第19話 俺たちの無人島フェスティバル 後編
何はともあれゲンジの奇術ショーは大成功で幕を閉じた。それというのもシシールがアシスタントの誘いを断らずステージに上がってくれたからだ。
俺とアンリはそのお礼もかねてシシールに昼食をおごる事を決めた。
以前、アンリの作った干し肉をかじり塩のマエストロと褒め称えたシシールだ。
やはり料理への期待度も大違いだ。
「おおっ、せっかくの祭りにライガの鍋料理ではいつもと変わらぬ。面白味に欠けると感じていた所よ。何をおごってくれるのかな? ちびっ子ども」
「ええ、一風変わったゲテモノ焼きを」
「げ、ゲテモノぉ?」
あんまりな料理名にシシールは眉をひそめる。
本来、ジパングのお祭りでは浴衣なる正装をまとい、色んな屋台を回りながら「タコ焼き」を頬張るのが習わしだという。でも船長の好物は高級なカニだと言うし、俺たちがタコ焼きの代わりに考案した料理があるんだ。それがゲテモノ焼き。
「待てい! それは理屈がおかしいだろう? タコ焼きの中身がカニ焼きへとすり替わるのならまだ筋が通っているが、なぜにゲテモノになってしまうのだ?」
「タラバカニは島の近海で捕れません。なので甲殻類のピンチヒッターを」
にこやかに説明しながら、アンリは舟皿にのったゲテモノ焼きを押し付けた。
狼狽するシシールなどそう見られるものではない。
「それは、ちゃんと食べられる物なんだろうな?」
「ええ、モチロン。毒見もしましたから、オーシンが」
「割合イケたよ。騙されたと思って、食べてみてよ」
「うぅ、船乗りにとって与えられた食料を破棄するのは、許されざる大罪なのだ」
恐々と楊枝を突き刺し(匂いをかいでから)シシールはゲテモノ焼きを口へと運ぶ。
「ふーむ、確かに芳醇な甘味と風味はカニに近いな。柔らかいが繊維状の肉質で噛み締めると少し磯の香りがするぞ」
「でしょう? 殻のエキスをたっぷり注いでいますから。ホヤみたいな物です。食べる際は中の水を飲み干すのが決まり事なんですって」
「いったい何だ、ゲテモノの正体とは?」
「えへへ、なんとフジツボです」
「なに!? 船の側面や、岩場にくっついている、あの?」
「ええ、そのフジツボ」
「あれって食えたのか? 噴火口に潜むモンスターみたいな見た目だぞ」
「はい、知る人ぞ知る珍味なんです」
ナイフで岩や難波船にこびりついたフジツボをはがし、綺麗な真水に漬けておく。そうするとフジツボが中の砂や汚物を全部吐き出して臭みが消えるので、後は塩茹でしてからクチバシ(のように見える部分)をフォークで引っ張って中身を抜き取るだけ。サザエの身を殻から引き抜くのと同じ要領だ。フジツボの正体は甲殻類でカニに近い仲間だという。殻板の中身は大半が体液で、その汁をすすると驚くべきことにカニのエキスと同じ味がするんだ。
「ふーむ、ゲテモノとて馬鹿に出来ん。小粒ながら贅沢な味よ。成程、それが珍味か。何度も目にしておきながらこんな美味い物を見逃していたとは不覚だったな」
「実はフジツボって成長するまで何年もかかるので、シシールさん専用なんです、それ。大きい奴がなかなか居なくて。なので他のお客様は普通のタコ焼きで我慢してもらって」
「……そうか。しかし名前はもう少し考えた方が良いと思うぞ、ペットとか、子どもとかな」
意味深に口角を上げるとシシールはこう続けた。
「えーと、アンリだったか」
「はい?」
「おごってくれた礼だ。これをくれてやろう」
「これは? ハンドクリーム?」
「海賊のお手製だ、効果抜群」
「うわぁ、貝殻型のケースがお洒落ですねぇ。無人島だと手に入らないから困っていたんですよ。でも、どうしてアタシが入用だとわかったんです?」
「実はな、ハンドクリームの有無で人を選ぶような奴への当てつけでもある。まぁ、それはともかく、料理人なら手荒れにも気を使うべきだ。そうだろう?」
「??? よく判らないけど、ありがとうございます」
しょーがないジャン!
