第6話 マストに登った剣士たち



 海賊船の帆柱によじ登った俺は、副船長のライガと対峙する。

 男の名誉をかけた決闘だって? やれやれ!


 張られた帆にわかりやすく海賊マークでも描かれていれば、こんな怪しい船に乗り込んだりしなかったし、リザードマンとの対決も避けられたのだが。

 ご生憎様、この海賊船は帆も船体も無地の黒とくる。普通の船とまったく見分けがつかない。そりゃー、獲物に忍び寄りコソっと奇襲をかけるんだから、海賊とわからぬ目立たない外見をしているに決まっているんだけどさ。過ぎたことを今更悔やんでも仕方ない。降りかかる火の粉は払わにゃーならぬ。

 そう! 大昔から決まっているのさ!


 それにしても帆柱にのぼる際は、ハシゴも何も無くてビックリしちまったよ。

 マストを登る前まで、少し時を巻き戻してもいいかな?

 俺ときたら、スットンキョウな声を上げて、対戦相手のライガに登り方を訊いているのだからどうにも格好がつかない。



「メインマストに登れってさ……これ、いったいどこから登るんだよ?」

「はーん、何にも知らないんだな? 帆柱が倒れないよう、ロープで船体の係留杭に固定してあるトカ。乗組員が登りやすいようロープが格子状に編んであるから、そこを縄ばしごがわりにして登るんだよ」

「へぇー、知らなかった」

「やれやれ。縄の格子をシュラウドと呼ぶから、この機会によーく覚えとくトカ」



 おやおや、本当だ。


 帆柱に結ばれたロープは網目状に編まれているな。どこかクモの巣を連想させるこの縄格子は公園の遊具みたいで子どもにも登りやすそうだ。斜めに張られて角度もそこそこだし。それでマスト上の見張り台まで登ったら、マストから突き出している横棒の部分……なんでも帆を垂らす為の棒でヤード(帆けた)とかいう名前らしいが、そこにおっかなびっくり進み出るわけだ。

 うっ、下は目もくらむような高さ! こ、こんな所で決闘なんか出来るのかよ? 船自体が荒波にあおられているせいで、マストも揺れ動いているぞ!?

 右に傾き、左に傾き、ギィギィと軋んだ音が鳴りやまない。



「俺たちにとっては『揺りかご』みたいなモンよ。心地よいリザ?」



 う、うるせぇ。ビビッてなんかいるもんか。

 しかし、ヤードというのは庭を意味するYARDと同じつづりスペルなのか。

 船乗りにとってこの不安定な足場も庭みたいなモンってコト?

 確かにライガの奴はこの高さでも平然としている。

 そんならよぉ、マシラのアダ名を持つ俺もビクビクしていられねぇぜ。

 海のトカゲに陸の猿が負けるものかよ!


 遥か眼下にはこちらを不安そうに見上げる仲間たちの小さな姿。

 特にアンリは両手を組んで祈りを捧げている。

 あの娘、毎週日曜には弟を連れて教会に行ってるからなぁ。

 心配するなって、俺なら大丈夫だから。神様はどうせ他の用事があるだろ。

 だから、俺が自分で何とかする! 仲間のぶんまで!

 精一杯虚勢を張って、揺れ動く細い帆けたに躍り出る。


 さぁ、ようやく対峙の場面に戻ってきたな。

 両者向かい合って、さぁ尋常に、いざ勝負。

 立会人は夜空のお月様だ。


 ヒョコカリバーを引き抜き、身構えてはみたものの……。

 足場が揺れるものだから立っているのもやっとの有様だ。それを見たライガはこちらを鼻で笑うじゃないか。



「へっぴり腰でザマァないトカ。そんな調子でライガ様の『渦潮三刀流』を受けきれるのかな?」



 ライガは腰に差した二本の曲刀を両手で構え、さらには尻尾の先をツルギの柄に巻き付けると背中の長剣までもを華麗に抜いて見せる。シャキーン。成程これぞ三刀流だな。教科書にのっていた東洋の仏像みたいだぜ。



「降参するか、甲板に落ちたら負け。海賊の決闘はシンプルで荒っぽいトカ。止めといた方が良いんじゃないトカァ? ちびっこ!」

「ヘン、こんなのどうってコトないもんね」



 相手は船の揺れに対応しきれていないコチラを甘く見ている。

 俺たちが「まほー学園」の生徒だと気付いていないんだな?

