第5話 その名は怪物海賊団



「おーい、ここだ! 助けてくれー!」



 俺は鉄鍋とオタマを頭上でガンガンぶつけながら、夜の浜辺を疾走していた。

 すぐ後ろではハカセが焚火から引き抜いた燃えさしをタイマツがわりに振り回している。ナイスだ、これなら遠くからでも見えるはずだ。

 なんで俺たちがそんな客引きみたいな真似をしているのかと言えば、沖合を一隻の船が通過していく最中だからさ。

 三日目の晩にして、ついに来た無人島脱出の大チャンスってわけだ。


 騒ぎの甲斐あって船の人たちはこっちに気付いてくれたみたい。

 船を止め、ボートサイズの小舟が浜に寄ってくる。


 しかし、小舟に乗っていたのは……。



「君達は遭難者かね? さぁ、乗りなさい。船長が話したいと言っているトカ、いないトカァ~。ケッケッケ」



 こちらに手招きしたのは……。

 頭からすっぽりベッドシーツをかぶった幽霊じゃないか。


 え、縁起でもない!

 まるでハロウィンのお化けみたいだ。

 目の部分に穴は開いているが、手の先までベッドシーツに包まれているので相手の性別や人種もさっぱり。

 あと、なんだその語尾? いるのか、いないのか、どっちなのよ?

 とてもウサン臭いが、遭難者に選り好みをしている余裕はない。

 単なる変装好きであることを祈りながら、俺たちは小舟に乗り込んだ。

 幽霊がオールを漕ぐ小舟。

 まるで冥府の川を渡すカロンみたいで、やっぱり縁起悪いぜ。

 少し用心しておいた方がいいかな……?


 ボートが船に近づくと、左舷の手すりからスルスルと縄梯子がおろされ、俺たちはそれを登って甲板へと上がる。



「どうも悪い予感がする。吾輩、この船に見覚えがあるような……」



 間近で船を見たさい、ゲンジがそう呟いていたのを覚えている。

 しかし、もう他に出来ることなんて残されていない。

 俺たちには甲板で待ち構える相手と対決する事しか道はないのだ。


 そして、船内には想像もつかない光景が広がっていた。

 なんだよ、これ? これなら幽霊船の方がマシなんじゃないのか!?

 至る所、化け物とガラの悪い荒くれ男ばかりだ。

 牛よりも大きい クソデカ蛙。尻尾が蛇の巨大鶏。カニの背中から人間の上半身が生えたカニ男。どれも本でしか見たことがないけど、外国に生息するモンスターじゃないのか? ロマナ帝国近辺のモンスターは、皇帝陛下に従属するか退治されたはずだぞ?


 化け物の群れに混じっている男たちも油断ならない。

 どいつもこいつもバンダナにシマシマシャツ姿のコワモテ揃いで、見せびらかすように刀をもてあそんでいる? これって、もしかして……もしかしなくても……。



「なによコレ、海賊船じゃない」



 俺の後ろに立つリリイがつぶやく。

 そうだよ! 俺たちの定期船が沈められた時、この化け物たちが暴れているのを見たじゃないか。


 逃げ道を塞ぐように幽霊の渡しが甲板に上がり、縄梯子を巻き上げてしまう。

 そして、シーツをバッと脱ぎ捨てたその姿は……。

 二足歩行のオオトカゲ。トカゲ人間のリザードマンだ!



「ようこそ、おチビちゃんたち。好きなだけゆっくりしていくリザトカァ」



 ゆっくりしていかないリザトカァでお願いしたいんですけど。

 リザードマンだからその語尾かよ! トカゲが、なめやがって!


 こいつトカゲでありながら頭にバンダナ、鱗だらけの肌に直接ベストを身に着けている。下半身はハーフパンツで伝統的な海賊スタイルだ。腰のベルトには二本の曲刀、背中には長剣をかついでいる。

 くそ! なんてこった! 