海賊のスカウトを断る口実、咄嗟にそれしか思いつかなかったんだから。
ぶーたれる俺を尻目に、高笑いしながらシシールは去っていった。
やれやれ、あのサッパリした性格は悪くないと思うんだけどね。
おっと、こうしてはいられない。
もうすぐ祭りの第二部、クイズ大会が始まるからな。
ステージの上には解答者の席が設けられ、そこには早押しボタンまでついている。ボタンを押すとピンポンが鳴って、アカンベェをしたお花が飛び出してくる仕掛けだ。うーん、凝ってる。あと、もしかしてネモ教授、意外と可愛い物すきなのか?
司会進行役は変わらずハカセ。こちらは意外と度胸があったようで、衆人環視の中でもまったく動じていないな。
「はい、それでは皆さん、これよりフェスティバルの第二部を始めます。クイズ部門は十問先取した人が優勝。頑張って下さいね」
正直、ネモ教授や客席のアラミザケは最近の時事ネタを問われてもチンプンカンプンではないかと思うんだけど……。
教授は自信満々でド真ん中の解答席に鎮座していらっしゃる。
「なぁーに、遠慮は要らないよ。こう見えても外界の情報を入手する伝手ぐらいはあるのさ。なんだったら、帝国で流行りのオペラ歌手を当ててみせようか?」
おおっ、すごい自信ですね?
「はっはっは、教授の肩書は伊達じゃないのだよ。なんだったら、君が一問でも正解を出したら負けを認めてあげるよ」
「よーし、約束しましたよ? 貴方には宝箱に仕込んだ耳飾りの件で借りがある。それを今ここで返してみせますよ」
ちなみに他の参加者はライガ、シシール、枯れ狐のナンバーナイン、そして俺。
あれ、なんかナイン君、小さくなってない?
『プラントモンスターは死なぬ。何度でも再生できるのだ。貴様らとの戦いで得た反省を活かし、アラミザケ様にコスパの良い体を作ってもらったのよ』
「す、すごいな。でもクイズの大会だぞ?」
『クイズ? それは何をする大会なのだ』
「ダメだこりゃ」
どうやら敵は三人らしい。
何とかネモ教授からは一本とってやりたいな。
いつも軽んじられているし。
同じくらい助けられてもいるから別に良いけどさ。
しかし、敵ながら尋常でなく答えるのが早いんだ。ハカセが問題文を読み終わる前には、もうネモ教授がボタンを押し答えている感じ。
「世界で一番カライとされる唐辛子……」
「キャロライナ・リーパー」
「皇帝ペンギンが卵を温めるのはオスorメ」
「オス、およそ六十日」
「ロマナ帝国で現在もっとも高い塔」
「エンジェル・ヘブン・タワー」
目にも止まらぬ早業とはこのことか。
こちらは全文をちゃんと聞いても判らないってのにさぁ。
意地になったシシールが速度だけは追いつこうとボタンを連打する。
ピピピピンポーン!
「はいシシールさん」
「オクトパスホールド!」
「残念、ハズレです」
「お嬢、問題が読まれる前に答えるのはどうかと思いますぜ」
スピードで追いつけても頭が追いつけない!
いや、それ以前か?
まったく勝機は無いように思えるが、実のところ俺には一つだけ勝算があった。
それは司会進行役がハカセだという点。
チラチラと俺に目配せをしながら、何かタイミングを計っているように見える。
ははーん、ピーンときたぜ。
クイズで定番のアレをやるつもりだな?
「では、次の問題です」
そこまで読み上げて、ハカセに一瞬の間があった。来るな、次か!