 それならばこの決闘、まだ勝機は充分にあるぜ。



「剣も未熟、船も素人、それでいったい何が出来る? おらおらぁ、やせ我慢してないでさっさと降参しちまいな」



 叫びながらライガが切りかかってくる。

 うるせー! こっちには、勇気とまほーが隠してあるんだ。

 奴の剣さばきは、マストの上でもまったく見劣りしない速さだ。

 縦横無尽にくりだされる高速の太刀筋は二刀だけでも厄介なのに、気を抜くと即座に尻尾の三刀目が予想外の角度から飛んでくる。

 そもそもトカゲの足ってのは人間よりもずっと指が長いし、垂直の壁にも張り付けるしで……すごく器用に出来ているんだ。ライガも素足で「帆けた」をつかみ、地上とかわらぬ安定感を実現させている様子。


 逆にこっちときたら防戦一方で下がり続けるしかない。ヒヨコカリバーで攻撃を受け止めただけでも両手が痺れ、突き落とされそうになる。剣士としても一流か? なんでこんな奴が海賊なんかやってるんだ?

 頬と二の腕を刀の切っ先がかすめた。焼けるような痛みが走り、血がにじむ。

 チッキショー、猫がネズミを弄ぶように、ワザと外して遊んでいやがる。

 順当に考えればまず勝ち目はないが。

 待てよ、まだまだ。こっちには情熱の精霊まほーがあるんだ。


 俺の小手に桃色のオーラが宿り、色づいたバラが天に向かってツルを伸ばす。

 ツルが絡むのは、ここより一本上の「帆けた」だ。

 帆の張り方には沢山種類があるんだけど、海賊船のマストは横帆。つまりは一本のメインマストからムカデの足みたいに何本も帆けたが横へ伸びている。

 帆けたから落ちたら負けかもしれないが、上に飛ぶのは反則じゃないよな?


 ライガが腰をひねって尻尾を振るい、横殴りの一撃を出した瞬間 ――。


 こっちはバラの「巻き上げ機ウインチ」を作動させ、会心の一撃をみごと空振りさせてやったぜ。行き掛けの駄賃に、ライガの肩を蹴ってバランスを崩してやる。これぞ、マシラの三角飛び! どんなもんだい!



「なっ、なにトカァ!?」



 ひとつ上の帆けたからぶら下がるこっちを、ライガは驚愕の表情で見上げている。チェッ、蹴られて落ちるほど不安定じゃないか。でも良いのかい? 上ばかりに気をとられていて。

 こっちは船に乗り込む寸前、他の物にも命を吹き込んであるんだぜ?


 俺は「まほー発動」の合図として、パチリと指を鳴らした。

 すると相手の死角となった甲板からライガ目掛けて白くヒラヒラした物が浮かび上がり、空中を飛びながら ゆっくりと間合いを狭めていく。

 よーし、タイミングもばっちり。


 乗船する直前、俺が命を吹き込んでおいたのはライガが被っていた幽霊シーツだ。


 「まほー」をかけるのに肝心なのは、俺があのシーツをまるで幽霊みたいだと認識している所なのさ。そう、大切なのはイメージ。物への思い入れや思い込み、ある種の認識が強ければ強いほど、俺の術は強い効果を発揮する。大切なのは俺が「そうだ」と感じていること。

 今回の「まほー」は……まあまあのかかり具合かな? 

 少なくとも幽霊としてシーツを飛び回らせることはできた。

 逆転の一手には、それで問題なくコト足りる。


 幽霊のシーツはふんわりとライガを包み、柔らかだが強じんなオカルトパワーで相手を拘束した。とつぜん視界を塞がれ、締め上げられたらリザードマンとてたまったものではないだろう。声にもならない悲鳴を発しながら、バランスを崩したライガは真っ逆さまにヤードから落ちていく。

 揺りかごで死ねるなら本望かな?


 でも、そのまま副船長を転落死なんてさせないぞ。

 だって死者は決闘の約束を果たしてくれないから。

 自由落下に任せていた幽霊シーツも、甲板直前でふわっと浮き上がる。

 包んだ中身も無事だ、落ちた果実みたいに潰れちゃいない。

 ちゃんと中でもがいているな?


 よーし、これで俺の勝ち!

 まともにやったらどうにもならない相手なんだから、多少のズルは見逃してくれるよな? しかし、船長のシシールはそう思わなかったようだ。



「今のは魔法か? お前たちは精霊魔法使いか!? 自然のコトワリを捻じ曲げる傲慢な輩め。ガキと甘く見ていたら、とんでもない脅威だ。障害、邪魔者、危険因子。うぬぬ、そうと判ればもはや野放しには出来ぬ。そいつらを捕まえろ」



 おいおい、話が違うんじゃありませんかね。

 世の中には「まほー使い」というだけで周囲から敵視されたり、差別されたりすることもある……そんな風に歴史の授業で習ったけど。

 その理由までは寝落ちしちゃったから覚えてないんだよな。世の中には精霊まほーを私欲で悪用する輩もいるせい……だっけ? 

 それとも強すぎる力は脅威になるからだっけ?


