第18話 俺たちの無人島フェスティバル 前編
お祭りの日程が決まり、残された猶予期間が誰の目にも見える形でハッキリ示されると練習や準備にもいよいよ熱が入ってくるものだ。なんと、その日は休憩をはさみながら五時間もダンスの「マル秘大特訓」が行われた。
まったく、一日中クルクル回りっぱなし、コマじゃねーんだぞって!
アンリは叔母からモダンバレエを習っており、教え役としてはチョー優秀なのだけれど。生憎と教え子の方はズブの素人なもので、そうそう上手くはいかないわけだ。
目が回って、へたり込んでしまった俺に熱血教官のアンリは容赦なく檄を飛ばす。
「スピンで目が回るのは、首をうまく切れていないからよ、オーシン」
「首を? 切る? それはゾンビへの対処方法か何かで?」
「違うって。ターンやスピンの際に首を前へ前へと向け続けるのは、ダンスの基礎技術だから。それを俗に『首を切る』と言うの」
「そんなことしたら首の筋がねじれちゃうよ」
「回転にタイミングを合わせながら、無理なく機敏に首をひねって。ううん、チョイ待ち。言い方を逆にした方が解り易いか。ダンサーの視点を固定し続けると言うべきかもね。踊る際は常に前方の一点を見続けるよう意識して」
「ん――、それが出来れば目は回らないの?」
「出来る頃にはもう体が慣れてるから、平気よ」
「ひぇっ」
「あと綺麗に首が切れるとダンスの見栄えが全然違うから、必須スキルなのよ」
首を綺麗に切るとか、スキルとか、物騒なバトルの話にしか思えないよ。
「でも少し判ってきたかな。今まで俺は振り付け通りに踊る事だけを意識して、少しも周りが見えていなかった。だからちっとも動きが合わないんだ。もっと周りに目を向けないとな。意識を外に開く。バトルと一緒だ。何でも自分、自分じゃダメと」
「そうそう! 例えばほら、あそこにキャルロットが居るでしょう? アレを目印にしてみましょう。彼女から目を離さないようにスピンしてみて」
「へーい、本当だ。あんな所にキャルが……って、ええっ??」
俺達はあまり目立たぬよう、ネモ教授の小屋から少し離れた森の中で練習していたのに。裏庭の畑から一歩も動けぬキャルがそんな場所に居るはずがない。居るはずがないのだが。見間違いなどではなく、確かに彼女は木立の間に立っていた。
「あっ、ヤバッ! 見つかっちゃった!」
気まずそうに頭をかきながら、キャルは手短な木の後ろへと隠れた。
なんとまぁ、その動きの不自然なこと!
それは何とも「自然の理」に反した挙動で、宙に浮かぶ幽霊みたいにスーッと横へスライド移動したではないか。その間、両足を前後に激しく動かす事さえもなく。ようするに、歩いている風にはまったく見えなかった。
森の下生えで足下が覆い隠されていたが、大事な根っこはどうしたんだい?
キャル?
「練習のぞいてゴメンなさーい、またねー」
後ろ姿で叫びながらキャルロットは去っていった。
のぞき見なんてリリイで慣れっこだから別に良いけどさ。
彼女が如何にして畑の定位置を離脱したのかは気になる所だ。
俺とアンリはうなずき合うと、キャルを追いかけてみる事にした。
教授の畑に戻れば、そこではハカセが一人オロオロしていた。
キャルの居場所には小さな穴が開き、いつの間にやら彼女は不在だ。なんだか店先のマスコット人形が撤去された時のような寂しさを感じるな。
俺たちを目にするや否や、ハカセは口を開いた。
「あっ、オーシン、お帰りなさい。キャルを見なかったですか?」
「見た見た。彼女、ひとりで動いていたぞ」
「ええ、動けるようになったら、その途端に大はしゃぎで。どこかで転んでいないと良いのですが。お――い、キャル! どこにいるの? 戻っておいで!」
「はーい、ここでぇ――す。たっだいま――! パパ!」
小屋の後ろからスライド移動で飛び出してきたのは、話題のキャルロットだ。
気になる足下は畑の土壌を離れ、金属製の植木鉢に収まっていた。
それもただの植木鉢ではない、四輪タイヤ付きのいかした鉢植えだ。
どうしたのよ、それ?