「いま何問目?」
これには意表を突かれてネモ教授も答えに詰まってしまった。
でも俺は違うよ。絶対にそうくると思って数えていたからな。
「九問目!」
「はい、正解」
どんなもんだい教授。
鹿爪らしい顔をして、世の中の全てが思い通りに行くと思ったら大間違いなのさ。
約束は覚えているな? 一問でも俺が取ったら勝ちで良いと。アラミザケも戦闘前に同じような事を口にしていたし、本当に似た物同士なんだから。
ネモ教授は苦虫を嚙み潰したような顔をしていたが、やがて客席のアラミザケへ顔を向けると言ったではないか。
「我々も自分が思うほどに完璧ではないということだ」
『彼等が我々の思うほど下等ではないのかも?』
「どっちもどっちか、はっ」
負け惜しみの割にはそこまで悔しそうでもない。
クイズ大会は何となく和やかな雰囲気の中で終了となった。
罰ゲームとか決めてなかったけど、教授も気さくに「負けたよ」と言ってくれたから良しとしようかな。アラミザケもシンパシーを感じていたようだし。
それよりも、いよいよ次は本番のダンス大会だ。
ルールは簡単。
参加チームの中で最も観客から「いいね票」をもらった奴が優勝。
投票券まで作ってる時間は無かったので挙手制度で評価を確認。
単純明快だ。
そしてシシールが参加者にいるせいか妙なくらい勝負にこだわり罰ゲームがある。
優勝した奴が、他の誰かに好きな罰ゲームをやらせられるんだと。
コレもうイジメじゃね?
まぁ別にいいもん、俺たちが勝てば問題ないんだからな。
飛び入りの海賊チーム、カボチャ頭チームも居たけど、そこまで客席は湧いていない。やはり、敵はシシールか。
当のシシールは情熱の真っ赤なドレスを身につけて登場だ。
裾は幾重にもなってフリフリが付いている。
口にはバラをくわえて、これはフラメンコ?
ライガがギターをかき鳴らし(なんて多芸なんだ、この人)配下の荒くれたちがカンテと呼ばれる手拍子を交えた歌を唱和している。ジャズやなんかのスキャットと呼ばれる歌みたいに、意味のないオノマトペを連呼しているようだがなかなか様になっているぞ。
タタタン♪ タタタン♪ タンタタン♪
手拍子に合わせてタップダンス顔負けの足さばきで、シシールが靴を打ち鳴らす。
スカートの裾を振り、妖艶な腰裁きと手の振り付けで見る物を釘付けにしてしまう。
言うだけあってシシールは巧みなダンサーだった。
しかも「もう誰もが知っているように」彼女は真面目なだけのダンサーではない。
彼女はスカートの裾を大きく持ち上げると叫んだ。
「アメノウズメが脱いだからこそ、祭りのテンションは最高潮に達した。それを無視する私ではないぞ。伝統を踏まえてやる。ジパングのな!」
だからそれは誤解だっていうのに、聞いちゃいねぇ。
シシールはバッとドレスを脱ぎ捨てると、サラシにフンドシ姿へと豹変。
乱入してきた大亀のタンキに飛び乗り、甲羅の背中に突き立てたポールをしかとつかむ、まさかと思いきや、彼女が披露したのは刺激の強いポールダンスであった。
大股開きすな。
この人もセンシティブにかけては多芸すぎる。
最後のトドメは投げキッス。
明らかにアラミザケを白けさせていたが、部下たちは大盛り上がりであった。
でも、人数だけなら海賊が大多数なんだから多数決で勝つのは無理じゃね?
ライガの忠臣や、アラミザケの洗脳から助けられた連中は俺に入れてくれるかもしれないけど。それでも勝てるかどうか。
悩んでいる暇はない。次は俺たちの出番だ。
『眠れる森の美女、実は三女、白馬のカレシ参上』
学園のダンス大会で準優勝したのが「白鳥の湖だYO!」
何とも二匹目のドジョウを狙ったタイトルだが、意味を理解出来る人間の方が会場内には少ないのではないだろうか。誰もが知る眠れる森の美女という物語をダンスで再現する。それもヒップホップを交えたモダンバレエで。
立ち上がりは静かにバレエを演じながら、姫と王子が出会う場面では突然ラップを用いてコミカルに。ラップとバレエの技を交互に出していき、姫を演じるアンリがバレエスピンを見せ、王子(似つかわしくないにも程があるけど)を演じる俺がいわゆるブレイクダンス(逆立ちして回転するアレだ)で異なる踊りの二重の回転を披露するのが最大の見せ場だ。……俺の方がキツイ気もするのは気のせいか?