 いや、それどころじゃない。

 俺がマストから甲板に降りようともたついている内に、海賊たちは仲間に襲いかかろうとしているぞ。くそ、バラのツルは時々「詰まって動かなくなるジャムる」んだ。



「ちょいと! 海賊風情がロマナ帝国の魔法学園を、甘くみないで頂戴。平和を乱す脅威は……貴方たちの方でしょうが!」



 リリイの堪忍袋もどうやら限界らしい。

 次々と雷の投げ槍を生み出しては、襲い来る海賊たちを痺れさせていく。

 敵陣を駆け回るその勢いは疾風迅雷のごとし。

 ペットの巨大カエルが伸ばしてきた舌を華麗に避けると(電気のナイフを作り出し、舌を甲板に縫い留めていた)リリイは遂にシシールの前に立ちサンダースピアを生成する。バトンのようにスピアを一回転させると、リリイは叫ぶ。



「貴方を人質にここを脱出する。覚悟なさい!」

「ほう、良い作戦だな。健闘を祈るぞ、勇敢なお嬢さん」



 余裕しゃくしゃくな態度に舌打ちして、リリイがスピアを投げつける。

 どうだ? やったか?


 だが不思議なことに投げ槍はシシールに当たるや否や、虚空へ吸い込まれるかのごとくに消えてしまった。なんだありゃ!? 一瞬、シシールを覆う立体魔法陣が見えたような?

 シシールは失笑して服のホコリを払ってみせる。ううっ、憎たらしい。



「私に魔法は効かんよ。ロマナ帝国の魔法使いには、過去にも散々煮え湯を飲まされたからな。とっくに対策済みだ。将来は騎士団に入って我らと戦う気か? え? 学生さん?」



 げげげ!? 世の中に「まほー消去」なる術封じの結界があるそうだけど。

 アイツ、そこまで高尚な術の心得があるのか? ただの海賊じゃないのか?


 狼狽して後ずさるリリイに代わって、進み出たのはゲンジだ。



「しかし、相手を攻撃するだけが魔法の全てではありませんぞ、海賊のレディ」



 その度胸は舞台に立つ奇術師のごとし。いったい何をするつもりだ?

 両腕を顔の前で交差させると、ゲンジは拳を素早く左右に振り切った。

 開かれた拳には花粉のような物が握り込まれており、それが勢いよく周囲にふりまかれた格好だ。あたかも濃霧が垂れ込めたかのように、たちまち甲板上は白一色へと染められる。


 これは霧の幻術か! ナイスだ、ゲンジ!

 魔封じの効果か、シシールの周りにだけは霧が到達してないが、そんなのまったく関係ないね。視界不良なのは一緒さ。


 そこへ更にアンリの叫び声が畳みかける。



「こっちも準備できたよ。みんな、海に飛び込んで。誰にも邪魔はさせないから」



 叫び声の直後、強烈な衝撃が海賊船を襲う。

 地震のような激しい横揺れ。それは明らかに波によるものではない。


 アンリの「まほー」ならば、何をしているのかは察しがつく。

 他の皆もそうだろう。

 どうやら、バラの巻き上げ機も調子が戻ったようだ。

 ここで、俺もツルを伸ばしてようやく甲板に降り立った。


 激しい横揺れは続いている。海賊どもが狼狽えているのを尻目に、俺たちは次々と船の手すりを超え海へと飛び込んだ。島まで泳ぐのかって? いや、違うぜ。



「オーシン、コッチ! つかまって!」



 透明なイルカにまたがったアンリが、波に翻弄される俺へと救いの手を差し伸べる。そう、水を固めるアンリの「まほー」で巨大イルカを作り出したのさ。


 イルカが海賊船に頭突きを食らわせ、奴らの混乱を誘ったってワケだ。


 ナイスコンビネーション! 

 息の合った連携で俺たちは見事に窮地を脱したようだ。

 ハカセもちゃんと居るな? よし、全員生還。



「おのれ! 魔法使いども! これで済んだと思うなよ! あそこは所詮無人島。どこにも逃げ場などないのだからな! 貴様らを助ける者など誰もいない! どこからも助けなど来るものか。島に近づく者は皆殺しだ」



 夜の海に響くシシールの呪い。ジュソって奴ね。

 アッカンベーでもしてやりたい所だが、どうせ幻術の霧で見えやしないな。

 勝利宣言は次の機会までお待ちかねだ。


 しかし、ここで海賊の恨みをかった事が俺たちの無人島サバイバル生活に大きな変化をもたらすなんて、この時点だとまだ判っていなかったんだよなぁ。

 当然、奴らは島に乗り込んでくる。

 先のことまで考えられないようじゃ、まだまだ名リーダーは名乗れそうもないぜ。

 苦労が絶えないな、やれやれ。


 そして変化と言えば、隣で咳込むアンリの体調も。

 何が起きたか思い知らされるのは、島に戻ってからの事だった。 

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