俺の疑問に代わって答えをくれたのはハカセだった。
「ネモ教授にもらったんです。今の内からその足の扱いにも慣れておいた方が良いだろうって。自重をかけるとタイヤが沈んでソチラへ進むようになっているんですよ、スケボーみたいに」
「それ手作りか? なんて器用な人なんだろ」
「船頭のようにサオを使えば自在に動けるそうです。ただ、アラミザケみたいに根が大きく成長してしまうと鉢に収まらなくなるから、こんな自由を満喫できるのは子どもの内だけなんだとか」
「自由に動いて好きな事がやれるのは子どもだけ……俺達も他人事じゃないよなぁ」
「キャル的にはそれでも動けるなんて大感激です! いつもいつも気になっていたんですよ。あの森の向こうはどうなっているんだろう? 海というのは本当にショッパくて広いんだろうか? そして……そんな海の向こうには何があるんだろうって」
それまで興奮状態にあったキャルロット。そんな彼女の声が急にトーンダウンしたかと思えば、ジト目でこちらを一瞥してきたではないか。
「海の向こうには……パパ達の国があるんですよね? もうすぐ、皆そこへ帰ってしまうんですよね?」
ハッと息をのむと、トマスは娘の所へ駆け寄った。
「すいません、まだちゃんと話してなかったですね。この先のこと」
「キャルは、この島に置いていかれちゃうんですか?」
「まさか! 僕たちと一緒に行きましょう。その為にネモ教授は新しい足をくれたのですから。帝国には島と比べ物にならないほど沢山の人がいて、これから新しい出会いがいっぱい在りますからね」
「本当!? キャルも行ってよいのですか? そこへ?」
「ええ、大丈夫! 魔法学園の中庭には植物魔法のエキスパートであるボタニカ先生が居るんですよ。エルフの古代文明についても造詣が深いので、安心してキャルを紹介できます」
おお、そうか! ボタニカ先生なら俺たちの相談にのってくれるはずだ!
いつも被り物で耳を隠しているのは、あの先生自身が実はエルフだからだと噂されている程だもの。必ずや、コトの重大さを理解してくれるだろう。
古代文明の生き残りだからといって、実験材料にされたり……戦争に利用されたり。そんな運命は真っ平だよ。定めなんてクソ喰らえ。
だからと言ってトマス家に連れ帰ってかくまうのも、ちょっとね……「無人島で僕にも娘ができました、お母さん」なんて気軽に紹介したら卒倒されてしまうよ。
勘当をくらって家を追い出されたり、俺と金輪際付き合わないよう命じられたり……そんな絵面が容易く想像できるわ。
むしろ、まほー学園の先生方なら、きっとキャルを歓迎してくれるだろう。
実際、あそこの職員には人外も大勢居るからな。
俺には悪くない考えに思えたのだけれど、キャルはちょっと怖気づいた様子だ。
「が、学校! 新しい環境! い、イジメられたりしませんか?」
「平気ですよ。僕らも付いていますから。共に学び、進むべき道を考えましょう」
アンリ、ハカセ、そして俺の顔を代わる代わるに眺めてから、キャルは決心してうなずいた。勇敢な子だ。きっと親の教育が良かったせいかもね。
「わ、わかりました。キャルも行きます。外の世界へ、みんなと」
「よかった。良い子だね、キャルは」
ハカセは胸を撫でおろした様子。
この光景を眺めていたアンリも心底嬉しそうだ。
「トマスの娘だもの、きっと心の芯が強いに決まってる」
「そうだね、新たな門出って感じ。新しい環境に挑戦する気概、俺たちも見習わないとなぁ~、うんうん」
「そういえば、オーシン達はダンスの特訓中だったはず。進捗はどんな感じです?」
「いやぁ、ダンスなんて授業で少しやったくらいだし。怒られてばかりさ」
「ううん、凄く筋が良いよオーシンは」
毒舌先生の思いがけない全肯定に俺はズッコケる。
二人きりの時と発言内容が違いすぎません? アンリ?