ダブルタイフーンを見せつけた後、イバラに倒れ込むアンリを俺が抱きかかえキスを(フリだけだけど)するという独自の構成になっている。
ちなみにイバラの書き割りは、キャルにお願いして作成してもらった本物の植物だ。トゲが柔らかく無害。
そんな筋書きだったのだが、ステージに大亀が上って暴れたせいだろうか。
この舞台、屋根付きでキャットウォークまであるのが逆に災いし、今頃になって照明が外れ落ちてきた。予想外のアクシデントだったが、頭上でミシミシいう音と、アンリの「上!」という悲鳴が状況の全てを教えてくれた。
幸運にも、守るべきアンリは腕の中に居る。
俺は素早く小手からバラのツルを伸ばすと、上空のキャットウォークへと避難を完了させた。アクシデントだろうと構いやしない。俺たちはそのまま高所でキスを完遂する。
「実はバレエって本当にやるんだよ」
直前にアンリが呟いたが、俺は練習通りに頬へキスをした。
遠目には一緒だろ?
観客はヤンヤヤンヤの大騒ぎ。
特に衣装作りに協力してくれたリリイは涙を袖で拭っているように見える。
喜んでもらえたのなら良かったのだけれど、不安だ。
でも、実はそれで全演目が終わったわけじゃなくて。
最後に一組だけ飛び入りの参加者が居たんだ。
それがハカセ&キャルロットの親子ペア。
キャルロットは鉢植えの義足で移動の自由を得て、今度はダンスにも挑戦したいと考えていたんだ。そしてトマスと密かに練習を重ねていた。
踊るのは社交ダンス。足下が車輪なのでぎこちなさは多少あったけれど。
トマスが支柱となってパートナーの振り付けや回転をうまく表現する、よく考えられた構成だった。あれが大黒柱の頼りがいという奴なのだろうか。
地味だけど上手い。そんな印象。
そしてパートナーであるハカセが司会役なのだからトークもオマケでついてくる。
これぐらいは役得というものだろう。
「どうだった? 実際に踊ってみて?」
「すっごく緊張しました――。でも楽しかった。何かに挑戦するって良いものですね。私、初めてわかりました! 人間が何であんなに頑張って色々と挑戦できるのか。これから外の世界に行くの不安だったんですけれど、何だか自信がでてきましたよぉ!」
はい、カワイイ。
だけど単に可愛いだけじゃなくて、ある観客の心にもクリティカルヒットしたはずだから。感じたよな? 何かを?
そしていよいよ審査の時間だ。
海賊子分たちはこぞってシシールに挙手する。俺たちに恩のあるごく数人はコチラに票を入れてくれたが、やはり圧倒的優位は覆せない。
「ははは、それ見た事か、学生諸君。このシシールが勝った暁には、古の時代より海賊たちの間に伝わる罰ゲーム、ケツ唐辛子の刑を執行するからな」
「お嬢、それは無茶ぶりをどうかわすかの試験であって本当にやらせる物じゃないトカよ?」
「私だって昔、これでイジメられたんだ。構うものかよ」
ライガが止めた所で聞きやしない。困った人だね、本当にさ。
んで、どう無茶をかわすのが正解なんですかね?
口から食べたらいつかは肛門を通過するのでそれで勘弁してくれとか?
キャルに至っては「お尻に優しい唐辛子を作りましょうか?」などと言い出す始末。どうしたら良いんだ?
