言われています。実際は種族によって真相は異なり、一概には言えないのですが。


―― ならば、どうしてモンスターという総称が存在するのか? どういったククリで、奴らはそう呼ばれているのか?

―― 簡単です。一目みてヤバいと感じる連中。第一印象が『倒さなければコチラが殺される』であろう、狂暴極まりないヤカラ。

―― 人に本能的な恐怖を抱かせる存在、そんな奴らを我々はモンスターと呼ぶのです。そいつ等と出くわした時、話せばわかるなんて甘い考えは捨てた方がいい。情けは人の為にあるもの、モンスターには通じません。

―― よく観察して弱点を探し、撃退方法を考えるのです。無敵のモンスターなんて存在しえない。怪物はしょせん人の手で倒される物なのだと教えてやりなさい。


 今こそ、先生の教えを活かす時! 多分ね!




「オーシンとやら~、どこだ、どこに居る~?」



 出たな、モンスターめ! 

 樹木をなぎ倒しながら人の名前を気安く呼びやがって!



「オーシンはここにいるぞ。そういう貴様は何者だ」

「ガーッハッハッハッ。居たか、小僧! このタンキ様が手柄の一番手じゃて」

「タンキ? 俺が言うのも何だが、気が短いのは直した方がいいぞ?」

「ば、馬鹿者! 仁丹の丹にカメで丹亀と読むのだ。聞いて驚け、怪物海賊団パンデモニアムには世界中の幻獣が集まっておるのだ」



 へぇー、そうですか。聞いたことのない幻獣だな?

 どうやら外国産の珍獣って所か。


 敵はリクガメの一種らしく、サイズは牛ほどもある。オイオイ、亀としては破格のデカさじゃないか。一歩踏み出すたびに大地が揺れているようだ。

 額からはえた角を振り回しながら、鼻息も荒くタンキはわめき散らす。

 


「貴様を見つけるよう、ライガ様のご命令じゃ。悪く思うな、マストの決闘で恥をかかせた貴様がイケナイのだよ!」

「約束を守らなかった恥知らずのくせに、よく言うぜ。プライドや美学の欠けた悪党なんて格好悪いだけだ、バカヤローめ! 全員やっつけてやる。仲間の安全はこの俺が守る!」

「へっ、言わせておけば。小僧め、格好つけるのはコレを受けてからにしな」



 ゲゲッ!?

 タンキが前足で地面を踏みしめると、落ち葉の塊がフワリと浮き上がったぞ。

 まるで「まほー」じゃないか。この亀、術が使えるのかよ?


 空中で一度静止した落ち葉の球体は、猛スピードでこちらめがけて飛んでくる。

 落ち葉でコーティングされた団子。どうやらその中身は土の塊みたいだ。


 最初の土団子は地面を転がりながら「回避行動ローリング」でどうにかかわす。しかし、第二、第三の土塊が絶え間なく浮き上がるのはちょっと困るんだけど。

 キリがないぜ、これじゃあ!


 バラのツルで樹上に逃れても、飛び道具相手じゃ叩き落されるのがオチか。

 ならば、こっちだ。俺は短剣を抜き、真紅のオーラをまとわせる。



『ハッハー、出番ですな! 今宵のヒヨコカリバーは血に飢えておりますぞ。なんせ、危うく相棒に見捨てられる所だったのでね』

「悪かったよ……それより頼むぜ。切れ味はギガ・マックスでいくぞ」

『合点ですとも』


「何を一人でブツブツと。さっさと潰れてしまえ」



 どしん!

 足踏みに呼応して、またも回転しながら土塊が飛来する。

 俺は大上段に振りかぶったヒヨコカリバーでそれを迎え撃つ。


 うぉりゃ ――!!

 見事に真っ二つとなった土塊が背後へと消えていく。

 フゥ ――ッ! どんなもんだい、剣士最高!


 さあさあ、このまま亀の首を頂戴だ。

 ひとつ切ってはアンリの為、覚悟しやがれ。

 しかし、切っ先を向けてもタンキは動じない。



「ほーう、大した切れ味よのう。ならばワシは鎧をまとうまで」



 今度は地面から木の葉と砂が舞い上がり、タンキを包み込んだぞ?

 あっという間に枯れ葉と土が亀の鎧になったじゃないの。

 亀なら首を引っ込めて、自前の甲羅を使えってんだ。


 だが、その鎧は岩盤のように固い。

 前足に打ち込んだヒヨコカリバーの刃がガチンと弾かれてしまう。


 クソッ、それならひっくり返してやる。亀ならそれでオシマイだろう。

 枝でつついてタップリ遊んでやるから、覚悟しろよ!