「やっぱり日常的に木登りをして森の梢を飛び回ってる人は違うわ。暇さえあれば自然と戯れる精霊魔法使いの鑑ね。筋肉の鍛え方とバランス感覚が段違い。これなら叔母さんに否定されたアタシの理想を実現できるかも」
「はいはい、アッシは森の猿でございますよ。褒められているんだか、けなされているんだか? アンリの目指す所ってヒップホップとモダンバレエの融合だっけ?」
「正確に言うとモダンバレエに定義なんてない。何と組み合わせてもバレエ。格式に囚われず新しい物なら何でも取り入れていく。それがモダンたる所以。若者に流行りのヒップホップを無視して良いはずがないもの。伝統にこだわるクラシックバレエとは違う」
ヒップホップは最近になって帝国内で流行り始めた陽気なダンスなんだけど、それがどこ由来かと言えば、どうもハッキリしないんだよね。気が付いたら流行していた感じ。リリイに言わせると、アンリが着ているオーバーオールとか「伝統的でない着衣」も同様で、どんなに歴史書をあさってもまるで記載がないんだとか。そういう未知の文化ってさぁ、結局「星の海」から来たというエルフさんが俺たちの文明に何らかの干渉をした結果ではないのかと……今ならそう思ってしまうな。
まぁ、異文化コミュニケーションと割り切ればそれでも悪くないか。
良い物だからこそ、何処でも受け入れられるのさ。
俺たちがテキトーに聞き流している間に、アンリのダンス語りは白熱していく。
「だってね、学園で披露した『白鳥の湖だYO!』はダンスコンテストで準優勝だったのよ。叔母さんに否定されたからって簡単に諦めきれないわYO! チェキラ!」
「ああ、うん。そうだね……」
多分、それは名前が面白過ぎて、観客が湧いていただけだと思うんですけど。
俺も冷やかしに行った記憶があるし、興味半分で。
しかし、海賊の洗練された伝統的な舞踊とやらに対抗し得るとしたら、誰も見た事のない創作ダンスの爆発力に賭けるしかないのも確かだ。
とにかく、今更やり直すなんて真っ平だし(本音)
そもそも余興の勝敗よりもゲストに楽しんでもらう方が大切なのだから。
最悪負けたって罰ゲームで俺が面白リアクションをとれたらそれで良いんじゃないかという気もするな。俺の醜態を見ればアラミザケの溜飲も下がるだろう。まさか、この期に及んで場の雰囲気が台無しになるような過激な罰ゲームを提案する奴なんて居るわけがないし……居ないよね? まさか?
まぁ、クヨクヨ悩んでいても仕方がない。今は練習を重ねて本番で出し切るのみ。
「あのね、トマスパパ。先輩方の特訓を見ていたら私も閃いたんですけれど」
「うん? 何でしょう?」
俺たちがトレーニングに戻る際、キャルとトマスが何かヒソヒソ話をしていたな。
おやおや?
各人なにか思う所があるのなら、会場で出し切って構わないよ?