皆が困惑したその時だった。
それまで観客席で見守るだけであったアラミザケが突然立ち上がったではないか。
『待て、その集計ちょっと待て』
「?」
『投票する権利は会場に居るもの全てだな?』
「今頃何を? お前の一票で状況はかわるまいよ」
シシールに嘲られようと、アラミザケは引き下がらない。
『ならばこうだ。出でよ、我がシモベたち』
ケーンと鋭い声で鹿が鳴くと、地面からモグラがポコポコと顔を出してきたではないか。さらには上空より小鳥も無数舞い降りてくる。総数は海賊を上回るのでは?
「ちょ、ちょっと待て。それはズルい。結局カシラの意志一つで決まってしまうではないか。何が多数決だ」
『それはお前がやろうとした事だろうよ?』
うーん、正論。焦るシシールを黙らせて小動物たちに選ばせた結果。
なんと一位になったのはキャルロットであった。
シシールは茫然自失の有様だ。
「うぐぐ、ケツ唐辛子だと? 再び? 再びか?」
「おいたわしや、お嬢」
「誰も言っていないから脱がないでね」
「キャルが海賊さんの罰ゲームを決めるのですか? いったい何を?」
困惑するキャルに代わり、進み出たのはアンリだった。
「あの、それならアタシ思うんだけど、カタギになってもらうというのはどう?」
「なんだと!? 唐辛子より酷いぞ、我らのロマンを全否定か?」
「海賊のまま国を作ったら、帝国を敵に回すのは確実ですし。ロマンというものと現実のすり合わせは必要なんです、どうしても」
「うーむ、うぐぐぐ」
「お嬢、一理あるかもしれませんぜ」
ライガや部下たちもオズオズと賛成の意を表明する。
そこにダメ押しをしたのは意外にもアラミザケであった。
『我からも一つ提案があるのだが、海賊自治区を復活させたいというのなら、我と手を組まんか? シシールよ? 今度こそ、本当に』
「なに? なんでよ?」
『我の力で新鮮な野菜や果物はドンドン作れる。この辺りは定期船の航路もそう遠くないし、そばを通る船も多い。それを相手に商売をするのだ。略奪ではなく』
「……成程、悪くないかもしれん。船乗りが一番恐れるのは壊血病。栄養不足からくる病気だものな。港が遠いこの海域で買い足せるのなら大助かりだ」
『ならば決まりだ。為になる団体なら、帝国も目くじらは立てまいよ』
アラミザケ? いったいどうしたんだ?
『そう怪訝な顔をするな。お前らの計画通りだろうが。同族のおチビさんが島を出て旅立つというのに我が何もせずに済むものかよ』
そう言うとアラミザケはネモ教授に向き直った。
『マスター、我はこの地に根を張りました。ここで生きるとします。最後まで』
「私と行くよりは建設的だ。出来損ないと言った件は謝罪しよう、旧き神アラミザケよ!」
こうして俺たちの無人島フェスティバルは大団円を迎えた。
最後は飲めや歌えやのどんちゃん騒ぎで格式もクソもあったものじゃなかったけれど。それは最初から想定内。面白く楽しめるものならそれで良いのさ。
フェスティバルってそういう物だから。
日常からの解放、サバイバル生活から一時の解放。
それが出来たというのなら問題なしだ。
キャルロットの未来、海賊の夢、それぞれが大体のカタチになってきた様子。
あとは……残された問題は……俺とアンリの事だけか。
せめて何らかの答えを出さないと、このままじゃ帰れないぞ。
キャルやアラミザケも未来を選んだのだから、俺だって!
祭りが終わった翌日、俺とアンリは砂浜に居た。
肩を並べて座り、二人で海を眺めている。
砂浜と海原がどこまでも綺麗だ。
燃え尽き症候群という奴だろうか。俺たちは心地よい達成感に満たされながらも、胸にポッカリと穴が開いたみたいな気分だった。
「いやー、終わっちゃったね」
「でも楽しかったよね」
他愛のない会話をしながらも、俺たちはこれから何をすべきかお互い気付いていたのだと思う。キャルは言っていた。人が挑戦するのは未来を信じているからだと。
だから、俺も言わないとダメなんだ。未来を信じて。
「あのさ?」
「ん――?」
「アンリのお祖母ちゃんがやってる酒場の事なんっだけど」
「え――?」
「良かったら俺が手伝おうか?」
「……本気?」
「当たり前だろ、俺はずっとアンリと一緒に居たいから!」
とうとう言ってしまった。
地に足ついていない気分で、座っているのにフワフワ浮いているみたいだ。
こ、これはどうなってしまうんだ?