 救出に目がくらんで自分から海賊船に飛び込んでしまうなんて。

 しかも奴らの自己紹介はまだ終わっていない様子。

 そう、船長と呼ばれた奴がまだ残っている。



「騒ぐな、騒ぐな、野郎ども。小さな客人がおびえているじゃないか?」

「なんだよ、アンタ? どこの、どなた様?」

「私か? 小僧め、その無礼な口は私にきいたのか? うーふっふっふ、おおっと、これは失礼。そうであった、まずはこちらから名乗るのが礼儀だったな。この船では私こそが長らくルールブックなので忘れていたわ」



 ひときわ高い船室の上から手すりに肘をのせ、俺たちを見下ろす人影。

 頭上にかけられたランタンが左右に揺れ、明暗の中で姿が見え隠れする。

 ただ、その鋭い眼光だけは暗中でも光り続けていた。

 そのサイズは俺たちの身長をとやかく言えるほど長身ではない。

 揺れが収まり、照明が動きを止めたその瞬間、船長は名乗りをあげた。



「ならば聞け、我が名はシシール・ロイヤルボーン。世に聞こえし『怪物海賊団パンデモニアム』の船長さまよ! ようこそ、客人! この世の吹き溜まりへ!」

「え? 船長って、君が?」

「何か言いたい事があるようだな、小僧。しかし、気を付けた方がいいぞ。私の性別についてウカツな口を滑らせたら、お前は首をはねられるかもしれんぞ?」



 なぜに!?

 いや、だって、女海賊なんて珍しいじゃないか。

 そう、船長は俺とさして年齢の変わらない少女。

 年上だとしても、せいぜい二、三歳では?

 金色のスカルボーン印が刻印された海賊帽子を被り、左目には眼帯をしてはいるがどう見ても年端も行かぬ女の子なのだ。眼帯は子犬のワッペンというぶっとんだデザインだし、海賊帽子にはヒツジを連想させるクルンと湾曲した巻き角が付いている。(たぶん作り物だ。海賊の被り物にはよく角がついている)着衣は軍服を思わせる形状だが、なんだか子どもが気張って晴れ着を着せられているみたいに見える。袖にはフリルがついてるし。首にかかったひも状の武器は鞭のたぐいだろう。柄の部分を右手でもてあそんでいる。


 顔は人形のように彫が深く、見下した瞳は挑発的で、鼻は高い。

 ながーい まつ毛と縮れた感じの頭髪は驚きのピンク色。

 染めているのか? きっと宗教上の理由だな。

 もしくは事故でペンキを頭からかぶったのだろう。

 こんな事を思っていたせいか……。

 船長は俺の反応が お気に召さなかった様子だ。



「どうやら、このシシール様を、かなーり見くびっているようだな?」

「いやいや、まさかそんな」

「……まぁいい。海賊の掟は『逆らう者だけ殺せ』だ。そちらが従順であれば乱暴な真似などせんよ。ケツで唐辛子を食いたくなければ、衰弱した子猫のように大人しくしていることだ」

「へ、へぇ、にゃにゃーん。僕たちに何か御用で?」

「モチロンだ。遭難者よ、貴様らはあの島で暮らしていたのだろう? 情報が欲しい。何か珍しい物を見ていないのか? 変わったことは起きなかったか?」



 俺の頭をよぎったのは、初日に見つけた「宝の地図」のこと。

 まさか、こいつ等もアレを狙って?

 俺の戸惑いを見抜いたかのように、シシールは畳みかけてくる。



「おっ、黙ったな? どうした小僧? 我々に隠すような何かを知っているのか? それは何だ? もしかして、キャプテン・バルバードのお宝についてかぁ!?」

「し、知らないよ、別に。まったくもって、これっぽっちも、俺たちは あの島で宝探しなんかしてないって。いや、ホントに」

「ハーッハッハッハッ! 嘘が下手でちゅねぇ~ボク。我々もキャプテンが残した日誌の記述をもとに宝を探し求めているのだよ。独り占めはナシだぞ? ガキのくせに図々しい。そうかそうか、あの島にあったか! とうとう見つけたぞ」

「知らないって言ってるだろ?」

「隠し立てなんぞせぬ方が身の為なんだがな? 邪魔する者は容赦せぬ。つい先日もミステラ諸島に近づく定期船を沈めてやったくらいだからな」

「あ、あの船を沈めたのはやっぱりお前らか。何てことを!」

「んん? 貴様らもあの定期船に乗っていたのか? はっはっはっ、こりゃ傑作だ。それで遭難したということか。我々が原因でぇ~? これは申し訳ない。食料補給もかねていたのだ。なんせ我々は大ぐらいでね」



 船長が片手をあげると、それが合図となったのか海賊たちが一斉に笑い出す。

 気色悪いぜ、ここじゃ笑うのにも船長の許可がいるのか?