情熱、やる気、ドンと来なさい。飛び入りだって大歓迎。
ケチ臭い事は言わないのが祭りってモンだろうし。
そして瞬く間に灼熱のような一週間が過ぎた。
準備はまだまだ完璧とは言い難い。
リリイは徹夜続きで目の下にクマが出ているし、ダンスの特訓も食料集めも設営も本当ならばもっと入念に行わないと絶対ダメに決まっていた。
でも、俺たちはもう決めたんだ。
ちょうど一週間後に祭りを開催し、それを無人島生活のフィナーレにすると。
用意不足ならそれはそれで仕方ないこと。
必ず起きるであろうハプニングも、祭りの一部として受け入れる。
トラブルは臨機応変に対処し、それすらも楽しむ。そんな柔軟さがなければ、これまでのサバイバルライフをとても乗り越えられはしなかった。火を起こすのすら苦戦し、溜池の水なんか飲みたくないとワガママを言っていた子どもの俺たちはもう居ないのさ。
今こそ、仲間と積み上げてきた日々の集大成を見せる時だ。
その日、祭りの会場にやって来たのは予想通り一頭の牡鹿だった。
シカトせずにちゃんと来てくれたのは嬉しい限りだ、鹿なのに。
会場ゲートの前で「気まずそうなゲスト」を出迎えたのはネモ教授と俺たち。
まーだ、海賊自治区を滅ぼしちゃった件や、出来損ないの神と呼ばれた件を気にしているのかな? アラミザケはネモ教授の顔を直視できずにいるようだ。
それでも、ゲートの向こうに広がる立派な舞台や屋台を目にし、さらには上空でウエルカム花火が派手な音を立てて炸裂しているのを眺め……アラミザケもコチラの本気度を悟ったらしく。
驚愕とアキレが入り混じった表情で、アラミザケは問い質した。
『マスター、これはイタズラ好きな貴方の企てなのですか』
「まさか、子ども達が自主的に決めたこと。私は手をそれにチョコっと手を貸しただけ。でもな、たまには誠意や愛情をカタチとして示すのも悪くないと思うんだ。定命の『ご家庭』をもっと見習うべきだと……エルフの私でもそう思う時はある」
『成程、そうかもしれませんね。我々とて、まだまだ学ぶことはあるのか』
「銀河や宇宙の寿命に比べたら、我々の命など儚いものよ。しかし、今日はせっかくのお祭りだ。難しい話は抜きにして楽しもうじゃないか」
『ご厚意に甘えさせて頂きます』
あれれ? いい感じ。
なんかさぁ、もう目標達成されてね?
まぁ、いいか。
祭りを楽しもうって時に、ぎこちない沈黙なんて邪魔になるだけだもんな。
ようこそ、アラミザケ。
俺たちの無人島フェスティバルへ!
存分に楽しんでいってくれ!
ステージや会場が一番よく見える場所がお客様の特等席。
鹿は人間様の椅子には座れずとも器用に四つ足をたたんで座れる生き物なので、楽な体勢になれるよう寝ワラを敷き詰め、上にはジパング風の日傘まで付けたよ。
そして特等席の隣にはゲストの接待役として、キャルロットを。
キャルは両手に握った楽器を激しくシャカシャカ振りながら、かつての敵に捨て身の挨拶を試みた。ハッタリが効きすぎだけど、その意気やよし!
「よ、宜しくお願いしマ~ラカス! シャカシャカ」
『いや、待て』
「マラカス、マラカス、シャカシャカ」
『待ってくれ、なぜ君のような幼子に我の話し相手を任せる?』
「マラカ~ス……ぐすん」
『ああ、もう! 可愛いし、笑えるな。ククク、ははは』
「よかったぁ~、アラミン先輩に喜んでもらいたくて、一発ギャグを考えたの」
『あ、アラミン? 我の事か? わざわざマラカスの両手持ちで、それを……おのれ、オーシン貴様。子どもに何をやらせているんだ』
だって同族じゃん。緑の創造主同士じゃん。
あと、俺も子どもだし~。
もちろん、俺やシシールの方が顔見知りだから、ゲストも話しやすいだろう。
ネモ教授が隣に居た方がアラミザケも安心だろうさ。
でもな、いくらお客様だってアンタだけに楽はさせないぜ?
ここへ来たからには、お前にも『新しい事』にチャレンジしてもらう。
これは、そういう祭りだから。
ギスギスした空気が嫌なら、ちゃんと子どもに気を使ってくれよな!
『それにしても、おチビさん。君は……』
「キャルロットです。お忘れですか?」
『失礼、ではキャル』
「なんでしょう、アラミンパイセン」
『アンタ、よくも接待役なんて引き受けたな? これまでの経緯は聞いておらんのかな? 我は古代文明を滅ぼした邪神ぞ?』
「聞いてま――す。だからこそ、キャルの頑張りに意味があるんだって。パパとオーシン先輩が言うんダモン。無邪気と無垢は最強のカスガイだって。でもカスガイってどんな貝?」
『あえて……お前なのか? 成程ね。カスガイとは留め具のことだ。カスの貝ではなく、むしろ立派な大工道具よ。物が外れるのを防いでくれる』
最後に祭りの感想を聞くからな?