アンリは焦らすようにコチラをうかがいながら、小首を傾げる。
「でも、そうしたら海賊にはなれないし、冒険も出来ないかもよ?」
「知ってるくせに! シシール達が現実と折り合いをつけるなら、俺だって」
「……ごめん、嘘うそ」
「へ?」
「お祖母ちゃんの酒場ね。実は『冒険者の酒場』なの。近くに古代遺跡が沢山あって、訪れる客の大半が、常連さんか、旅人なのよ」
「そ、そーなの」
「だから暇な時は冒険に行けると思うよ、オーシンも」
「マジか」
「行ってみたくなった?」
「行ってみたい」
「じゃあ決まりね♪ 次の夏休みにでも挨拶に行こ」
後で知った事だが、アンリもまたリリイに忠告を受けていたらしい。
男はがんじがらめにしようとしても無理。少し緩めて自由も与えてやるものだと。
感謝しかない。
俺たちが約束を交わしたその時だった。
まるで何かの魔法が解けたかのように、沖合で大きな変化が起こった。
大型の船が通りかかったのだ。
ならばキスシーンは後回しだ。俺たちは自分の立場を思い出し、あらんかぎりの手段で船に救いを求めるのだった。
これで俺たちの無人島生活もオシマイ。
ネモ教授の言う「迎え」はとうとう俺たちは見ず仕舞いだった。エルフの言う「もうすぐ」なんて待つべきじゃないって事だね。彼はシシールやアラミザケの海賊自治区復興と商売に手を貸すつもりらしい。
それともある日、迎えが来てフッといなくなってしまうのかもしれないけどさ。
それぞれの未来が待っているのだから、そこまでは知らないね、チャオ!
俺たちはガキが出来る以上の事を立派にやり遂げたと思うよ。
さよならだ、無人島。
生存者の特権として、思い出の礼を言わせてもらうよ。
バイなら! お前は手強かったぜ。
【 ある者の父へ宛てた手紙 】
あの無人島から勇気ある一歩を踏み出してどれだけの時が過ぎたことでしょう。
もう十年になるのですか、早い物です。
精霊魔法学園の先生方に迎えられ、私もこの学び舎で沢山の事を学びました。
アラミン先輩があの島を選んだように、私はこの学園の中庭に根を下ろしました。
来たばかりの時はオドオドと怯えてばかりいた私が、今や学園一の賢者なんて物知り顔で名乗っているのはおかしな話ですね。
トマスパパが居てくれたらその座は譲らなかっただろうに、卒業してしまったのが残念至極です。リリイ先輩、アンリ先輩、ゲンジ先輩、オーシン先輩、皆も今頃はどうしているのでしょう。ゲンジさんは奇術団を率いて各国を巡業、リリイさんは先日盛大な結婚式をあげましたね。他の皆もきっと目的に向けて日々を邁進している事と思います。
とりとめのない内容になってしまいましたが、私が言いたい事は一つ。
私を植え、育て、畑から連れ出してくれて、本当にありがとうございます。
私は日々を感謝の中で生きています。
苦しい時も、辛い時も、挫折しそうな時も、色々とありました。
それでも私は先輩方の励ましを信じ、それがあったからこそ頑張り抜けたのです。
悔いはありません。何一つ。
どうやら「充実」の意味が判りかけてきたようです。
実りある人生をありがとう、パパ。大好きですよ!!
世界一幸せなニンジン、キャルロットより。
ロマナ帝国立 精霊まほー学園 マジサバ無人島漂流記 ~漂着した島が実は海賊の宝島ってマジですか?(実際に役立つ サバイバル講座 のオマケ付き) 一矢射的 @taitan2345
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