 バラの小手にまほーをかけ、ツルを伸ばしてタンキの首へと巻き付ける。

 敵の側面へと回り込み、渾身の力で引っ張ってはみたが……。

 ぬ~~~ん!! くっ!

 流石に体格が違いすぎる。これじゃ無理か。

 タンキにも無謀さを笑われる始末だ。



「がはは、なんじゃ力比べか? なかなかパワーがあるのう。だが……ほれ」



 タンキが首を振り回すと、逆に敵の怪力で俺の方が投げ飛ばされる。

 これじゃまるで野球の凡フライだ。


 落ち葉がクッションとなり、地面に落ちてもケガはなかったのが不幸中の幸いだ。まずいぞ。このまま考えなしで戦っても、お手上げだ。


 ならば、戦術的撤退。

 俺は敵に背を向けて一目散に逃げだした。

 亀なら足は遅いにきまってるからな!



「はっはっはっ! もう降参かい、まったく他愛ないのう。だが、逃さん。爺の『わからせ』はこれからなんじゃ」



 背後をチラチラ確かめながら俺が走っていると、不意にタンキの体が地面へと沈みこんだ。あたかも水面へ沈む亀のように。

 いったい何事? ここは陸だぞ?

 すると、落ち葉のジュータンが盛り上がり、そのまま大地のコブがこっちに迫ってくる。背後からひかれそうになって俺が慌ててコブをよけると、敵はこっちの前面に回り込んだのち、地面から飛び出してきやがった。こちらの逃げ道を塞ぐ格好だ。



「みたか! タンキ様は大地の精気をたっぷり吸った亀なのだ。地脈を泳いでの高速移動なんぞ お手の物よ。亀がノロマとは限らなーい」

「あわわ、逃げられもしないなんて! もう駄目だぁ」

「うん?」

「ひえええ! お助けぇ~~! 海賊様! どうか、ご勘弁を」



 俺は腰を抜かしたフリをして、みっもなく命乞いしながら後ずさりする。

 案の定、タンキは大笑いしながらこっちを踏みつぶそうと向かってくるぞ。


 バ―――カ。バカ亀、かかったな!

 この森にはなぁ、俺たちが仕掛けた狩猟用の罠が沢山あるんだよ。

 頭上の枝には、アンリからもらった目印のリボンが結んである。

 その下だ。罠は、そこにある!


 タンキの前足が、仕掛けられたロープの輪にひっかかる。

 落ち葉で隠してあるから、まず気付くまい。

 そのロープは少し離れた地面の杭へと伸びていく。地面の杭には簡素なフックがかけられており、ちょっとした衝撃で嚙み合ったフックが外れる仕組みとなっている。そのフックが外れるとどうなるかって?


 頭上に目を向ければ、強く引かれた枝がよく身を「しならせて」おり、溜め込んだエネルギーの解放を今か今かと待っているという寸法さ。固定フックが外れ、それが解放されれば、枝が戻ろうとする猛烈な勢い(タガが外れたという表現がピッタリ)によってフックごとロープの輪も引き上げられる。


 これこそ、くくり罠。


 工作員スパイが引っかかって逆さづりになるのは、よくある話だよな?

 しならせる木の材質や太さ次第でイノシシだって宙づりに出来るんだ。



「なっ、なんじゃ ――!!?」



 とはいえ、さすがに大亀を宙づりにするのは無理があったな。

 でも、片足を持ち上げられたタンキはバランスを崩してケンケンしている。

 押せば今にも倒れそうだ。

 これなら!!


 俺は意を決して、無防備なタンキの腹にタックルでぶつかっていく。

 どっし~ん!! 最後の一押しが大亀の天地を逆転させる。


 くくり罠のロープはタンキが倒れた重みと勢いで外れてしまった。

 でも、お陰でタンキをひっくり返すことに成功したぞ。



「お、おのれ~! くっ! ころ! ええい!」



 本来なら亀をひっくり返しても、(時間さえかければ)自力で起き上がれるそうだけど。タンキの奴は、頭に血が上っているせいか、それもままならない様子だ。

 おいおい、そんなにカッカするなよ?

 短気は損気と昔から言うからな!


 オーシン様の勝ちだ! また一歩、英雄に近づいたぜ。ガハハ!

 すると、勝ち誇る俺にヒヨコカリバーが物騒な行為をうながす。



『さぁ、怪物を退治した証拠に首をとるのです。英雄の権利ですぞ』

「えー、そこまでする? 本当に? やっぱり、しなきゃダメ?」

『いったい何をしに来たんです? まったく、お優しい方だ』


 悩む俺の背後で、ガサゴソと茂みをかきわける音が聞こえてくる。

 現れたのは仏頂面したリザードマン。副船長のライガだ。

 何しに来た? リベンジマッチか? 

 そっちがその気なら……当然、うけて立つぜ!

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