なんでキャルに任せたのか、こちらの意図を汲んでくれよな?
ではお祭り、スタートだ。司会&実況はトマス、頼んだぜ。
「それでは第一回無人島フェスティバルを開催いたします。中央ステージでは第一部がゲンジの奇術ショー、第二部が知を競うクイズ大会、午後からは第三部としてダンスコンテストを行います。なお周りの屋台では食べ物を無料で提供しております、好きな料理を楽しみながら舞台の演目をお楽しみ下さいませ」
カボチャ頭たちが 焼きとうもろこし、漬物、果物カットを提供する『はたけ屋』
ライガを中心とした鍋物料理とお酒の店『海賊亭』
ジパングのお祭りでよく振舞われるという、焼きそばやタコ焼きの再現に挑戦した『フェスティバル・ジャンクフード』こちらはアンリのお店だ。
会場を散策するのは主に怪物海賊団の平メンバー達だが、その中にはコカトリスや、タンキなんかの大型生物も居るので……モンスターどもが会場内を練り歩くとんでもない光景が眼前に繰り広げられているな。賑やかなのは間違いないけれど。
祭りの喧騒を目の当たりにして、アラミザケも目を丸くしていた。
『よくもまぁ、この島で大掛かりなイベントを。普通やらんぞ。お前に誘われた時は半信半疑であったのだがな、オーシンよ』
「凄いだろ? 豊かな恵みとそれをもたらしてくれた神様に感謝、感謝」
『自然が豊かなのは、我のおかげか? ふーむ、そうであるような、そうでもないような……』
「まぁまぁ、難しく考えないで。ちゃんと神様にも料理をお出ししますからね、アンリ! カモォーン」
「はいはーい、お待たせしました。アンリ特製『鹿せんべいサラダボウル』です」
鹿せんべいとは、お米のぬかと小麦粉を混ぜ合わせ、そこに水を加えてコネコネし、充分に寝かせた生地をせんべい状に加工して炭火で焼いたものだ。
ガラス鉢にもったサラダの方はレタス、水菜、キュウリの各種野菜とドングリ加え、その上に焼けたせんべいを並べた一品。
カラフルで食べるのがもったいない程だ。
それとタライいっぱいの冷たい水もサービス。
喉かわくでしょ? 気が利くなぁ、俺って。
俺の気遣いである金タライを無視して、アラミザケの目はサラダに釘付けだ。
『ほうほう、まさか「鹿せんべい」とはな』
「ジパングのナラ公園には、せんべいを食べる鹿がいるんだって? もし農作物の味を覚えたら周囲の農家に被害が出てしまうので、その公園では決してせんべい以外の野菜を鹿に与えてはいけないルールになっているらしいんだけど。アンタは別に近くの畑を荒らしたりはしないだろう? 賢いんだから」
『ははん? さて、どうだかな』
「はぁ――! キャルも鹿さんにせんべいをあげてみたいですぅ」
「えっ? じゃあ一枚だけだよ」
「はいっ、アラミン先輩、食べて!」
アラミザケは困惑気味にキャルロットが鼻先へ突きつけた鹿せんべいを見つめていたが、やがて観念したのか豪快に食いついた。一瞬でせんべいの八割をもっていかれ、野生の荒々しさにキャルの方がぼう然としてたくらいだった。そしてガブガブ、タライの水を飲む。いよ、良い飲みっぷりだね。
『うん、美味いな。遥か昔は、こうして捧げものを口にしたものだ。懐かしい』
「ヤッター! もう一枚、もう一枚あげて良いですか?」
まったく、どっちが接待しているんだか。程々にしといてね、キャル?