「笑うな! 人が死んでいるかもしれないんだぞ」

「そりゃそうよ。死んでいるだろうさ。大海原は弱者に厳しい場所なのだから。しかし、よーく考えてみろよ。我々に従順でさえあれば、お前ら全員を人里まで送り届けてやらんでもないのだぞ? お前の安い正義感だけで物事を決めて良いのか? 仲間はどうなるのだ? 意地を張るより、ゴマでもすった方がお得だぞ」



 そこで俺は初めて自分がリーダーであることを思い出す。

 俺たちの周りでは部下の海賊どもや、モンスターたちが船長の号令を待ち構えているんだ。シシールが一声かければ、奴らは「待ってました」とばかりに襲いかかってくるだろう。

 そうだ、俺一人の気持ちでみんなを危険にさらすわけには……。

 仲間を顧みる俺の表情で全てを悟ったのか、アンリが即座に眉をつりあげながら叫んだ。彼女だって島を脱出したがっていたのに。



「オーシン、アンタは皆に選ばれたリーダー。それを忘れないで」



 ありがとう、アンリ。

 そうだ、ここで決定権を放棄するようでは逆にリーダー失格じゃないか。

 少し脅されたからって、弱気になってどうする!

 俺は腹をくくってシシールを睨み返す。



「俺たちは海賊なんかに屈しない。甘く見るなよ、船長」

「これは! これはこれは! 素敵じゃないか! 勇敢だ! カッコいい! 後ろの彼女が信頼するのもわかるよ。美しい絆だ……そして海賊は、そんなお宝を見ると横から略奪してやりたくなるのさ!」



 な、なんだ? シシールがペロリと唇をなめて、こちらを睨みつけている。

 さっきまでとはまるで違う目つきだ。

 シシールは両腕を大きく広げてジェスチャーを交えながら更に言う。

 開いた胸元を見せるなよ、ちゃんと襟を正せ。



「断言しよう、君は良い海の男になれる。海賊向きだ。海のロマンが待っているぞ? どうだい? 我々の仲間にならないかね? それは家族よりも強い絆だよ」

「誰が! ふざけんな!」

「浪漫が好きなんだろう? 顔にかいてあるぞ? 私と冒険してみないか。なんなら恋のロマンスもオマケにつけてやるぞ」(海賊どもブーイング)

「くどい! そんなモン、間に合っていらぁ」

「よくぞ、言った。それでこそ私の見込んだ男よ。ならば戦いだ。暴力の強奪こそ海賊の華よ……とはいえ、数人のガキ相手に全員でかかるのも大人げないな? おい、副船長。このガキに船のルールを教育してやんな、タップリとな」


「出番ですね。いつお呼びがかかるか待ちわびていた所トカァ」


「何をする気だ?」

「海賊流の決闘だトカ。マストに上がれ。もし負けたら相手の命令を何でも一つ聞かなければいけないんだ。お前にやる勇気があるトカァ?」

「面白れぇ。俺が勝ったらよな」

「ヒヒヒ、良い度胸だ。俺が勝ったら、お前も海賊になれ。宝について知ってることを全部教えてもらおう。小僧、貴様の名は?」

「オーシン! オーシン・ローズチャイルドだ。忘れんなよ、そっちは?」

「俺様はライガ。怪物海賊団パンデモニアムの副船長、渦潮のライガ。明日からは、お前の上司になる男ってワケだ」

「そうはいくかい! ライガか、覚えたぞ」

「では尋常に勝負といこう、オーシン」



 仲間の為にも、この勝負……負けるわけにはいかない!




【 オマケ3 精霊まほー使いでもきっと必要な助けを求める手段 】


 さて今回は貴方が遭難時に救いの船やヘリがあらわれた時、どのような行動をとるのがベストかを考えていきたいと思います。貴方の行動しだいでは、船やヘリは遭難者に気付くことなく、行ってしまうかもしれません(特に偶然通りかかっただけの船なら尚更です)

 ではまず問題。貴方が無人島の浜辺で助けを求めて沖合を眺めていると、運よく船が通りかかったとしましょう。そこで貴方が咄嗟にとるべき行動とは?


A 大声で叫ぶ

B 服を脱いでふりまわす

C 急いで火を起こす


 さてさて、どれが正解でしょうか?

 まずAの大声で叫ぶ。咄嗟にとる行動として一番ありそうに思えますが、これはあまり賢明な行動とはいえないでしょう。海上は風が強く、また船までの距離も相当なものでしょうから人の声などかき消されてしまう可能性が高いはず。

 セーラー服の由来が水兵の制服であることはご存知ですね? 有名なトリビアですが、ではあの異様に大きな襟はなんの為の物か知っていますか? 一説によると、エリマキトカゲのように襟を耳の後ろに立て、仲間の声を聞き取る為と言われているのです。同じ船の中に居ても海風が強くて声が聞き取りにくいのですから……遠くの浜辺から悲鳴なんて届くわけもなく。

 ではCの火を起こすはどうか? これは条件次第と言えるでしょう。

 確かに火を起こせば狼煙がわりになって遠くからでも見えます。

(余談ですが、焚火を横に三つ並べて三本の煙を上げれば、それだけで救難信号SOSのサインとなるそうです)

 けれど、貴方の手元にライターやマッチはあるでしょうか? 薪は?

 先のオマケでも触れたように、文明の力を借りずに火を起こすのは大変なこと。船が見えてから準備を始めても間に合う可能性は低いかもしれません。

 そうこうしている間に船は遠くへ行ってしまうかもしれませんね。


 咄嗟にとる行動としてはB一択かと。

 動きがあれば人の注意を引きやすいはず。脱いだ服を旗がわりにして頭上でぶんぶんと振り回すのが「比較的マシ」な行為と言えるでしょう。

 助けを求めているとアピールしなければ、島民に勘違いされてしまうかも。


 ……マシ? 何だか歯に物が引っかかったような解説ですね、すいません。

 ふぅん、Bが正解ということか。はい、メデタシメデタシ。

 これで終わってしまうとレスキューの専門家から怒られてしまいそうなので、もう少しだけ考えてみましょう。


 「火を起こす」の項目でも述べましたが、ノロシの方が旗より目立つのは言うまでもないこと。咄嗟に火を起こすのが難しいなら、事前に準備をしておけば良いのですから……。ちゃんと備えることが出来るのなら正解はCなのです。

 備え? そう遭難とレスキューにおいて肝心なのはそこ。

 真のテーマはそっちなのです。


 D 流木などを浜辺や斜面に並べてSOSの文字を作っておく


 例えばこんな感じですね。

 これは船のみならず、ヘリからの救助に対しても有効です。

 もしも手元に懐中電灯があるなら、それで合図を送ってみるのも良いでしょう。光は時に数キロの距離でも届くケースがあるのだとか。試してみれば思わぬ成果をあげるかもしれません。

 モールスでSOSの送り方、ご存知ですか? 

 モールスなら光信号でも送れますよね。

 トントントン(短い明滅を三回)ツーツーツー(長いの)トントントン(同)

 S・O・S!


 ただ、もっと前から備えられますよね?

 オーシン達のように船が沈んでしまうという予想外のアクシデントに巻き込まれたのならともかく、登山やハイキング最中の遭難であればもう少し時を巻き戻して「備える」必要があるでしょう。


 E 救助連絡用の無線や携帯電話を用意しておく


 最近は携帯の性能が向上し、人里離れた山奥でも使えるようになってきました。(電波の届かない所でもGPS機能は使えます)また昔ながらの情報伝達手段として無線機も有用でしょう。アマチュア無線が流行っていた頃には「レスキュー要請の緊急無線が広い範囲でキャッチされる」という事例が多数あったそうです。

 いったい何時代の話をしているんだお前は! という令和生まれの方には登山者専用の携帯アプリをお勧めしておくべきでしょうか。他のアプリ利用者と登山道ですれ違うたびに位置情報が記録される優れものがあると聞きます。

 これでどのルートを通ってきたか正確な記録が残せるぞ、やったね!

 ただ、山における遭難の多くは地理不案内(事前の調査不足)から来るそうです。最新機器に頼みを置くばかりではなく、山を甘く見ずに準備をしっかりしておくことこそが、身を守る最善の答えと言えるのかもしれませんね。役所(警察)に登山届(登山計画書)の提出は忘れずにしっかりと。やはり義務付けられているのには理由があるので。


F そもそも遭難しないように万全の事前準備・ルートの下調べしておく


 木を集めてSOSの文字を作ることよりも、ライターなしで火を起こす事よりも、確実で効果的。かつ簡単な対策。サバイバルに必要な知識とは何なのかを考えさせてくれる優れたオマケなのでした(自画自賛)

 最も大切なのは、常に先を見越し、ピンチに備えておくこと。

 その一点は、異世界でも現実でも同じなのです。


 つづくッ!


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