「は――い、すいません調子に乗り過ぎました。マジで!」
『どうでもいいが、お前らの仲間が一生懸命マジックショーをやっているぞ。見てやらないで良いのか?』
「あっ、いけね」
海賊の屋台で酒も提供しているものだから、お客さんはみんな舞台をそっちのけ。上品な奇術はあまり海賊の興味を引けていないようだ。せっかく念願のショーを実演する機会に恵まれたというのに、これじゃあんまりだよ。
ソッポを向かれたゲンジは、少し考えてから客席のシシールに声をかけた。
暇そうにしていたシシールは自分の顔を指さしながら呼びかけに応じた。
「もし、海賊のレディ? 宜しければ吾輩のショーにご協力頂けませんか」
「うん? 私か? 別に構わんが……」
「おぉ、おかしらが舞台に上がるぞ」
「いいぞ! 姐さん! やっちまえ」
おお、成程ね。
シシールを巻きこめば、海賊たちも自然とショーに引き込まれるということか。
でも、何をやらせるの?
箱に押し込めて剣を刺しても平然としていそうなんだが。
「効かんわ」って感じで。
ところが、ゲンジが差し出したのは扇状に広げられたトランプだった。
「では、ここからまず一枚とって頂く。選ばれた数字は自分と客席だけに見せてくれ、吾輩には見せなくても構わない」
「ふむふむ?」
シシールは客席に向け、つまんだトランプを振ってみせた。
出た数字はハートの五みたいだな。
「ではまず、トランプの数字に四を足して欲しい。出来ますか?」
「馬鹿にするなよ、それくらいやれる(五+四=九)」
「次に二をかける」
「うむ(九×二=十八)」
「そこから六を引き、さらに二で割る」
「それで(十八-六=十二 十二÷二=六)」
「最後にそこからトランプの数字を引いてくれ(六-五=X)」
「この七面倒くさい計算が何だと言うのだ?」
「吾輩は予知能力者なので、選ばれたトランプの数字など見ずとも今の計算で導き出された答えXは解っている」
「なんだと? トランプの数字は十三種類もあるのにか? 出来るものか、つまらん嘘を言うと舌を引っこ抜くぞ」
「嘘なんてとんでもない! 導き出された答えはコレでしょう?」
刹那のハヤワザ。ゲンジの指先にはハートのAがしかと挟み込まれていた。
ブラボー正解! どうなってるんだ! 全然わからねぇよ!
海賊たちも大喝采。シシールも心から驚いている様子だ。
「うぬぬ、なんという奇跡。胡散臭いイカサマ野郎かと思いきや、報酬に値するぞ。何が欲しい、少年マジシャンよ? 口づけか? 抱擁か? それとも記念に私の肌着でもくれてやろうかね? おお、そうだ。女の毛はお守りになるというから、それにしようか?」
「いいえ、いいえ。拍手だけで結構。それこそが全てに勝る報酬なのです」
「そうか! おい、みんな拍手だ!」
獣人のお毛毛は魔術の媒介として非常に有用な気もするけど。
そういう問題じゃないのよ? 歩くセンシティブのシシールさん?
どうやらショーは大成功の様子。
うん? でもアラミザケは渋い顔をしているし、リリイは苦笑しているな。
ネモ教授に至っては顔を背け、必死に笑いをこらえているじゃないの。
どうしたんだい? みんな?
マジックのタネが判ったのかな?
ゲンジは華麗に奇術師のマントをひるがえらせると、シルクハットを脱ぎながら一礼してみせた。その様は正しく一流の奇術師だ。
「魔法に頼らず、観客を煙に巻き、舞台を盛り上げる。これぞマジックの極意なり」
どことなく誤魔化されたような気もするけど?
とにかくショーは大盛況のまま終わった。
ステッキの先から花火を出したり、シルクハットから鳩を出したり。
ゲンジ得意のマジックを皆で心ゆくまで堪能したってワケだ。
キャルロットも接客そっちのけで大はしゃぎ。
「うっわ――! これがマジック! 凄いですぅ」
『これはこれは、会場まで足を運んだ甲斐があったな』
いいや、旦那。まだ第一部ですぜ?
もっとタライの水でも飲んで、落ち着いて下さいよ。
俺たちの無人島フェスティバルは、これからなんだからさ!
さぁ行くぞ! いよいよ、次は俺たちの出番だぜ!
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